78話 それぞれの朝(1)
「美月、寝癖がついてるわよ?」
「え? あ、ホントだ! ありがとお母さん!」
お礼を言いながら、洗面所に向かおうとする美月。
「お母さんが整えてあげるわ。支度があるから、ちょっと待っててね」
「わかった、待ってる!」
美月が明るくなってから、家の空気も明るくなったと思う。
「美月はまだかかると思うけど、優斗は先に行ってる?」
「いや、待ってるよ」
「わかったわ。じゃ、ちょっと待っててね」
そう言い、母さんは美月と一緒に洗面所に行った。
(なんつーか……)
朝のドタバタでようやく実感した。
今日、俺たちホントに卒業するんだなぁ。
◆◆◆
「痛くない?」
「全然。気持ちいいよ」
「ふふ、よかったわ」
お母さんに髪をくしで梳いてもらう。
すごく気持ちいい。随分久しぶりにやってもらった気がする。
「そうだ、卒業式の後、優斗の彼女さんに会っておかないとね」
「彼女……」
間違ってはいないんだけど、まさかお兄ちゃん、まだ説明してない……?
「あの、お母さん……お兄ちゃんが付き合ってる人って、その、身体的な話をすると」
「そのことなら知ってるわよ?」
「え?」
あれ、知ってたみたい。
「優斗から聞いてるわ。連宮君──身体は男性だけど、心が女性だ、って」
「ああ……だから『彼女』って言ったんだね」
「そういうことよ。……あと、部長さんにもご挨拶するのを忘れないようにしないと」
「三上さんのこと?」
連宮君は分かるけど、なんで三上さんに?
「色々お世話になったみたいだから」
「お世話に……」
なってたね、うん。
連宮君だけじゃなく、三上さんにも度々助けられてた。
「はい、できたわ。……大人っぽくなったわね、美月」
「えへへ……よし、お兄ちゃん待たせてるから、もう行くね。……ね、お母さん」
「ん?」
ちゃんと言っておこう。
結構心配かけちゃってたし。
「今日まで、色々ありがとね。……私、大学行っても頑張るから」
「……もう!」
がばっ、と抱きしめられた。
「卒業式の前なのに、泣かせるんじゃないわよ、まったく。……行ってらっしゃい」
「うん! いってきます!」
◆◆◆
「愛香、忘れ物はない?」
「大丈夫だよ、母さん。あれ、父さんは?」
「2階で持っていくカメラとかを用意してるわ。ほら、卒業生は先に学校に行くんでしょ? そろそろ──」
「うん、先に行ってるよ」
そう伝え、靴を履いて玄関を出発──しようと思ったのだけど。
「あのさ、母さん」
「なに?」
やっておかないといけないことを忘れていた。
言い忘れていたというか、頼み忘れていた、というか。
「ちゃんと伝えておこうと思って」
「急に改まっちゃって、どうしたのよ」
「この3年間、本当の自分を出せて楽しかったよ」
「え──」
高校1年の4月に、自分の秘密を話してから、丸3年。
今までの人生とは比べ物にならないほど、充実していた。
「これからも、自分は自分らしく生きていくつもりなんだ。だから、困らせることもあると思うけど──」
「大丈夫よ、愛香」
「へ?」
自分の傍に来て、母さんの方を向いていた自分をぐるっと180度回転させ、玄関に向き直らされた。
「愛香が私たちに考える時間をくれたおかげで、色々調べて、いろんなことを知ることができたの。だから安心して卒業してきなさい。私たちの、愛する『息子』」
「──!」
はっきりと。
『息子』と、言ってくれた。
「……うん」
その一言で、こんなにも近づけた気がするのか。
「ありがと、母さん。……いってきます!」
玄関を開け、外に出る。
◆◆◆
リビングにて。
「……お父さん、荷物多くない?」
「佳奈美? まだ行ってなかったのか」
「うん、もう少しだけ時間あるから」
「……?」
お父さん、何やら不思議がってる様子。
時計を見て、私に向き直って。
「そりゃ、まだ時間はあるみたいだけど……早く行って友達と話したりしないのか?」
「まあ、それもするけど、ちょっとね」
「……?」
うーむ、言えない。
悟君との待ち合わせがあるから、少し遅い時間に出る、と言えない。
付き合いだしてから2、3か月経ってるのに、未だに悟君のこと、言えていないのだ。
言えていない理由は、大したものじゃない。
単に、親に『彼氏ができた』と説明するのがなんか恥ずかしいから。それだけ。
でも今言う。そのために準備をしているお父さんのところに来たんだし。
「お父さん、話があります」
「なんだい? ……え、真面目な話?」
普段が普段だから、こんな私は見慣れてないみたいで。
お父さんまで緊張してるっぽい。
余計に緊張してきたけど……ええい、女は度胸!
「冬休みのことです」
「はぁ」
「彼氏ができました」
「はぁ。……ほぁあわぃ!?」
驚きすぎたのか、謎の言語を発するお父さん。
次に出る言葉は……よくあるやつだと『まだ早い!』とか『相手を連れてこい!』とか、かな。
さて、どんな反応を──
「すごいじゃないか! どんな子なんだ? ぜひその子と話がしたい! あ、もしかして同級生か!?」
「え、あの、はい、一緒のクラスの……今日待ち合わせしてて」
「なら卒業式で会えるんだな!? おーい母さん、聞いてくれ! すごいぞ、佳奈美に彼氏ができたそうだぞ!」
ハイテンションのまま、凄い勢いで台所に入っていくお父さん。
これはこれで恥ずかしいのですが。
『佳奈美に彼氏が!? すごいじゃない! 相手の子に会っておかなきゃ、ね!』
『そうだよな! そうだ、確か待ち合わせしてるとか……佳奈美と一緒に家を出発して、その子に会いに行こう!』
……なんかすっごく面倒くさいことに!
「なあ佳奈美、父さんたちもついて行って──」
「い、いってきまーす!」
「佳奈美!?」
逃げるように家を出て、悟君との待ち合わせの場所まで走って向かうことに。
悟君といっぱいお喋りしながら学校に向かう予定なんだから、そこは邪魔させない。
あの人のことだから、きっと早めに来てる──はず。多分。そう祈ろう。
一応、卒業式の後に悟君をお父さんたちに紹介するつもり。
悟君、質問攻めに合うんだろうなぁ。その姿を思い浮かべて、少しにやける。
「……あれ?」
確か、悟君の両親も卒業式に来るはず。
あ、あれ? もしかして、私も紹介される立場にいる?
「……う、うん」
今考えても仕方ない。
期待と不安が入り混じりつつ、待ち合わせの場所に急いで向かう。
紹介されたら、その時になんとかしよう、うん。




