最終話 『奏』
4月からは、自宅から短大に通い、これまで以上に勉強した。
時々優斗君と会って、それぞれの愚痴を話し合ったり、励まし合ったり。
根原君たちとは、連絡こそしていたけれど、やっぱり会うことはなかった。
それぞれ忙しいし、何より──新しい環境に慣れるのに、必死だったのだろう。
実際、僕がそうだった。
──そうだ、短大に入ってすぐの頃から、下の名前を変えたんだ。
正式なものじゃなくて、まずは呼び方だけ、なんだけど。
ちゃんと名前を変えるときに、周りも僕自身も混乱しないようにするために。
ゆっくりだけど着実に、環境を変えていった。
しっかりと、変わるために。
◆◆◆
2年の月日がたった。
◆◆◆
『うぅ、緊張する』
『なんで佳奈美が……?』
『だって久しぶりだし、その……変わってるわけでしょ?』
『そりゃあそうだけど……』
──空港のラウンジに、声がした。
『確かに、随分久しぶりよね』
『俺たちは特にそうですからね。卒業式は行けなかったから、本当に』
『あれ、安喰お前、まだ橋崎に敬語なのか?』
『そうなんですよ五十嵐先輩、まだ敬語やめてくれないんですよ、この後輩』
『努力してますから、もう少し待ってください……』
懐かしい声が、聞こえた。
『あたしは今年のお正月にも会ったから、4か月ぶりくらいですかね。会うの楽しみです!』
『そうね水留ちゃん。私たちもとっても楽しみ。早く来ないかしら』
『ね、お父さん! どのゲートから出てくるの!?』
『えぇと、確か……』
家族の声が、聞こえた。
『ドキドキするね、お兄ちゃん!』
『……ああ、そうだな』
『そろそろ出てくると思うんだけど……あ!』
友達と、──大事な人の声に、駆け出す。
「優斗君!」
「おわっ!?」
走って近づき、抱きつく。
受け止めてくれた優斗君に、最大限の笑顔で。
「ただいま!」
「ああ。──おかえり、『奏』」
「可愛くなったね、奏ちゃん!」
「えへへ、手術上手くいったんだ」
連宮奏。
僕の、新しい名前だ。
◆◆◆
空港から帰る車には、僕とお父さんとお母さん、真菜、優斗君と美月さん──の6人で乗った。
他の人は、それぞれ車や電車で地元へ帰っている。
明日みんなで集まるから、今日は全員、地元に帰るのだ。
「ね、帰ったら一緒に服を買いに行こうよ、……お姉ちゃん♪」
「っ! うん! 色々買わなきゃね」
お姉ちゃん、という言葉でつい泣きそうになってしまった。
真菜がそう呼んでくれて単純に嬉しい、というのもあるけど、一番は──『お兄ちゃんっ子』だった真菜がその言葉を口にするまでに、どれほどの葛藤を越えてきたのだろうか、と思ったから。
高校3年の初夏から、真菜も僕の内面を受け入れようと努力してくれていた。だから余計に泣きそうだったけど、やっぱり妹の前で泣くわけにはいかない。お兄ちゃんでもお姉ちゃんでも、それは変わらない。
「あ、ずるいぞー! 私も一緒に行く!」
「もちろん美月先輩も一緒です!」
「あ、じゃあ俺も……」
「お兄ちゃんはダメ!」
──すごい勢いで否定する美月さん。
「そうですよ、こればっかりは優斗先輩は来たらダメです」
「分かってるじゃない真菜ちゃん!」
「当たり前です美月先輩! だって……」
真菜まで……一体なんで?
真菜と美月さんは声を揃えて、口にした。
『女子の買い物だから!』
「なるほど、それじゃあ俺は入れないな」
すぐさま納得する優斗君。
確かに、そういうことなら仕方ないよね。
「そうだ、高波先輩と橋崎先輩、それに水留さんも呼びましょうよ! もちろんお母さんも一緒に、ね?」
「ふふっ、そうね、私も若い子に混ざっちゃおうかしら♪」
「来てくれますか、ありがとうございます! って、こっちで勝手に話進めちゃってるけど……」
僕の目を見て、無言で伺う美月さん。
「大丈夫だよ、にぎやかな買い物の方が楽しいもん」
「決まりね! 真菜ちゃん、たっのしい買い物にしようね!」
「はい!」
二人とも、すごく嬉しそう。
助手席のお母さんも、そんな二人を見て微笑んでいた。
◆
「あら、寝ちゃったみたいね」
「ほんとだ。疲れてたのかな、お姉ちゃん」
「手術してすぐだからね。起こさないでおこうね、真菜ちゃん」
「はい。それにしても、お姉ちゃん……」
「……笑ってる。楽しい夢でも見てるのかな?」
◆◆◆
あの頃の、夢を見た。
入学式が終わって、いよいよ本格的に、高校生。
クラスでの自己紹介、嘘を吐いて自分を隠した。
普通を装い、僕を普通へと仕立て上げた。
ホームルームが終わって、一人での帰宅途中。
『あれ、連宮君……だよね』
そう、そうやって後ろから声をかけられた。
『はい、そうですけど……あ、確か同じクラスの』
少しだけ黒髪を伸ばした、クラスメート。
『うん、根原悟だよ。よろしくね!』
──きっと、ここから始まるのだろう。
大変なことがたくさんあるような、そんな日々が。
笑顔だけではいられない、そんな日々が。
それでも、楽しくて仕方がない、夢にまで見た──
僕の、物語が。
◆◆◆
『夢見少年物語』
2016年4月10日~2019年4月28日
──おしまい。
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