61話 友達として
その夜。
「どうだ奏太、父さん自慢のオムライスは?」
「うん、すごくおいしい」
「そうかそうか、父さんはこれしか料理ができないからな、うまくできてよかったよ!」
夕食時、台所のテーブルを3人で囲む。
──『3人』で。
「それにしても不思議よね、チャーハンは作れないのにオムライスは作れるなんて」
「これはパラパラにしなくてもいい料理だからな、こっちの方が楽なんだよ」
「……ね、ねえ」
「ん、どうした?」
えー、っと。
言おうと思った言葉は、お父さんとお母さんを前にすると、やっぱり出てこない。
「──真菜の具合は、どう?」
「そうねぇ、熱はないけど、疲れちゃってるみたい。高校生活を頑張りすぎちゃったのかもね。でも、寝てればすぐによくなると思うわ」
「そう……よかった」
少しだけ安心して、またオムライスをスプーンで掬い、口に入れる。
◆
食べ終えて、お風呂に入って、自室のベッドに横になる。
電気は点いたままだから、天井を見ると少し眩しい。
だからだろうか。
「……あ」
少しだけ、涙がこぼれた。
放っておいたら、堰を切って流れ出してしまいそう。
だけど。
「……ううん」
頬を伝う涙を拭い、気持ちを改める。
きっと、知ってしまった真菜の方が、辛いはず。
美月さんの言ってたように、混乱しているはず。
「このままじゃ、ダメ……だよね」
早いうちに、じゃない。
準備できたら、気持ちの整理ができたら──そんなんじゃ、ダメなんだ。
最善かなんて考えない。
僕は、『僕』になりたいんだから。
◆◆◆
翌日土曜日、午前9時。
「ごちそうさまでした。食器、置いとくね」
「うん、洗っておくわね。ねえ奏太、今日は天気いいし、どこかにドライブに行かない? 真菜は出かけてるみたいだから、3人で、だけど」
「え、出かけてるって……真菜、体調は大丈夫なの?」
「少し辛そうだったけど、『先輩が誘ってくれたから』って言って出てったわ」
──もしかして、美月さん?
そういうことなら、真菜のことは美月さんに任せて、僕は僕でやれることをしよう。
「ドライブ行きたいけど……お母さんとお父さんに話したいことがあるんだ。ドライブはその後でもいい?」
「話したいこと? ええ、もちろんよ。お父さん呼んでくるわね」
そう言って、庭で草むしりをしているお父さんを呼びに行くお母さん。
僕も廊下まで歩いていき、お母さんが玄関から外に出たのを確認して、気付かれないように深呼吸。──してもまだ、心臓がバクバクしている。
「大丈夫、きっと──大丈夫」
そう呟きながら台所に入り、いつも僕が座る場所に着席。
僕は、『僕』を伝えるんだ。
◆◆◆
午前9時半、自分の部屋にて。
「ごめんね高波さん、根原君。休日の朝から呼び出しちゃって」
「気にしないでみかみん、今日の部活は午後からだし、何も用事はなかったからさ」
「俺も予定はなかったから、大丈夫だよ。……何かあったのかい?」
「実は──」
◆
「そうなのね、つれみーの妹──真菜ちゃんに、ねぇ」
「うん、バレた──って言い方はちょっと違うか、『伝わっちゃった』から、連宮君、結構悩んでて」
「真菜ちゃんは大丈夫なの?」
やっぱり、そこも心配になるよね。
「大丈夫……とは言えないかな、混乱しちゃってたみたい。今は美月さんが誘い出して、一緒にデパートに行ってるそうだから、今日相談したかったのは真菜ちゃんのことじゃなくて──」
「連宮君が親に伝えるかも、ってこと?」
さすが根原君、分かってた。
「連宮君のことだから、すぐに行動すると思うんだ。でも、万が一伝わらなかったら──なんてことを、自分も考えちゃってさ。サポートした方がいいんだろうけど、サポート必要なのかな……って思ったりもして」
「で、俺たちに相談した、ってわけね、なるほど」
連宮君が自分にしてくれたように、自分も連宮君のことを助けたい。
でも、そもそも、サポートが必要なのだろうか。
あんなに頑張っている連宮君のことを手助けしたら、邪魔に思われないだろうか。
「大丈夫だよ、みかみん」
「え?」
高波さんが、自分の傍まで寄ってきて、頭をなでてくれた。
「みかみんは優しいから『邪魔じゃないかな』って思っちゃうんだろうけど……つれみーもきっと、そう思いながらみかみんのことを助けたんじゃないかな」
「そう、なのかな」
「多分ね。だから、みかみんがやりたいように、サポートしたいなら、サポートした方がいいと思うよ。後悔だけはしないようにね」
「……うん、ありがと高波さん!」
『後悔だけはしないように』──確かにそうだね、やっぱり高波さんは凄いな。
立ち上がり、ドアを開けて廊下に出る。
「ちょっと行ってくる、すぐに戻るから」
「はーい、『のんびり』待ってるよ」
「……っ、うん!」
階段を下りて、玄関で靴を履き、外に飛び出す。
会いに行って、サポートできるなら、しなければ。
◆
「伝えたら、さ」
「ん?」
みかみんが家を飛び出して行ってから、数分後。
近況報告のような雑談の後に、思っていたことを呟く。
「つれみーが内面のことを両親に伝えたら、どうなるんだろうね」
「うーん……」
既に私の中に答えはあるから、これはあくまで『確認』なんだけど。
それでも一応、ねはらっちに訊いておきたかったのだ。
「まあ、動きやすくはなるでしょ」
「……過ごしやすく、じゃなくて?」
過ごしやすくなる、ってのが一番大きいと思うんだけど。
それも間違いじゃないけど、と前置きをして、ねはらっちは続ける。
「連宮君にとって、最も大事なことが何か、分かる?」
「そりゃあ、つれみーがつれみーの家で安心して暮らせるように──」
「ちょっと違うんじゃないかな」
……え、違うの?
あくまで俺の意見だけどね、と再び前置きをして。
「連宮君にとって最も大事なことは、身体を心に近づけること──『本当の連宮君になる』ということだと思うんだ」
「──なるほど」
私としたことが、何たる不覚。確かにねはらっちの言う通りだ。
「さっきも言ったけど、高波さんの意見も間違ってはいない。『過程で必要なこと』と『最も大事なこと』みたいな微妙な違いだからね。だから俺たちは、『過程で必要なこと』である『連宮君が安心して暮らせる』場所を守るべきだと思うんだ」
「がっつり介入するつもりなの?」
今回のことに関しては、みかみんやつっきーに任せた方がいいと思うんだけど。
「まさか、そんなことはしないよ。連宮君が自分の力で進めないと、本当の意味で居場所を確保できたとは言えないからね」
いつものように微笑んで、そう話す。
窓の外の青空へと視線を移し、ねはらっちはこう締めた。
「『何があっても友達でいる』──それだけでいいと思うよ」
「結局いつも通りじゃない」
──でも、それが一番かも。
「上手くいくといいね」
「だね。……つれみー、頑張れ」
つれみーたちを思いつつ、そう、呟いた。




