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夢見少年物語  作者: イノタックス
14章 それぞれの、秋と冬の

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71/81

71話 私から、あなただけに

午後1時50分。

私、高波佳奈美は、


「ど、どどどどどーしよ、ななよん……」


テンパっていた。


『もー、さっきからそればっかり』

「だってぇ……」


自室の床をゴロゴロ転がりだしたあたりで、自分でも『あ、これはヤバい』と思って、すぐにななよんに電話&相談。

あれを買う(・・)時にも練習する(・・・・)時にも一緒にいてもらったから、私の事情は知っているから適任、だと思ったのだけど。


『女は度胸!』


の一言。ななよん、意外にも姉御肌だった。


『ほらほら、()、もうすぐ来るんでしょ? 髪がくしゃくしゃになってないかーとか、チェックしておけば?』

「この30分で6回ほどチェックしてます……」

『5分に1回ってあんた……』


呆れられた。

いいじゃない、一世一代の大勝負なんだから。


『考えすぎよ。リラックスリラックス~』

「できたらやってますぅ」

『リラックス~』


うわーん無視された。


──と、ここで玄関のチャイムの音。


『チャイムの音ってことは、来たみたいじゃない。それじゃ、いい知らせを期待してるね~』

「あ、な、ななよん!」

『ん?』


多分電話を切るところだっただろう、ななよんを呼び止める。


「相談に乗ってくれて、ありがとね!」

『……大丈夫だよ、佳奈美なら』

「へ?」


会話がかみ合っていないような。


『ちゃんとお礼を言えるようないい子だってこと、きっと分かってると思うよ、彼。……じゃ、またね~』

「あ、う、うん!」


なんとも上手く返せないまま、電話は終わった。

……うん、きっと大丈夫。


自分にそう言い聞かせながら、自室から出て、1階の玄関へ向かった。


◆◆◆


文化祭が終わり、何とも寂しい気持ちに──別にならず、学業をそこそこに終えて冬休みに突入。

寂しくならなかったのは、私たち3年生は文化祭の時……というか夏休み終わりには既に、軽音楽部を引退していたから。クラスの出し物は一応あったけど、『まあまあ』の一言で終わってしまうほど、あまり印象に残っていないのだ。


──部活の話に戻る。

(当時の)2か月後の文化祭には出られず、私の高校生活最後のライブを彼に披露することができないということで、ななよんに相談。

引退した以上、バンドメンバーの力は借りず、私だけの力で演奏を伝えたい──と伝えた結果、返ってきたのは『ドラムじゃ難しくない……?』という、至極ごもっともな意見だった。

