64話 それぞれの進路
6月が終わり、季節は本格的に夏へ移る。
夏休み前のテストの勉強であたふたしたけど、苦手科目を根原君に教わって、なんとか乗り切った。
そんなことがあった7月上旬を越え、中旬。待ちに待った夏休み!
部活に出たり、宿題をしたり、ショッピングセンターに行ってCDを買ったり。
あれこれやって、1週間が過ぎた。今日は何をしているかというと。
「あ、そこ惜しいね。こっちの数字がヒントだよ」
「……ああ、そういうことか! てゆーことはつまり、正解は『ア』か……根原、すげぇ頭いいんだな」
「否定はしないよ。さ、次の問題へ行こう」
──と、根原君と優斗君。優斗君、すっごく頑張ってる。
「なるほど、つまりここが、問題文の示している文章ってことなのね」
「うん、答えはそれで……あ、そこは元の文章では漢字じゃなくて平仮名だよ」
「おっと危ない。……テストだと減点ね、気をつけないと」
「うん。元の文章のままで書かないといけないからね」
──と、三上さんと美月さん。三上さんが得意な現代文を、美月さんに教えている。
「そうそう、そこをよく見ててね。点Pがこっちに移動したら、線APはどうなる?」
「……より傾く」
「うぅ……ん、なかなか独創的な答えだね。数学的、というかここでの正解は『長くなる』なのです。ということは、ここの面積は?」
「増える! なるほど……そう考えればいいんですね!」
──と、高波さんと真菜。真菜、高校の数学が結構難しい……って言ってたから、数学が得意な高波さんに教わっている。
そう、今日は僕の家の居間で、勉強会を行っているのだ。
◆◆◆
それぞれの課題に2時間ほど取り組み、午後3時、休憩に入る。
「ありがとよ、根原、連宮! お前らのおかげで夏休みの間に宿題が終わりそうだ……!」
優斗君、心の底から感謝している様子。この2時間だけでも宿題1つ終わったみたい。
ふと、1年の夏休み明けに『宿題を見せて』って頼まれたことを思い出した。懐かしいな、もうすぐ2年たつんだね。
「ホントに勉強苦手だよね、お兄ちゃんって」
「苦手っつーか、嫌いっつーか……早く高校卒業したいぜ」
「あと8か月の辛抱だよ、お兄ちゃん♪」
「あぁ、長いぃ……」
──今の会話で、気になった部分があった。
『早く高校卒業したい』……あ、もしかして。
「優斗君って、高校卒業したら働く予定なの?」
「ん、そうだぜ、工場かどっかで働くつもり」
「へえ、そうなんだ」
最後に呟いたのは、根原君。
「勉強が苦手……って言ったけど、君の学力ならある程度の大学には行けると思うよ? 頑張ればそれなりの大学にも……」
「さっきも言ったけど、俺は勉強は『苦手』じゃなくて『嫌い』なんだよ。それに、大学に行ってまで学びたいことがねぇんだ。後々の収入には響くかもしれねぇけど、高校卒業後も勉強で苦しむのは御免だからな、背に腹は代えられない、ってやつよ」
「最後の慣用句が適切なのかは置いといて。……いいと思うよ、その思い切り」
「誉め言葉として受け取っておくぜ。思い切りってほど、凄い決断じゃねぇと思うけどな」
そう言って、カラっと笑う優斗君。
そうか、進路……か。
「あの、みなさんはもう、進路って決まってるんですか?」
と、真菜からの疑問。
僕もちゃんと聞いたことないから、みんなの進路、結構気になる。
「私は、県内の大学に行く予定だよ」
最初に口を開いたのは、美月さん。
「駅からスクールバスが出てるから、通学も楽だろうからそこに行こうと思ったんだ。三上さんも、ね」
「三上さんもそこを受けるの?」
「うん、自分も美月さんと同じ大学に行くつもり」
そうだったんだ、全然知らなかった。
「こっちで就職するつもりだから、県内の大学の方がいいかな、って思ってね」
「あ、僕も同じ! 県内に就職したいから、僕も県内の大学にするんだ」
「4年制?」
「ううん、2年制、短大。今のところは、だから変えるかもしれないけどね」
学びたいこと、それとやりたいこと──『手術』のタイミングを自分なりに考えて、短大にしたのだ。
「根原君は?」
「俺は……実はまだ候補がいくつかあるんだ。この夏にオープンキャンパスに行って、どの大学を第一志望で受けるか決めるけど、いずれにしても県外の大学だね」
そういえば、とまだ進路を話していない高波さんに、根原君が聞く。
「高波さんは、卒業後はどうするの?」
「──……」
「高波さん?」
「……ん、ああ、進路ね、えっと──」
進路のことを考えていたのかな? 高波さん、少しボーっとしていた。
我に返り、『うーん』と少し唸った後、口を開く。
「……県外の大学?」
なぜか疑問形だった。
◆◆◆
それから3時間後、午後6時。勉強会は終わり、みんなが帰ってから10分後。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
居間で勉強道具とかを片付けていたら、台所から顔を覗かせた、真菜に声をかけられた。
「高波先輩って、さ」
「うん」
「根原先輩のこと、好きなの?」
「うぅ……ん?」
何気なく投げかけられた疑問に、思わず肯定を返してしまいそうになった。
え、高波さんが、根原君のことを?
「好き、ってのは……恋愛的に、ってことだよね?」
「うん、そう」
「うーん……」
よく考えてみたけど、そういうことはないと思う。
「恋愛的な意味で好き、ってことはないと思うよ。……まあ、僕の予想では、だけど」
「そうなの?」
「うん。……何かあったの?」
「いや、なんて言ったらいいのかな……視線、だと思うんだけど」
視線……高波さんのだろうか。
あ、もしかして。
「ボーっとしてたときの?」
「うん! 高波先輩、根原先輩に見惚れてたような、そんな気がしたの」
「そう……なの?」
──だとしたら、不思議なことが一つ。
そのことに気付いたのが、真菜だけだということ。
三上さんや美月さんたちは、気付いた素振りを見せていなかった。もちろん、僕も。
「お兄ちゃんたちは高波先輩との付き合いが長いから、分からなかった……とかかも!」
「はぁ。……まあ、実際に高波さんがどう思ってるかは分からないから、僕からは訊かないでおくよ」
「うん、わかった。あ、お盆持ってくるから、そっちのお皿は台所のテーブルに持ってってー。まとめて食洗器にかけるから」
「わかったよ、真菜」
お菓子が入っていたお皿を2枚重ねて持ち、台所のテーブルの上に置いておく。
──高波さんが、根原君を、か。
実際のところが分からないから、なんとも言えないけど。
あり得ない話じゃないのかも、なんて思ったりもした。




