66話 夏祭り
「わあ……!」
夏休みの三分の二を経過して迎えた、土曜日、午後6時半。
「すごい!」
「……そうか?」
駅を東口から西口へ抜けたら、雰囲気がガラッと変わった。
普段の西口の雰囲気とは、違う賑わい方。
人の流れに乗って少し歩くと、人混みが見えてきた。
「屋台がいっぱい!」
「そんな珍しいか……?」
不思議そうに首をかしげる、僕の右隣を歩く優斗君。
「うん! だって──」
夕方の街中に、溢れんばかりの人たち、その笑顔。
この時期にここに来るのは、子供の時以来だから。
「夏祭りに来るの、すっごく久しぶりだから!」
「そっか。……じゃ、目一杯楽しまないとな」
「うん!」
面白そうな屋台がいっぱい。おいしそうなにおいもする。
まずは食べ物かな。焼きそば、から揚げ、かき氷──定番のメニューもいいけど、さっきから甘い匂いもしてるし、そっちも楽しみ。
久しぶりの夏祭り、精一杯楽しもう!
◆◆◆
昨日、優斗君からの電話でお祭りに誘われて、今、実際に来たわけだけど。
なぜかドキドキする。ワクワクとは違う感じ……本当に久しぶりのお祭りだからかな?
「……なあ、連宮」
「ん、なに?」
一番賑わっている、お祭りの中心には行かずに『どの屋台がいいかな』なんて考えていると、Tシャツにジーパンという、いつも通りのラフな格好の優斗君が訊いてきた。
「俺と2人きりって、嫌じゃねぇ……か?」
「へ?」
嫌だなんてこと、微塵も思ってないんだけど……急にどうしたのかな。
正直に、答えることにする。
「嫌じゃないよ、すっごく楽しいよ!」
「……そっか。それならいいんだけどよ」
どこか安心したように笑う、優斗君。本当にどうしたのかな。
「わりぃ、さっきのは気にしないでくれ。何から食う?」
「僕、かき氷がいい!」
「お、いいな。早速並ぶとするか」
そう言って、お祭りの中心から少し離れた──人混みから少し外れた場所にある、かき氷の屋台に向かう優斗君。
僕もその後についていく。──その途中、ある考えが僕の頭に浮かんだ。
(もしかして優斗君、人混みを避けてる?)
お祭りの中心(街中の中心の方)に行けば、もっと色々あると思ったから、そんな疑問が出てきたのだけど。
僕は人混みがそこまで得意じゃない──というか苦手だから、いいけれど。
……もしかして、僕のため?
人混みが苦手なんじゃないか、って思ってくれたのかな。
(さすがにない……よね)
うん、あり得ない。
人混みが苦手だなんて、僕の内面を知る友達──根原君たちにしか言ってないから、優斗君は知らないはず。
あ、美月さん経由で知ったってことも……まあ、今考えることじゃないかな。
疑問を消して、急いで優斗君の後を追う。
◆◆◆
かき氷の後に、焼きそばとラムネを買って、花火が見やすい位置にある橋へ向かう。
──が、花火まであと15分くらいしかないからか、橋の上は人で埋まっていた。
歩道だけじゃなく、交通規制で車が通れなくなっているため、車道まで埋まっている。
「下のグラウンドならまだ埋まってないし、そっち行く……ってのでいいか?」
「うん!」
普段はサッカーや野球に使用しているのだろう橋の下のグラウンドも、今日は花火を見る人たちのために解放されていた。
なので、橋の傍の階段を下りてグラウンドへ立つ。
グラウンドの中でも、人がたくさんいる場所とは少し離れた、ちょっと端っこの方へ移動。持ってきた小さなレジャーシートを敷いて、僕が右に、優斗君が左に座る。
「おお、よく見えそうだな」
「だねー。花火まで……あと10分くらいだね」
携帯で時間を確認。もう少しで花火が始まる、ワクワク。
「連宮、疲れてないか?」
「ううん、大丈夫」
「そっか、ならいいけどよ」
──うん、やっぱり優斗君、優しい。
2人だけでお祭りに来たのには、ちゃんと理由がある。
いつも通り、根原君たちも誘ったのだけど。
『ごめん、祭りには家族と行くことになってるんだ』
とのこと。三上さんも同じ理由で一緒には来れなかった。
──聞いた時、少し安心した。2人とも、家族と仲良くやれてるみたいだから。
花火も家族と見るみたいだから、今日は合流したりはしない。
高波さんも誘ったのだけど、『風邪気味だから行けない』ということで、家で大人しくしているらしい。
高波さんが体調を崩すなんて珍しいし、かなり心配だったからお見舞いに行っていいか訊いたのだけど。
『風邪移しちゃうとまずいから、お見舞いは大丈夫だよー』
──とのこと。こっちが心配しすぎても仕方ないから、体調が早く良くなるよう願うだけにする。
真菜は『クラスの友達とお祭りに行く』と言っていたため、誘ってはいない。
あとは、美月さん──に関しては、昨日の電話で優斗君から説明されている。
「美月さん、クラスの人と仲良くなれたって聞いて、ほっとしたよ」
「……ああ、俺も安心した。あの美月が、クラスの奴と祭りに来るまでになれるとは……な」
すごく嬉しそうな優斗君。
美月さんは、クラスの人とお祭りに来ているらしい。
「明るくなったもんね、美月さん」
「ああ。……ありがとな、連宮」
「へ?」
いきなり感謝された。なんで……?