私もそう思っていた以上、言い返したりはしなかった。


じゃあどうするか。

諦める、という選択肢は当然なかった。

一度は『カラオケで歌って伝える』なんて考えまで出てきたけど、これは『軽音楽部にいた私』からの伝え方じゃないと思い、無しに。

そんな風に悩んでいると、ななよんから何気なく、確信を突いたような言葉が。


『弾き語りは、どう?』


◆◆◆


そこからは早かった。

楽器屋にアコースティックギター(まあまあ安い方の)を買いに行ったり、基本自室で一人で、たまにななよんに付き合ってもらって練習したり。


そんなこんなで、今に至る。


家族がみんな出かけていたため、閉めていた玄関の鍵を開けて、ドアも開ける。

ドアの前には、『見せたいものがあるから来てほしい』と呼んでおいた、あの人がいた。


「ひ、ひさしぶり、ねはらっち!」

「うん、ひさしぶりだね、高波さん」

「さ、入って入って」

「お邪魔します。あれ、随分静かだけど……高波さん一人だけ?」


おぅ、気付かれてしまった。

仕方ない、正直に言おう。


「うん、他の人がいる時だと、ちょっと恥ずかしいから」

「……? まあいいや」


──ねはらっちが大雑把な性格でよかった。

心の中で割と失礼な感謝をしつつ、階段を上り、自室へ向かう。


◆◆


「お邪魔します」


ともう一度言って、高波さんの部屋に入る。

『友達とはいえ、男を自分の部屋に招き入れるのは──』みたいなことは言わない方がいいよね。

俺がそういう、変な気持ちで佳奈美さんを見るようなのはしないってこと、佳奈美さんは分かってるんだろうし。


「そのクッションに座って」

「うん」


指定された──床に置かれた机を挟んだ、ベッドの向かい側のクッションに座る。

なんでここを指定したのか……『見せたいもの』ってのに関係してるのかな。


「よいしょ、っと」

「え、それって……」


勉強机の横、俺からは見えなかった場所から取り出したのは、アコギのケース。

パチン、パチン、とロックを外して、中からアコギを取り出し、ベッドに腰掛ける。

クリップチューナーでチューニングをしている姿とか、すごく自然で思わず忘れてしまいそうになったけど。


──高波さんがやってたのって、ドラムじゃなかったっけ、と。

そんな風に驚く間もなく、高波さんはアコギを弾き始めた。


見せたいものって、ギターの演奏? もしくは弾き語り?

でも、なんで……もしかして、文化祭で演奏できなかったから?


いくつか疑問は浮かんだものの、ひとまず演奏に耳を傾けることにした。

この曲は──そうだ、一昔前に流行ったラブソングだ。


慣れない手つきでコードを押さえて、時々左手を見て合っているかを確かめながら、高波さんは──歌い始めた。


◆◆


……や、やっぱり難しい。


『ねはらっちに近づけたらなぁ』なんて淡い考えも持ちつつ練習していたギターだけど、正直、お世辞にも上手とは言えないくらいの腕前。

夏休み終わりに軽音楽部を引退してからだから、3か月と半月くらい。その間、毎日練習していたけど、それでもねはらっちの足元にも及ばない。

当たり前のこと。でも、結構悔しい。


(それでも、私は──)


