7話 気になる部活
あの後、根原君と高波さんは、昼休みが終わるまで音楽談義を楽しんでいた。
軽音楽部についても話していたけど、まだ入るかどうかわからない、と根原君は言っていた。
体育館で行われた5,6時間目の学年全体のレクリエーションが終わり、放課後。
「俺、今日は用事があるから、先に帰るね!」
「うん、また明日、根原君」
「また明日!」
根原君、何の用事なのだろう。
まあ、いいか。
「連宮君、この後時間ある?」
「三上さん? うん、あるよ」
「もしよかったら、部活見学に行かない?」
「え、どこの?」
高波さんが行っている軽音楽部は、昼休みに見に行ったし。
「それが、まだ決まってなくて……運動は苦手だから、文化部かな、と思ってるんだけど、どうかな」
「僕も運動は苦手だから、そうしようと思ってたところ」
小さいころから、外で元気に走り回るような子供ではなかった。
僕は、インドア派だ。
「連宮君、気になる部活ってある?」
「一応。これ!」
昨日の午前中の授業で配られた、学校紹介のパンフレット──の中の、部活動紹介のページを指差す。
「これって……文学部?」
「うん。写真部と迷ったんだけど、こっちの方が面白そうかな、って」
「へえ、全然考えてなかったよ。なるほど、文学部か……面白そうだな」
文学部の説明文や写真を見つめて、三上さんは呟く。
「入るかどうかは分からないけど、見学はしてみようかな、って」
「自分もついて行ってもいい?」
「もちろん! それじゃ、早速行こう!」
鞄を肩に掛けて、僕と三上さんは教室を後にした。
◆◆◆
この学校には、北校舎と南校舎がある。
各々のクラスがあったり、生徒用玄関があるのが北校舎で、理科室や家庭科室などの専門的な教室は南校舎にある。
今日の昼休みに行った音楽室も、南校舎の4階にある。
「えっと……あった、ここだ」
各文化部の専用の教室も、いくつかあったりする。
文学部にも、専用の部室が1階の一番奥にある。
「電気は点いてるし、入ってみようか」
僕がノックをすると、中から『はーい』と返事が返ってきた。
扉を開けると、中では、ポニーテールの女子生徒と、短髪の男子生徒一人がそれぞれデスクトップパソコンに向かって作業をしていた。
「失礼します」
「おや、見ない顔だね。1年生かい?」
女子生徒が、僕と三上さんの顔を見てから、話す。
「はい、1年4組の連宮です」
「連宮君、ね。文学部に何か用事?」
「え?」
あれ、部活の見学ができる期間だから、先輩たちもそのことを知っていると思うのだけど。
『見学は出来ないのかな』なんて思って戸惑っていると、僕の後ろにいた三上さんが訊いてくれた。
「失礼します、同じく1年4組の三上です。文学部の見学に来たのですが……」
「……あ、ああ! 見学か!」
女子生徒は、思い出したかのような声を出した。
さっきから僕らを見ていた男子生徒は、とても驚いた表情をしている。
な、何かマズイことしちゃったかな。
「いやぁ、ゴメンゴメン、見学に来てくれる新入生がいるとは思ってなかったから、すっかり気を抜いていたよ」
そう言って、女子生徒は立ち上がり、僕らのところへ歩いてきた。
「初めまして、あたしが文学部の部長、橋崎舞依よ。よろしくね、連宮君、三上さん!」
「よ、よろしくお願いします」
部長──ってことは、橋崎先輩は3年生か。
「そしてこっちが! ドドン!」
「初めまして、連宮君、三上さん。俺は安喰宗人、2年だよ。よろしく」
橋崎先輩の派手なフリを完全に無視して、落ち着いた声で自己紹介をする、安喰先輩。
「理系なのになぜか文学部にいる、次期部長の安喰君、自己紹介をありがとう!」
「え、次期部長って……どういう」
「2年が俺しかいない、って言えば分かるかな?」
「な、なるほど」
3年生も、そんなにいないのかな。
「ちなみに、3年生もあたし一人だけ! あたしと安喰君の二人で、文学部をやってるんだよ!」
「あれ、でも部活って確か、最低3人いないと駄目だったような……」
三上さんの発言で思い出した。
そんな感じのことが、パンフレットの隅の方に小さく書いてあったような。