「美月の秘密、知ってるだろ?」
「……うん」
少し戸惑ったけど、僕が秘密を知っていることは既知らしいし、頷いておく。
「精神的な性別が揺れやすい──身体こそ普通の女子と変わんねぇけど、昔はかなり苦労してたんだ。昔ってか、俺らの通う高校に転入するまでは、だな」
美月さんの、転入するまでの話。
あまり詳しく聞いたことはない。当たり前だけど、辛い過去のことを訊くなんて失礼が過ぎるから、触れずにいたのだ。
「いじめられてた──みたいなのはねぇんだけどさ」
昔を懐かしむように、一言一言を大事そうに発していく。
発せられたのは、僕の知らない美月さんの姿。
自己主張をしなかったため、年度の初めに友達ができても、すぐに離れていったり。
遊びに誘われることはあっても、自分から誰かを誘うことはなかったり。
転入直前は、今では想像もつかないくらい、常に落ち込んでいたり。
重ねるのは失礼かもしれないけど。
──高校入学直前の、僕のよう。
「だから、さ」
昔話を締めくくるように。
「転入させて、お前と会わせることができて、マジでよかったよ。美月が明るくなれたのは、間違いなくお前のおかげだ。あんなに、学校のことを楽しく話す美月を、俺は……見たことがなかったからさ」
顔を俯かせ、心の底からの安堵を口にした。
そんな優斗君に、なんて声をかければいいのか迷っていると、数秒後に優斗君が言葉を続けた。
「本当に……ありがとう、連宮」
「──うん」
震える声で伝えられた感謝に、そう一言だけ、返すことにした。
◆◆◆
それから5分後。
予定通り午後7時半に始まった花火は、およそ40分の間、夜空を照らし続けた。
朝顔のような青色、夏の木々の緑色、ひまわりのような黄色、他にも色鮮やかな花火、それらをただ静かに見ていた。
僕も優斗君も、何も言わなかった。──彩られた夜空に、見惚れていた。
スターマインで、花火大会の終わりを知る。
もうすぐ、花火が終わる。
後は駅を通り、東口から少し歩いて、優斗君と解散する。
楽しい時間が、今日という日が終わるだけ。ただそれだけ。──なのに。
なんで、こんなに寂しいのだろう。
否が応でも、終わるものは終わる。
一番大きな花火が打ち上げられ、数瞬あとに遅れて『ドーン』という音。
花火を見ていた人たちが一斉に拍手をして、それぞれ帰り支度を始める。
「……よいしょ、っと」
立ち上がり、んー、と伸びをして、レジャーシートを畳もうと下を見た。
──なぜかまだ、優斗君は座ったまま。
「優斗君?」
「──……あ、ああ」
「どうかしたの?」
「いや……余韻を楽しんでた」
──なんというか、すごく優斗君らしい。
わりぃな、と立ち上がり、シートの上に置かれたゴミをまとめてくれた。
僕もゴミがないのを確認して、レジャーシートを畳んで、ビニール袋に入れてから、カバンに入れる。
「うし、帰るか」
「うん」
──やっぱり、寂しい。
優斗君と街中へ向かいながらも、その感情は消えなかった。
◆◆◆
駅の東口から少し歩いて、それぞれの家へと続く分かれ道へ到着。
「それじゃ、また今度ね。今日は楽しかったよ──」
「──連宮」
「……?」
まだ歩き出してはいないけど、呼び止めるような声で、僕を呼ぶ。
「なに?」
「……いや、やっぱいいや。頭ん中がまとまってなくてさ、わりぃ、なんでもねぇよ」
「本当に?」
「……え?」
何かに怯えているような、でも──逃げたくないと、思っているような。
何かを──
「僕に何か、伝えたいの?」
自然と、そんな言葉がこぼれていた。
我ながら、変な言葉。でも、訂正しようとは思わなかった。
「……お前には、勝てる気がしねぇや」
はにかんで、そう呟く優斗君。
何のことだかわからず、何も返せずにいたけど、すぐに優斗君が続けてくれた。
「ああ、気にすんな、こっちの話だ。……祭り、俺と2人きりで楽しかったか?」
「うん。すっごく楽しかった!」
「そっか。……よし、まとまった」
『伝えたいこと』がまとまったみたい。
僕の目を見て、優斗君が口を開く。
「──俺も楽しかった。マジで、今までで一番楽しかった」
「よかった、そう思ってもらえて」
厳かで、静寂に包まれていて。
街灯の明かりも、住宅街からの光も、通り過ぎる車のライトも。
何もかも消えて、僕らしかいない──そう思えて。
「また、お前と来たい」
「うん、僕も」
道行く人には、僕らはどう見えているのだろう。
友達だろうか。それとも兄弟だろうか。それとも──。
好き合う2人に見えたら、それはとても、素敵なことだな、と。
嬉しいことだな、と。
「今日はありがとな。また何かあったら誘うよ」
「うん、またね」
「ああ、またな」
今日一番の笑顔を見せて、振り向いて走っていく優斗君。
──すっごく嬉しかった。寂しいって感情が消えちゃったくらい、すっごく、すっごく嬉しかった。
僕も帰ろう。
◆
僕の家の方へ向いて、歩き始めて数秒後。
「──え?」
当たり前の疑問が、僕の頭に浮かんでくる。
──さっき僕は、何を思った?
『好き合う2人に見えたら、それはとても』
──素敵なことだな、と。確かにそう思った。
身体的には男同士とか、そういうのは一旦除いて、とにかく──そう見えたら素敵だろうと、そう思った。
更にその後、僕は、何を思った?
『好き合う2人に見えたら、それはとても、』
『嬉しいことだな、と。』
……え?




