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夢見少年物語  作者: イノタックス
12章 伝える

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60話 初夏の放課後

「……ん」


朝。

この眩しさは、朝。


「んー……」


伸びをする。

冬じゃないから、朝でもほんのり暖かい。


「んぅ」


謎の言葉を発しつつ、薄い掛布団をずらし、上体を起こす。

ベッドのふちに座り、枕元の時計を確認。

時刻は午前6時半、目覚ましが鳴る前に起きたのは久しぶり。


「よいしょ、っと」


立ち上がり、もう一度伸びをする。

カーテンと窓を開けて、部屋に陽の光を取り込みつつ、タンスから着替えを引っ張り出す。


「晴れたなぁ」


梅雨は過ぎ、6月の第二金曜日。

窓の外には、雲一つない青空が広がっていた。



「おはよ、真菜」

「おはよーお兄ちゃん! 今日は早いね」


目が覚めちゃったんだよね、と口にする前に、真菜が続けて口を開く。


「あ、もしかして……彼女と登校デート、とか!?」

「はいはい、そうだね」

「テキトーに対応しないでよ~。むぅ……」


時々こういう冗談を言うから、今回もテキトーにあしらうことにした。

いつもは、ここで真菜が拗ねて、お母さんに軽く注意されて終わり。


でも、今日は違った。


お母さんもお父さんも、朝早くから仕事に出たからだろうか。

今日は、『続いた』。


「ねえお兄ちゃん、彼女作る気ないのー?」

「……ないよ、学校生活に集中したいからさ」

「それ、何年も前から言ってるじゃん、ホントは好きな人とか、いたりして──」

「真菜」


──言ってから、気付く。

かなり強めの口調になってしまっていた。


「早くご飯食べちゃって、片付けちゃおうか。今日はお母さんたちいないし、朝のうちにできることはやっておかないとね」


なるべく優しい声で、さっきのを忘れさせるように言ったのだけど。


「……ごめんなさい」


それだけ言って、ささっとご飯を食べ終え、2階の真菜の部屋へ行ってしまった。


◆◆◆


「そうだったんだ、それで真菜ちゃん、結構落ち込んでたんだね」

「色々気を遣わせちゃってごめんね、美月さん」

「ううん、気にしないで。落ち込んでる後輩のサポートをするのも、先輩の役目! なんてね」


放課後、文学部部室にて、机を囲み座りつつ。

昼休みに会った真菜の様子が変だと思ったらしく、美月さんは真菜に頻繁に声をかけてくれていたらしい。

だけど、落ち込んでいる理由は教えてくれなかったようで、真菜が部活に来る前に僕に直接訊いた……という流れだ。


「真菜ちゃんを叱ったのって、しつこかったから──だけじゃないよね?」

「まあ、その……うん」


やっぱり、三上さんには分かったみたいだ。


「僕が好きになる性別を『女性』に固定されてたのが、嫌だったのかも」


別に、僕の内面が女だから好きになるのは男性──なんてことを言うつもりは全くない。

けれど、今朝は明確に、僕のことを『男』として扱っていたから、つい口調が荒くなってしまったのだろう。


「ねえ、連宮君」

「なに?」

「連宮君は本当の自分のこと、家族には伝えないの? ──自分が伝えた時は、連宮君と高波さんに協力してもらうまで結構大変だったから、一概に『伝えた方がいい』とは言えないけどさ」


でも、と。


「伝えてからは、気持ちがすっごく軽くなったから。だから、連宮君はどうなのかな、って」


そう訊かれたけど、答えはとっくに出ている。

でも、それを行動に移せるかと言われたら。


「まだ、不安なんだ。理解されなくて、嫌われたらどうしよう、って思っちゃって。でも──」



「うぅ……」


文学部部室前。

ここまで来たのはいいけど、このドアを開けたらお兄ちゃんがいる。

お兄ちゃんと会ったらちゃんと謝ろう──と思っていたけど、いざ部室を前にすると、やっぱり怖い。

怒られるくらいならいい。嫌われてたらどうしよう……って、ずっと考えちゃってる。お兄ちゃんのことだから、あたしを嫌いにはならないだろうけど、万が一ってことが──ああもう、泣きそう。


『──────』


部室から、お兄ちゃんと先輩たちの声。

話し終わったタイミングで入ろう。そう心に決めて、耳を澄ます。



その『答え』が正しいのは、とっくに分かっている。


「本当の僕のこと、家族に伝えたい。伝えないままなのは──嫌だ」


伝えないまま終わるのは、嫌だから。

僕は、『僕』を伝えたい。


「……うん、連宮君の思いが聞けて良かった」

「色々準備してから話すつもりだから、時間はかかっちゃうかもしれないけど……」

「結果良ければ、ってやつだよ。連宮君には連宮君なりの伝え方があるはず。焦らない方がいいかもね」

「うん、ありがと、三上さん」


僕は僕のペースで。

一番大事なことを、再確認できた。


「伝えるときに力が必要だったら、協力するよー!」

「美月さん、……ありがと、本当に」

「えへへ、私も連宮君には幸せになってもらいたいからね。いつでも呼んで──ん?」

「──え」


美月さんが反応したのと同時、僕も気付いた。

──部室の外の廊下から、物音がした。


「──っ」


立ち上がり、部室前方──黒板横のドアを震える手で開ける。

そこには、


「真菜……」


真菜が、立ち尽くしていた。



怯えているような、恐れているような。

そんな目で僕を見たのも一瞬。


「あの、お兄ちゃん、その、ごめんなさ、い」


一転し、今度は申し訳なさそうに、とぎれとぎれの言葉で謝る真菜。

真菜が謝る必要はないよ、と口にしようとしたけれど。


「今の、聞いてたの?」


僕の口から出た言葉は、慰めとは程遠くて。

真菜を余計に追い込んでしまう、そう思って訂正しようとしても、言葉が出てこない。

適切な言葉を探している場合じゃないんだ、そう分かっているはずなのに。


「あたし、最低だよね……」

「真菜、落ち着いて。別に怒ってたりとか、してないから。だから──」

「っ、──」

「え、真菜!?」


部室前から、走って逃げてしまった。


「どうしよう、追いかけないと──」

「待って、連宮君!」

「み、美月さん?」


走り出そうとした僕の腕を、美月さんが両手で掴む。

追いかけて話をしないといけないのに。


「連宮君、今、不安?」

「え……あ、当たり前でしょ、僕の内面のことを、真菜が──家族が知っちゃったんだよ、不安だって──」

「真菜ちゃんも連宮君と同じように、不安なはずだよ」

「っ、それは……」


僕の震えていた両手は、いつの間にか美月さんが握ってくれていた。

優しい声で、美月さんは話を続ける。


「真菜ちゃんはきっと、急に入ってきた情報に混乱してるんだと思う。そんな気持ちで連宮君と話しても──ううん、きっとうまく話せないはず」

「……う、ん」

「家でも会えるんだから、今はそっとしておいてあげよう、ね?」

「……うん、わかった」


手の震えは、なくなった。

少し冷静になったからだろうか、同時に、かなり動揺していたことにも気づけた。


「ごめん、美月さん」

「気にしないで。さ、部室に戻ろう? 『連宮君はまだかなー』って、三上さんが待ってるよ」

「うん。……ありがと」


うまく笑えないまま、部室へと戻った。



その日は結局、真菜は部室に戻ってこなかった。

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