67話 夏休みの終わりに
「ふぅ」
バスを降り、ショッピングセンター入口へ向かう。
現在、夏休み終盤の水曜日、午前11時。
「涼しいぃ……」
自動ドアを抜け、クーラーの効いた空気を全身で受ける。
エスカレーターで3階に上がり、楽器屋へ。
「……ま、まぁ」
いるわけないと思いつつも、ずっと頭に浮かんでいる人の姿を探す。
去年はここで会った、だから今日も会える──なんて謎理論。
あり得ないのは分かってるけど、会って、心の整理をしたいのだ。
「──え」
いた。ピック売り場に。
……いやぁ、まさか本当にいてくれるとは。
偶然も偶然、奇跡のような遭遇。
平常を装って、声をかける。
「偶然だね、ねはらっち♪」
「高波さん? おー、偶然だね!」
──その笑顔だけで、少しだけ、整理ができた。
◆
「大丈夫だった?」
「へ?」
楽器屋での買い物を終えて。
エスカレーター横のベンチに座って時間を確認していると、隣に座っているねはらっちが訊いてきた。
……大丈夫って、何が?
「風邪で祭りに行けなかったんでしょ? 連宮君から聞いたんだ。高波さんが体調を崩すなんて珍しいから、ちょっと心配で」
「あ、うん……ありがと、心配してくれて。えっと──」
続けようとして、気付く。
──ねはらっち、嘘が見抜けるんだった。
風邪に関しては、言わない方がいいよね。
「今はもう、健康そのものだから!」
「うん、そうみたいだね。あ、お昼は予定あるの?」
「ないよー。ね、一緒に食べよ? また、あのパスタが食べたくって!」
よし、話題を切り替えることができた。
──お昼、一緒に食べれる。やった!
「お、いいね。じゃあ、混まないうちに行こうか」
「うん!」
話題は変わっても、罪悪感は残ったまま。
だって──風邪なんて、ホントはひいてないんだもん。
◆◆
つれみーにお祭りに誘われたとき、『どう断ろうか』って電話口で色々考えた。
もちろん、つれみーと喧嘩してる──なんてことはない。
ただ、行けない理由があったのだ。
(こんな状態で、ねはらっちに会うなんてできない)
そう考えて、断ることにした。
今以上に心の整理ができてなくて、会ったら逃げ出してしまいそうだったから。
──で。
『風邪気味だから行けそうにないの、ごめんね?』
そう、つれみーに嘘を吐いた。
結局、ねはらっちは家族とお祭りに行ったらしい(つれみーから電話で聞いた)から、無駄な行動だったのだけど。
◆◆◆
「おいしかったね」
「うん、おいしかった!」
パスタを食べ終え、お店を出るころには心の整理もかなりできていた。
本人と話すのが、一番よかったみたい。
「さて、俺は帰るとするよ。高波さんは?」
「私もー。もう予定ないから、バスで帰る。ねはらっちもバス?」
「そうだよ。じゃあ、一緒に帰ろっか」
「うん!」
ホントはこの後、1階の書店に行って、何か本を買うつもりだったけど。
ねはらっちと帰りたいから、嘘を吐いた。ば、バレてないよね……?
◆◆◆
帰りのバスに乗り、空いていたので2人で並んで座る。私は窓側に。
一息ついたところで、ねはらっちが口を開いた。
「ホントは、何か予定あったんでしょ?」
「う……」
やっぱりバレてた。
言い訳しても仕方ないし、正直に言うことにする。
「ねはらっちと一緒に帰りたかったから。……ごめんね?」
「いやいや、怒ってるわけじゃないよ。さっきの嘘は『騙そうとしてる嘘』じゃなかったし」
「……ん、そうね」
『一緒に帰りたかったから』──その言葉への反応は、なし。
ま、いっか。
その後は、10分ほど、私もねはらっちも口を開くことはなかった。
◆
バスに乗ってから、15分ほどが過ぎた頃。
無意識に、ねはらっちの横顔を見ていた。
「……」
なんとなく、本当になんとなく、ねはらっちの顔を見ていた。
眺めていた、と言った方が適切かも。
──それだけなのに、いつかの真菜ちゃんの言葉を思い出した。
『告白されたら、どうしますか?』
……正直、何度も考えた。お祭りの日も含めて、何度も想像した。
それでも。
『ねはらっちが私に告白する──そんな展開は、絶対にないわ』
あの日の言葉。
撤回するつもりはない。今だって、そう思ってるんだから。
「……高波さん、どうかしたの?」
ありゃ、気付かれちゃった。
視線をねはらっちの顔から、窓の外へと移す。
「んーん、なんでもなーい」
一瞬見えたねはらっちの瞳は、不思議そうに私を見ていた。
嘘を嘘を見抜けるねはらっちには、私の視線の意味、わかってたりするかも。
──私自身ですらわからない、私の視線の意味。
『そんな展開は、絶対にないわ』
でも、とねはらっちに向き直って。
「私、告白するかも」
「高波さん、好きな人いたの?」
さも嬉し気に、友達の恋バナを聞くようなテンションで。
ならば、私も正直に答えよう。
「さあね、わっかんない!」
「……?」
再び、視線を窓の外へ。
いつか──そう遠くない日。
『私から告白する』──そんな日が、来るのかもね。
そんな光景を思い浮かべて。
ねはらっちにバレないように、過ぎ去る景色に微笑んだ。