必死になってギターを弾きながら、歌い続ける。

ねはらっちの目を見続けるのは恥ずかしいから、時々下を向いてギターを見つつ、弾き語りを続ける。


憶えていてほしいから。

この瞬間を、今の私を、今日のために頑張った私を──ねはらっちの心に、残したいから。


◆◆


いくらドラムが上手でも、ギターは全く別の楽器。

楽器はドラムしかやっていない、と言っていたし、きっと部活を引退してから始めたのだろう。

要するに、腕前だけでいえば、それほど。

──でも。


心が、温かくなる。


あたふたせず、一音一音大切に弾く姿に。

歌から伝わる、隠しきれない必死さに。


何より──高波佳奈美という、たった一人の存在に。

俺は、惹かれていた。


◆◆◆


最後のコードを、ギターを見ながら間違えずに弾き、弾き語りを終える。


「……あ、ありがと」


すぐに、ねはらっちが拍手してくれた。嬉しい。


「ごめんね、下手な演奏で」


正直、聞き苦しかったと思う。事実なんだから、それはちゃんと受け入れよう。

──と、思っていたのだけど。


「ううん、すごく……すごく素敵な演奏だったよ」


褒めてくれた。

ねはらっちじゃないけど、その言葉は嘘じゃなく、本心から出たものだって、分かった。


「よし、やり残したことは終わった!」

「や、やり残した……?」

「うん、文化祭でライブを見せられなかったから、さ」

「ああ、なるほど。でもその言い方じゃあ、高波さんが死んじゃうみたいじゃないか」


──当たらずとも遠からず。


「うん、死ぬよ。これまでの、うだうだ悩みまくってた私は、ね」

「……?」


ねはらっち、分かってないみたい。

それでいい。分かってたら、恥ずかしいから。


「あのさ、ねはらっち」

「……なに?」


大事な話だと気付いたみたいで、私の目をまっすぐに見てくれた。

人のことをまっすぐに見れる──この人の良いところ。

恥ずかしがってないで、私もねはらっちの目を、まっすぐに見つめる。


「ねはらっちを見ていて、ねはらっちといて、気付いたことがあります」

「うん」


深呼吸を1回。よし、落ち着いた。

回りくどく言うより、直球勝負。

『女は度胸!』──ななよんのアドバイスも参考にしつつ。


「私は──」


◆◆


言ったら、変わってしまう。


私を取り巻く、全部が変わってしまう。

隣にいる人──だけじゃなく、周囲の全部が。


もしかしたら、全部が終わってしまうかも。

どん底に突き落とされるかも。



──だからどうした。

構うもんか、私が決めたことなのだ。


勢いのままじゃなく、心の底からの言葉を。

私から──



「根原君が好きです。私と、付き合ってください」



あなただけに、捧げよう。



「……」


あ、あれ? 根原君、反応してくれない。

というか、固まっちゃった。


もしかして、急に『根原君』なんて呼んじゃったから?

友達のことはあだ名で呼ぶけど、今回は友達として──っていうのとは違うかな、って思ったから『根原君』って呼んだのだけど。


──って、そんな些細なことでこの反応、ってのはないよね。告白の返事を考えてるんだよね。

で、どどどどどうなんでしょうか、返事は。


訊けるわけもなく。

私から喋った方がいいのかな、なんて思っていると、根原君が口を開けた。


「ありがと、すっごく嬉しい」


笑顔で。

いつも通りの笑顔──じゃない。頬をほんのり赤く染めている。

続けて、根原君が言葉を発する。



「俺なんかでいいの?」



……ふぉ?

予想もしていなかった言葉。これはえっと、拒否されてはいない……と捉えていいのかな。


「根原君がいいの、根原君じゃないとだめなの」


裏のない、心の底からの言葉。

その部分が伝わったのかは、分からないけど。



「ありがとう。……うん、付き合おうか」

「……!」



一世一代の告白は、成功したらしい。

よ、よかったぁ……!


◆◆◆


「私さ、ねはらっちと同じ大学を受験するんだ」


ねはらっちの右隣にクッションを持っていき、座って話す。

すぐ横にねはらっちを感じながら、話し始める。


──告白から、30分ほどが経過。

色々話しているうちに、呼び方は元のあだ名に戻っていた。

仕方ないよね、慣れてるんだもん。


「そうなの?」

「うん。夏休みごろから、勉強だって頑張ってるんだ。一応、冬休み前のテストで、入れそうな点数までは取れたの」


まあ、今のところは入れるかギリギリなんだけども。

あと少しだけど、まだまだ頑張らないと。


「そうなんだ、ギターも勉強もなんて、すごく頑張ってたんだね」


優しい声で褒めてもらえた。私の、か、彼氏……に。

すっごく、すっごく嬉しい。


「私、頑張るから」

「うん、応援してる」


ねはらっちの右手に、私の左手を重ねる。


「……大好きだよ、ねはらっち♪」

「うん、俺もだよ。……えっと」

「?」


何をいまさら、ためらっているのだろう。

いつもみたいに名前を呼んで──って、もしかして。


「大好きだよ、……佳奈美」

「……ふぇ」


柄にもなく、妙に可愛らしい声が出ちゃった。

負けじと、私も呼び捨てで呼ぼうとしたのだけど。


「さ、悟……君」


無意識に、君付け。

いつもあだ名で呼んでたから、呼び捨ては、まだ恥ずかしかったから。


「顔真っ赤だよ、佳奈美」


言われて、窓に映る私の顔を確認。

うわ、ほんとに真っ赤。照れ隠しに、反撃をしかける。


「ふ、ふーん? 悟君もだよー?」

「あれ、あはは……照れくさいね」

「えへへ、そうだね。……ねぇ、悟君」

「なに?」


もう一度だけ。


「大好き♪」


言葉と同時、一瞬だけ、ほっぺたに……口づけを。



──慣れないことはするもんじゃない、みたいな。

その行動で、今までで一番の赤面を──『お互いに』見せることになったのだった。


結局、悟君が帰った後も、寝るまで、顔のほてりは消えなかった。


◆◆◆



こんな気持ちになるなんて、予想してなかった。

こんな気持ちがあるなんて、知らなかった。


頑張ろう。

まずは、大学受験突破を目指して。

その後も、悟君と一緒に。

悟君の隣で。


一緒に、進んでいこう。

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