8話 殻
翌日、水曜日。
今日も早めに学校に着き、根原君と好きな音楽について話していると、昨日と同じくらいの時間に、三上さんが来た。
「三上さん、おはよう!」
「おはよう、根原君。連宮君も、おはよう」
「おはよ、三上さん」
──あれ、高波さんは一緒じゃないのかな。
「連宮君、ちょっといい?」
「どうかしたの?」
「教えておきたい──というか、伝えておきたいことがあって」
伝えたいこと?
よく分からないけど、聞いてみよう。
「ん、分かった。根原君、ちょっと行ってくるね」
『気にしなくていいよー』という言葉を聞いてから、僕と三上さんは教室から出た。
◆
「で、どうかしたの?」
「自分の両親のことで、少し、ね」
教室前の廊下で、三上さんに訊く。
三上さんの両親のこと──何か進展があったのかな。
「昨日の夜、母さんと話したんだよ。その……自分のことについて、色々とね」
「だ、大丈夫だったの?」
三上さんの両親、難色──ってほどではないにしても、すぐに理解できるような感じではなかったと思うのだけど。
「案外大丈夫だったよ。もちろん、全部を理解してくれたわけじゃない、というか──まだあまり理解してもらえてないけど、理解しようとしてくれている、ってのは話してて分かった」
「そう……それじゃあ、あまり進展はなかったの?」
「いや、そういうわけでもないよ」
少し嬉しそうに、はにかみながら、三上さんは話す。
「母さんに教えてもらったんだけど、自分の父さん、自分にかけてきた言葉が正しかったのか、ってすごく悩んでくれたらしくて。だから、少しだけだけど、進展はあったって言えるかもね」
「よかった……心配してたんだけど、三上さんの家のこと、上手くいってるみたいだね」
「うん。連宮君のおかげ、だよ」
僕のおかげ、ってどういうこと?
「父さんたちに、連宮君自身のことを話してくれたでしょ? そのことで、父さんと母さん、自分の他にも自分みたいな人がいる、ってことが分かったらしくて。だから、少し考えが変わったみたいだよ」
「ああ、そういうことね」
話してよかった、そう強く思った。
「だから、連宮君、本当にありがとう」
「気にしなくていいのに……どういたしまして」
なんとかなりそうで、よかった。
「さて、教室に戻ろうか──」
「お、みかみんとつれみー発見! おはよう、お二人さん!」
生徒用玄関の方から、高波さんが颯爽と登場。
やっぱり、少しだけ来るのが遅いような。
「おはよう、高波さん」
「おはよ、高波さん」
「2人とも……相変わらず『さん付け』だね」
「あはは……」
誰かをあだ名で呼ぶのは、友達がほとんどいなかった僕にはかなりきついのだ。
「みかみんには3年間ずっと、私のこと『あだ名で呼んで』って言ってるのに」
「女子同士があだ名で呼び合うのは、普通なのかもしれないけど、ほら、自分いろいろあるし」
「むぅ。……待って、そっか、ということは!」
「どうかしたの、高波さん?」
何かを考え付いたらしく、両手をパン、と叩いて、満面の笑みで高波さんは話す。
──僕に向かって。
「つれみーは私のこと、あだ名で呼べるんじゃない!?」
「うーん……この身体で女子のことをあだ名呼びすると、悪目立ちしそうだから、難しいかも」
「むむぅ。──あ、そうだ、根原君なら!」
そう言って、物凄い勢いで教室に入っていった高波さん。
後を追って、僕らも教室に入る。
◆
「むむむぅ……」
根原君の机の横で、高波さんは撃沈していた。
どうやら、駄目だったようだ。
「根原君、高波さんのお願い、断ったの?」
「知り合ったばかりだし、何よりあだ名呼びなんてしたことないからね。ひとまず断ったよ」
『それだけの理由で断られたの!?』と高波さんが嘆いているけど、至って一般的な理由だと思う。
「まあ、そのうち呼ぶかもしれないから、期待しないで待っていてよ」
「オッケー分かった! 期待しまくってやるわ!」
「あれ、おかしいな……そんなこと行った憶えないんだけど」
「私にはそう聞こえたわ! ふはははは!」
なぜか高笑いしている高波さん。
無理やりにでもテンションを上げようとしているようだ。
「さて、そろそろ1時間目の用意をしなければ」
「1時間目の用意って──あ、そっか、移動だっけ」
明日からは普通の授業が始まるけど、今日はまだ特別授業がある。
今日の1時間目は、情報室で行われるんだった。
確か、『情報の授業に向けて、様々な機能を前もって知っておこう!』みたいな授業名だった気がする。
「根原君、持ち物って筆記用具だけだよね」
「うん。まだ早いけど、行っちゃおうか」
1時間目ということと、1年4組のクラスから情報室までが遠いということもあり、朝のホームルームは情報室で行うことになっている。
その方がパソコンを触れる時間が取れるから、と先生は言っていた。
「高波さんと三上さんも準備できた?」
「できたよん、みかみんもほら、早く!」
「はいはい。それじゃ、行こっか」
僕達4人は、情報室へと出発した。
◆◆◆
1日の授業が終わり、放課後は根原君と三上さん、高波さんと帰った。
文学部は水曜、土曜、日曜が休みで、軽音楽部は火曜、水曜、日曜が休みらしい。
1週間に2日間だけだけど、休みがかぶっていてよかった。
帰宅後、夕ご飯を食べて、僕の部屋で。
「♪~♪~」
僕は、上機嫌で──『殻』をまとっていた。
「……うん、やっぱりこっちの方が楽しい」
友達が3人もできて、文学部という面白い部活も見つけたし、高校生活は上手くいきそう。
こんなに明るい気持ちで、この殻をまとうのは初めてだ。
「髪の毛、伸ばそうかな……」
『殻』。
女の子が身にまとう──殻。
やっぱり、この殻は落ち着く。
自然体でいられるような、そんな感じ。
「三上さん、か」
僕とは真逆の悩みを持つ人。
僕と似た人がいるのは知っていたけど、実際に会うことになるとは思っていなかった。
「頑張れそう、かな」
うん、頑張れそう。
色々あるだろうけど、乗り越えていかなくちゃ。
「よっ……と」
ベッドに横になり、枕元で充電しているスマホを持つ。
電源を入れて、電話帳を開く。
少ししか登録していないから、すぐに見つかった。
「『根原君』、『三上さん』、『高波さん』──みんな、いい人だな」
本当、みんな、いい人たち……だ……。