77話 卒業式前日
「いよいよ明日だね、お兄ちゃん」
「うん、明日……なんだね」
2月28日、正午過ぎ。
卒業式練習を終えて、僕と真菜は帰路についていた。
「……? どうかしたの? なんか元気なさそう」
「いや、元気だけど……まだ実感が湧かなくて」
「明日卒業するってことに?」
「うん」
昨日も卒業式練習はあった。
その時から思っていたことなのだけど、どうも『卒業する』という実感が湧いてこない。
それに付随した『学校生活が楽しかった』とか『卒業するのが悲しい』という感覚も、それほど。
「先輩たちもこんな感じだったのかなぁ」
学校生活は楽しかった。
卒業するのは、やっぱり悲しい──というか、寂しい。
でもなぜか、そこまで強くは思わない。
「変な感覚なんだよ」
「ふーん……ま、元気ならいいんだけどね。あ、お父さん! ただいまー!」
自宅の駐車場で車を洗っているお父さんを発見し、駆け寄る真菜。
「おかえり、真菜。奏太も、おかえり」
「うん、ただいま。手伝うことある?」
「いや、奏太はゆっくりしてな。明日は大事な卒業式なんだから」
「んー……うん、わかった」
言われた通り、自室でのんびりすることにする。
◆◆◆
ご飯を食べ終え、ベッドでゴロゴロすること2時間、午前3時。
「うーん……」
ふと思い立ち、クローゼットの一番奥に隠してあった女物の服をごっそり取り出し、ベッドの上に広げて眺め始める。
「これ……かな。いやこっちも」
どこかへ出かけるわけじゃない。
ただ、記録しておこうと思ったのだ。
「高校生の僕、か」
今日までの、高校生としての僕を。
度々助けてもらった、この服たちと一緒に。
◆
「うん、こんな感じかな」
大体決まった。
袖口がエンジェルスリーブのピンクのシャツと、藍色のフレアスカート。
女性より少し筋肉質な足を隠すため、黒のタイツも忘れずに。
「こんな感じ、かな」
勉強机の上にスマホを立てて、一度撮ってみる。
「えっと、これは……」
違うな。
いやだって、この写真の雰囲気って、完全に──
「証明写真みたいな顔だね、お兄ちゃん」
ですもんね。
──って、え?
「真菜!?」
「あれ、気付いてなかった? ノックしたとき、返事聞こえたんだけど……」
「そ、そういえば……」
夢中になってたから、無意識で返事しちゃったのかも。
「あ、ご、ごめん! こんな格好見せちゃって……」
「え? ……ああ、そういうことね。結構似合ってたから、いい意味で衝撃的だったけど……変だとは思わないよ?」
「あ、ありがと……」
この姿を褒められると、結構嬉しい。
「私が撮ってあげる、お兄ちゃん」
「え?」
「お兄ちゃん、きっと光の加減しか気にしないで撮ってたでしょ。そうじゃなくて──」
パシャリ。
「こんな感じで」
「おぉ……」
すごい、自分でも可愛く見える。
「角度も大事なんだから。よーし、撮影会を始めるよ!」
「え? ……えぇー!?」
「まずはここに立って! で、右手はこう!」
「は、はい!」
言われるがまま、ポーズを決めて撮られる。
──楽しいと思う自分もいたり。
結局、撮影会(?)は2時間ほど続いた。
僕だけじゃなく、真菜も一緒に撮った。
『楽しそうだから』と飛び入り参加してきたお母さんも、一緒に撮った。
お父さんも、タイマー付きのカメラを持ちだしてきて、全員で撮った。
家族写真を、本当の僕の姿で、撮った。
本当の姿で、撮れた。
◆◆◆
夕ご飯を食べ終えて、お風呂に入って、部屋の電気を消してベッドに横になり、布団をかける。
「……」
いざ、寝よう──としても寝れないもので。
昼間のことを思い出す。
「楽しそうだったなぁ」
真菜も、お母さんも、お父さんも。
すっごく、楽しそうだった。
この時間になって、ようやくわかったことがある。
僕よりも、お父さんたちの方がそわそわしていたのだ。
まるで自分のことかのように、卒業式を楽しみにしていたのだ。
「……ふふっ」
嬉しい。
本当の僕を、当たり前のように受け入れてくれていた。
スマホの画面を開いて、昼間に撮った写真をもう一度見る。
「……ああ」
なんて、楽しそうな顔で笑っているのだろう。
真菜も、お母さんも、お父さんも。
僕自身も。
「……おやすみ」
スマホの電源を消して、暗闇に包まれる。
今なら、ゆっくり眠れそうだ。




