79話 それぞれの朝(2)
自室から出て1階へ下り、玄関に向かう途中で父さんを発見。
忙しなく準備をしているけど、黙って出ていくのは何か違う、ということで声をかける。
「そろそろ行くね」
「ああ。父さんたちも少ししたら向かうよ」
「うん。……母さんの姿が見えないんだけど、仕事?」
朝食の時はいたのだけど、仕事だろうか。
「いや、庭にいると思うよ。先に準備が終わったらしいから、外で待ってる、と言っていたからね」
「分かった。それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい。母さんに一声──」
「分かってる、声かけてから行くよ」
ドアを開け、外に出る。
◆
雲一つない快晴。
風もなく、穏やか。最高の卒業式日和だ。
「母さん」
「悟? もう行く時間?」
「うん。いってくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
……ホントに一声だけだけど、卒業式の後に色々話すだろうし、いいだろう。
気にせずに庭から道路に出て、学校へ向けて歩き出す。
歩きながら、今日の予定を考える。
卒業式の後、学校で友達と話してから、駅前のファミレスで『卒業おめでとう会』を行う。
初詣で集まった(いつもの)メンバーと、それぞれの親も一緒に。
その後は……まだ伝えてはいないけど、佳奈美と一緒に過ごそうかな。デート的な。
あ。
何にも考えずに結構歩いてきてしまったけど。
佳奈美と付き合ってること、まだ伝えてないんだった。
……卒業式の後に伝えればいいか。
相当驚くだろうな、父さんも、母さんも。
俺自身、驚いているから。
健康になって、学校に通って、友達ができて、彼女もできた。
……既に軽かった足取りが、更に軽くなった。
早く、待ち合わせの場所へ向かおう。
◆◆◆
台所で朝食の食器を片付けているお母さんに、声をかける。
「ね、お母さん」
「ん? どうかしたの、奏太?」
僕の方へ振り向いてくれた。
──伝えたいことがあるのだ。
「今日、卒業するんだ」
「? ……ええ、そうね」
「卒業したら、大学に行って、大学も卒業したら、仕事に就いて」
「……?」
伝えなければいけないことが、ふたつあるのだ。
「ここまで頑張れたから、これからも頑張れると思うんだ。……お母さん」
「なに?」
「育ててくれて、ありがと」
「……うん。どういたしまして」
僕に背を向けて、目元を拭っている。
よかった。ひとつめ、言えた。
「それと、ね?」
「ええ」
「彼氏ができたんだ」
「え!?」
再び僕の方を向いて、涙を浮かべたまま驚きの表情。
「僕のことを理解してくれて、好きだ、って言ってくれた人。……今日、お母さんたちに紹介したくて──ふわっ!?」
お母さんに突然抱きしめられて、変な声が出た。
「すごいじゃない! ええ、紹介して頂戴ね」
「あ、あれ……困惑とか、ないの?」
(現段階では)男と男なわけだし。
「ないわよ。奏太が好きになった人なら、絶対いい人に決まってるもの。……やったわね、奏太!」
「ふふっ、うん! それじゃ、そろそろ時間だから……」
「あら、もうこんな時間」
抱きしめていた手を離して、右手で僕の頭をなでてから。
「いってらっしゃい、奏太。卒業式、後ろからちゃんと見てるわね」
「うん! いってきます!」
台所を出て、玄関で靴を履き、外に出る。
快晴の空気を浴びながら、いざ、学校へ。




