73話 元旦は、忙しなく
「……まっくら」
ではない。にしても、まだ暗い。
ピピピピ、ピピピピ──と起床の時間を知らせる音で目を覚ましたけど、まだ暗い。
カーテンを開けると、ほんのりと明るくなりつつある空。
「……ろくじぃ?」
枕元の時計は、午前6時15分を指していた。
随分早い時間に目覚ましをセットしたなぁ、なんて思考を巡らせつつ、今日何かあったっけ……と起き上がる。
寝ぼけ眼をこすりつつ、部屋の電気を点けると同時、思い出した。
「あ、そっか」
今日は、元旦だ。
◆
早く起きたおかげで、ベランダから初日の出が見られた。昨日の僕、ナイス。
着替えを終え、午前7時。既に1階から物音がしている。お母さんたちはもう起きてるみたい。
階段を降り、台所へ。
「おはよ、お母さん」
「あら、おはよ、奏太。それと、あけましておめでとうございます」
「うん、あけましておめでとうございます。何か手伝うことはある?」
台所のテーブルには、おせちやお刺身が置かれていた。
今は昨日作っておいたお雑煮を温めているみたい。手伝えることがあれば、手伝おう。
「それじゃあ、そこの料理とお皿とかを居間に運んでおいてもらえる? あ、居間のテーブルはまだ拭いてないから──」
「分かった、拭いとくよ」
「お願いね、奏太」
台拭きを手に取り、水で濡らし、絞って居間に持っていく。
◆
「えっと、真菜のお箸はここに……うん?」
食器を並べていると、玄関のチャイムが聞こえてきた。
お母さんは手が塞がってるみたいだから、僕が見に行く。
玄関のドアを開けると、そこには。
「あ! あけましておめでとうございます、奏太ちゃん♪」
「水留さん! あけましておめでとうございます!」
1年ぶりに会う、水留さんがいた。
◆
午前8時半。
居間でお父さんと真菜も加えた5人で新年の挨拶を交わして、料理を食べつつ、新年の抱負とかを話す。
特に水留さんとは1年ぶりで、お互いに話したいことがいっぱいあったから、思う存分話した。
で、1時間と10分後、午前9時40分。初詣に行くため、僕と真菜は家を出発した。
10分ほど歩き、去年も一昨年も来た神社に到着。
集合時間10分前だけど、僕たち以外の5人──三上さん、高波さん、根原君、美月さん、優斗君──は既に神社前にいた。
「あ、おはよーつれみー! 真菜ちゃん!」
「おはよ、高波さん」
「おはようございます、高波先輩!」
新年も元気そうな高波さんに迎えられ、合流。
「よーし、つれみーと真菜ちゃんも来たし、新年の挨拶と参りましょう!」
「そうだね。それじゃあ……」
みんなで一斉に、声を揃えて。
『あけまして、おめでとうございます!』
◆
挨拶の後、お参りの列に並んで少しずつ前へと進み、拝殿前へ到着。
僕と真菜が(7人の中では)最初にお参りをする。
お賽銭を入れて、2回礼、2回拍手、で──
(お願い事は……)
決まっているから、心の中で唱える。
(……あの人に秘密を言えるように、力を貸してください)
一礼を終えて、社務所へ続く道へ歩き出してから、ふと思う。
(受験突破とか、そんな感じのことを願った方が……)
よかったんじゃないか、と。
まあ、そっちは自分でなんとかしよう。お願い事が逆の方が良かったような気がひたすらしてるけど、学業のお守りを買えばなんとかなる……と信じたい。信じよう。神様お願い。
そんなこんなで、学業成就と健康祈願のお守りを買い、社務所を後にする。
お参りを終え、後から社務所に来た5人のうち、高波さんと根原君がかなり親密になっていたのに驚いた。名前で呼び合ってるし。
『付き合い始めた』という簡単な連絡は根原君から来たけど、実際に目にするまで信じられなかった──というのが本音。でもまあ、あんなに仲良さそうに話してるし、心配することは何もなさそう。
さて、僕と真菜は一足先に、神社前に戻っていよう。
──と思ったのだけど、真菜は後方の美月さんの元へ走っていってしまった。懐いてるなぁ……。
◆◆◆
……うん、真菜ちゃんは私のとこに呼べたし、お兄ちゃんとは自然な──はぐれた感じで離れられた。
三上さんは高波さんと根原君に声をかけられたみたい。
それじゃ、行動開始、と三上さんと目で合図を取り、私と真菜ちゃんが先頭で、屋台が出ている広場──神社前とは若干離れた場所に、5人で向かう。
「み、美月先輩? お兄ちゃんと優斗先輩は……」
「用事があるんだって」
「は、はぁ……」
適当なことを言って、はぐらかしておく。後でちゃんと説明しておこう。
後方では、根原君が苦笑していた。高波さんと根原君、真菜ちゃん──の3人の中では、彼だけが事情を察しているみたい。
一応、お兄ちゃんには連絡しておこう。
◆◆◆
「あれ?」
「どうかしたの、優斗君?」
「いや、他の──美月たちがいねぇな、と思って」
「あれ、ホントだ。はぐれちゃったのかな」
人数的に考えると、はぐれたのは俺たちの方な気が。
そう口にしようとしたとき、ズボンの左ポケットの中で携帯が震えた。
メッセージだ。誰から──え、美月から?
