74話 アドバイス
「で、逃げてきちゃった、と」
「はい……」
午前11時、自室のベッドに腰掛けて話す。
相手は、勉強机とセットになっている椅子に座って、ふふっ、と笑ってる水留さん。
起きたことを一通り話したら、この反応。
「笑わないでくださいぃ……」
「おっと、ごめんごめん」
いつもの優しい笑顔に戻った。
「それにしても、さっきはびっくりしたよ。帰ってくるなりすごい勢いで2階に行ったんだもん、真菜ちゃんと一緒じゃなかったし、喧嘩でもしたの? ……って」
「あ、真菜のこと忘れてた!」
「今!?」
うん、今初めて思い出した。
なんかもう、僕と、その、……優斗君、以外の人のことが頭からすっぽり抜けてた。
というか、なんで返事をしないで逃げるように帰ってきちゃったのだろう。自分でも不思議。
「混乱してたんだろうね、多分。初めての経験でしょ?」
「当たり前ですよ……まさか僕が、こっ、告白されるなんて」
15分ほど前の、神社での出来事。
思い出しただけでも、頬が熱くなる。
告白されたときは、それはもうびっくり──という感じではなかった。
なんでだろうね、驚きより嬉しさが勝ったのかも。大好きな人に言ってもらえたことが本当に嬉しくて、心の底から『幸せ!』って思えて。
「で、どうするの? 神社に戻って返事する? 真菜ちゃんが帰ってきてないから、まだ他の人は神社にいる、ってことだろうし、優斗君って子もまだ神社にいるかも──」
「返事、なんですけど」
「?」
逃げてきた理由、混乱してた──というものの他に、もう一つあるのだ。
「ちょっと迷ってて」
「迷ってる……でも、優斗君のこと、好きなんでしょ?」
「は、はい。そうなんですけど」
「……まさか、奏太ちゃん」
ぐいっと近づき、僕の顔を覗き込まれる。
かと思ったら、もう、と言いつつ離れて椅子に座り直した。
奏太ちゃんのことだから、どうせ──と、呆れながら話す水留さん。
その態度、まるで僕の考えが分かってるみたいじゃないですか。
「性別のことで相手に迷惑かけたくないから、断った方がいいんじゃないか、なんて考えてるんでしょ」
完璧に分かってるじゃないですか。
さすが水留さん、と褒めてごまかせるような空気じゃないみたいだから、正直に答える。
「はい、そう思ってます。でも、本当のことですよね?」
「そりゃあまあ、そうかもしれないけど」
「だったら僕は、告白の返事は──」
「奏太ちゃん」
「は、はい」
今度はじーっと目を見つめられた。
……目というか、さらに奥の何かを見られてるような、そんな感覚。
「理性と本能」
「はい?」
いきなり出てきた2つの単語。
え、何の話……?
「というのとは少し違うかな。建前と本心、って言った方が分かりやすいかも」
「建前と、本心……」
「『建前』は、告白を断ろうとしてる心。『本心』は……」
──告白を承諾したい心。
言われなくても分かってる。
「見る視点によっては、建前じゃないんだろうけどね」
「視点、ですか」
「ええ」
えっとね、と考えをまとめてから、説明が始まる。
「当たり前だけど、『本心』は奏太ちゃんのしたいことよね」
「ま、まぁ……」
「じゃあ、さっきの『建前』は誰が望んでいること? 優斗君は告白してきた相手だから違うよね。友達や家族? それとも、ほかの人?」
「それは……」
誰が望んでいるかは、わからない。
「世間体を気にして、断ろうとしてるんだろうけど」
「まあ、優斗君の将来に関わることですし──」
「その優斗君が、奏太ちゃんと付き合いたいーって言ってるのに?」
「あ……」
そっか、優斗君が望んでいるのは……。
まったくもう、と再び呆れつつ立ち上がり、水留さんは僕の頭をなでた。
「昔──私と遊んでた頃みたいに『内面がバレたら嫌われるかも』なんて考える必要はないんだから、もっと気楽に、ね?」
「……はい」
「よし、この話は終わり! 神社には戻らないんでしょ? だったら久しぶりにおしゃべりでもしない? 真菜ちゃんが帰ってくるまで、昔みたいに二人きりで」
「はい!」
うだうだ悩んでも仕方ない。
すぐには無理かもだけど、返事、必ず伝えよう。
僕の気持ちを、伝えよう。
◆◆◆
1週間が過ぎ、1月の第2週へ突入。
今日は始業式だけで終わり。帰る時に、優斗君に返事をしよう!