「昔っからある部活だからね、去年1年間だけ大目に見てもらったのよ。学校側としても残したかったみたいでね」
「だけど、今年新入部員が入らなかったら、文学部は廃部、ってな感じでね。新入生の勧誘もしたんだけど、誰も来てくれなかったから、すっかり忘れていたのさ」
そ、そんなに人気ないのかな、文学部って。
「来てくれた君たちなら分かると思うけど、ここって南校舎の一番奥の教室でしょ? 部室の中は明るいけど、扉一枚隔てた廊下は、外に増築された倉庫のせいで、電気を点けないと昼間でもそこそこ暗くなっちゃうから、不気味で来にくいみたい。……って、あたしの友達が言ってた」
橋崎さんと『俺の友達も言ってたよー』という安喰さんの発言から察するに、2人とも、友達を誘ったのだろう。
でも、入部はしてもらえなかった、と。
「無理にとは言わないけど、入部してくれると助かるわ。まあ、今日は見学していってね」
「文学部の雰囲気、気に入ってもらえると嬉しいよ」
「は、はい!」
そう言われると、入らなくちゃ申し訳ないような……。
とにかく、見学してみよう。
◆
まあ、なんとなく分かってはいたのだけど。
文学部も他の部活と同じく、体験させてもらえるらしい。
……というか、今まさに体験させてもらっているのだけど。
「2人とも、俳句、完成したかい?」
一応ついさっきまでは、先輩たちがパソコンに文字を打ち込んでいるのを三上さんと見ていたのだけど。
その視線に我慢できなくなったらしく、橋崎さんが突然立ち上がって『俳句を作りなさい』と僕らに言ったのだ。
無茶ぶり──ではないか、入部したらそういうこともするのだろうし。
「はい、一応、ですけど」
「じゃあ、まずは連宮君のを見せてくれ」
橋崎先輩──部長に、俳句を書いた紙を渡す。
不安だ。どんな風に評価されるんだろう。
「『桜の木 風に揺られて 空を塗る』──ほぉ、中々面白いわね。『空を塗る』という表現は使ったことがなかったよ。目からうろこ、ね」
「そ、そうですか……」
自分が書いた作品を、こんな風に評価してもらえると、なんだか──くすぐったい気持ちになる。
「さて、次は三上さんのを読ませてもらうわ」
「はい、どうぞ……」
三上さんも、少し不安げな様子。
「『春が来て 再び始まる 登下校』──なるほど、シンプルな感じで来たね。分かりやすくていいと思うけど、もう少しひねってもよかったかもね。でも、基礎はできているし、いいと思うわ」
「あ、ありがとうございます」
安心した様子の三上さん。創作物を人に見せるのって、中々緊張するものだと実感した。
「おっと、もう5時になってしまったか。確か体験入部は5時までだったね、あたしたちもそろそろ帰るから、君たちも……」
「はい、分かりました。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました。失礼します!」
三上さん、僕、の順にお礼を言って、鞄を肩に掛けて、僕らは部室を後にした。
◆◆◆
連宮君と三上さんが帰ってから、5分ほど経った頃。
あたしは、上機嫌で片付けをしていた。
「よかったですね、部長。新入生が2人も見学に来てくれて」
「ふふっ、そうだねぇ」
「……? 部長、どうかしたんですか?」
おや、安喰君は分かっていないらしい。
『あんなに分かりやすいヒントがあったのに』。
「書いてもらった俳句のことさ」
「俳句、ですか? 別に、普通の俳句だったと思いますけど……」
「内容もそうだし、字の書き方とかもヒントだね」
「うぅ……分かりません、どういうことですか?」
そう言われたが、本当のことを包み隠さず言ってしまうのは、少々興がそがれるだろうし、ここは少しだけ、包んで、隠して。
「連宮君と三上さん、彼らは『逆』なんだよ」
「ぎゃ、逆──ですか?」
かなり近いところまで言ったのに、まだ安喰君は分かっていないらしい。
安喰君には、まだ早かったのかもしれないね。
「本当に、面白い子たちが来たね」
「……??」
いやぁ、本当に面白い部活になりそうだ。