『お兄ちゃんへ。
ふたりきりにするために、私たちは神社前じゃないところに来てるよ!
伝えたいこと、あるんでしょ?
だったら、ちゃんと勇気を出して伝えなきゃ。
頑張って、お兄ちゃん!』
「あ、あいつ……」
強引な手を使ってきやがった。
──でもまあ、なんだ。俺のことを考えて、こうしてくれたんだろうし。
(後でお礼しておかないとな。……ん?)
またメッセージが来た。
『追伸
焼きそばとわたあめおいしい!』
「えぇ……」
ずっこけそうになった。応援してくれてんのか、からかってきてんのか。分かんなくなってきた。
「優斗君?」
「ああいや、なんでもねぇ。美月たちは別のところに行ってるみたいだ。焼きそばがおいしい……みたいなメッセージが来たから、屋台のある広場に行ってるんだと思うぜ。俺たちも──」
「……ねぇ、優斗君。ちょっとだけ話をしても、いい?」
「え? あ、ああ……じゃあ、他の人の邪魔にならねぇとこに行くか」
人混みの中で立ち止まって話すのはなんだから、あまり人がいない、林の方へ向かう。
◆◆◆
「で、話って……」
「あ、あのさ、優斗君」
うぅ、神様にお願いするくらい叶えたいことだけど、いくらなんでも早すぎない!?
美月さんたちがいないのはちょうどいいけど、優斗君と二人きり……秘密を打ち明けるとかとは別に、し、心臓の鼓動が……。
「連宮?」
「あ、いや、なんでも……。その、聞いてほしい話があるの」
「お、おう」
勇気を出そう。
ここを越えなきゃ、僕は前に進めないんだから。
「僕は、その……」
僕が『僕』になるために。
一拍置いて、しっかり伝える。
「女になりたいって、思ってるの」
◆
「そう、か」
『そういう話』だと知って、どんな風に思っているんだろう。
表情からは読み取れない。
今考えても仕方ないから、とにかく話を続ける。
「家族には伝えてあって、親しい友達の中だと優斗君以外には話してあるんだ。だから、優斗君にもちゃんと話しておこうと思って。それに──」
『大好きな人だから』──ううん、この言葉は伝えちゃダメ。
伝えたら、優斗君にも大変な思いをさせることになるから。
「──優斗君だけに話してないのは、嫌だったから」
この言葉も、嘘じゃないからいいよね。
「うん。そうか」
「ごめんね。変なこと聞かせちゃって。でも、これからも友達でいてくれると──」
「──俺も」
「え?」
僕の言葉に食い気味に、優斗君が話し始める。
「俺も、お前に話してなかったことがある」
「う、うん……?」
拳をぐっと握り、目を瞑って一度頷き、目を開ける。
僕の目をまっすぐ見つめて、口を開く。
発せられた言葉は、ともすれば貪欲、利己的と捉えられそうで。
それでいて──
「お前が好きだ、連宮。……俺と、付き合ってくれ」
──純粋で、僕の心を溶かしていった。