◆
──そう思ってた。
そう決心したはずなのだけど。
「はぁ……」
既に、金曜日のお昼休み。言えないまま、今週が終わろうとしていた。
「大変そうだね、連宮君」
お弁当を食べ終え、自分の机で突っ伏していると、頭上から聞き慣れた声。
「三上さん……真菜から聞いたよ? 美月さんと協力して、僕と優斗君が二人きりになるように仕向けたって」
「うっ……その節は本当に申し訳なく……いやホントごめんなさい」
「え、いや、そんな謝らなくても……」
素直に謝られて、こっちが変に申し訳なくなっちゃった。
「怒ってる……よね?」
「いや、全然。怒るのは真菜がやってくれたみたいだし」
「それも知ってるのか……。うん、自分と美月さん、めちゃくちゃ怒られたよ。というか、叱られた」
話によると、激高に近い感じで叱ったらしい。急かせたら駄目、みたいなことを言ったとのこと。
真菜が激高……あの真菜が。全く想像できない。
「反省したよ、本当に」
「もう気にしてないってのに。……あ、じゃあ相談してもいい? それでチャラってことで」
「相談?」
「うん。その……告白の、返事のタイミングについて」
「あぁ……タイミング、ねぇ。気にしない方がいいと思うけど」
気にしない方がいい……ってどういうこと?
大事なことだと思うんだけど。
「それを考えてたから、今の今まで返事できなかったんでしょ?」
「う、そうだけど……」
「だったら、難しいことは置いといて、したいようにすればいいと思うよ。まだ返事したくないならしなければいい。返事したいなら──すぐにするべきだよ」
「う、うん! じゃあ……あれ?」
声をかけようと思い、優斗君の席を見てみたのだけど、誰もいない。
「ありゃ、優斗君、どっか行ってるのかな」
「みたいだね。残念……でも、すぐに返事することにする。ありがと、三上さん」
「いえいえ」
……まだお昼休みは30分以上あるのに、優斗君、どこに行ったのかな。
そういえば、お昼休みが始まってすぐに、教室からいなくなってた気がする。
一体、どこに……?
◆◆◆
「はぁ……」
教室に、居づらい。
いや、だって、仕方ないだろう。告白した相手が同じ教室にいるのって、かなり気まずいのだ。
告白したら逃げられて、返事をもらえず、学校が始まってもろくに会話できていない状況。──うーん、絶望的?
ってうわ、あと20分で昼休み終わっちまう、そろそろ戻るか……?
「やぁ」
「……根原か。こんなところに何の用だ?」
「そっちこそ。わざわざ校舎から遠いサッカー場まで来て、昼食かい?」
「たまにはサッカー場まで来てみようかなーと」
言ってから気付く。
そういえばこいつって……。
「俺が嘘を見抜けるの、知ってるでしょ?」
「そういやそうでしたねぇ。……別に、構わないだろ?」
「構わないけど、気にはなったよ。逃げるみたいに早足でこっちに向かってたから。らしくないじゃないか」
……反論の一つでもしようか。
めんどいからいいや。
「……本当に、君らしくないね」
ため息と苦笑を同時にされた。
つまり、呆れられた。
「わりぃ、心配かけちまったな」
「気にしないで。……連宮君から返事、まだもらえてないんでしょ」
「うっ……」
的確に痛いところを突いてくる。
笑うつもりじゃなく、これも心配で言ってきてんだろうけど。
「俺のせいで、あいつ悩んでるよな。……なあ根原、俺どうすればいいんだ?」
「ガチの相談だね」
「頼む、知恵を貸してくれ。協力してくれ。この通りだ!」
「はいはい。……そうだなぁ、ちょっと待ってね」
携帯を取り出し、少し操作してから自分の耳にあてがう根原。
どこにかけてるんだろうか。
「あ、連宮君? 根原だけど。お探しの優斗君ならサッカー場にいたよ。……そう、ベンチがあるあたりのとこ。それじゃあね~」
「は!?」
え、ちょ、おま、嘘だろ!?
「はい、協力終わり。連宮君に訊かれてたからね、『優斗君がどこにいるか知らない?』って。じゃ、あとは若いお二人に任せて~みたいな?」
「いやいやいや、急すぎねぇか!?」
「遅すぎるの間違いでしょ。告白してから何日経ってると思ってるのさ」
「そりゃあそうだけど……っておい、どこに」
「言ったでしょ?」
歩き出した根原は足を止め、振り向いて。
「若いお二人──当人たちに任せるんだ。頑張ってね、『当人その1』。それじゃあねー」
「え、マジで……?」
最後の問いには答えず、根原は校舎へ向かっていった。
マジか……いやホント、マジか……。
◆
5分後。慣れ親しんだサッカー場を眺めて心を落ち着かせていると、たったった、と後ろから足音。
すぐ近くまで来て、音は止んだ。
腹を決めて、振り向くとそこには──案の定、あいつの姿があった。
「はぁ、はぁ……あの、優斗君!」
「お、おう」
今まで見たことがないような気迫に、戸惑った。
何かを決断したような、そんな気迫。
「大事な話があります。……聞いて、くれますか?」




