6話 部活選び
引き続き、火曜日──の、昼休み。
お弁当を食べ終わった僕は、高波さんに誘われて、三上さんと一緒に軽音楽部を見学しに来た。
──来た、のだけど。
「うわぁ……なんか、凄そうだな」
「そうだね……三上さん、先に入ったら?」
タメ口なのは──まあ、あまり気にしなくて大丈夫。
高波さんに『みかみんとつれみーは友達なんだから、敬語じゃなくてタメ口じゃなくちゃ!』と強く言われたからだ。
「いやいや、連宮君が先に、どうぞ」
「いやいやいや、僕は後でいいよ」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
お互いに、本気で譲り合う。
仕方ないだろう。だってここは、部室棟──部室が十数個もあって、上級生がたくさんいるところなのだから。
しかも、校庭にある運動部の部室棟と違って、文化部の部室棟は校舎裏の少し薄暗いところにある。もう、とにかく不気味なのだ。
「……何やってるんですか、あなたたち?」
「ふぉ!?」
軽音楽部の部室に入るかどうか、散々迷った末の譲り合いをしていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには女子生徒が立っていた。
「あれ、校章が黄色──ってことは、あなたたち1年生?」
「は、はい、そうです」
目の前の女子生徒が襟に付けている校章の色は、緑色。
ということは、確か……2年生だ。
「もしかして、見学しに来たの?」
「はい、仮入部した友達に誘われまして」
三上さん、先輩を前にしても全然緊張していない。
僕は、カチコチに緊張してしまっているのに。
「仮入部……? ってああ、高波ちゃんのことか! すっかり溶け込んでたから忘れてたよ!」
「そ、そんなに上手なんですか、高波さんって」
溶け込むほど、って。
「2年には少しだけ及ばないけど、かなり上手だよ。──っと、話してる場合じゃなかった。スコアを取りに来たんだった」
そう言って、鍵を使って部室を開けて、先輩は中に入った。
「あの、軽音楽部ってどこで練習しているんですか?」
三上さんが先輩に訊く。
高波さんからは『見学しに来て!』としか言われていないのだ。
「普段は音楽室を使わせてもらってるよ。今日もそこでやってるから──っと、あったあった。見学に来てみる?」
「はい!」
楽譜を手にして、部室の鍵を閉めた先輩の後をついて行く。
◆
「音が聞こえてきましたね。僕たちなんで気付かなかったんだろう……」
「音楽室は結構奥にあるからね、気付かなくても無理はないかも。ってか、あたしも最初は気付かなかったし」
エレキギターと、ドラムと、低い音は……エレキベースかな、それらの音が聞こえてきた。
扉をノックしてから、先輩が音楽室に入る。
「失礼しまーす、部長、見学の子を連れてきましたよ」
続いて三上さん、最後に僕も入る。
「失礼します。あ、高波さん」
「失礼します……」
本当だ、高波さんがドラムセットを叩いていた。
高波さんは僕らに気付くと、叩くのをやめ、僕らのところまでケーブルを避けて歩いてきた。
「みかみん、つれみー、来てくれたんだね!」
「誘われたし、一応、ね。結構叩けるんだね」
「あ、やっぱりさっきのは高波さんが叩いてたんだ……」
すごいなぁ、高波さん。
「来てもらって悪いんだけど……今日は早めに終わるんだって。だから、教室で待っててくれる?」
「うん、分かったよ」
そう言って、高波さんはドラムセットへと戻っていった。
「ってことだし、帰ろうか、連宮君」
「うん、そうだね」
……この昼休み、何もしていない気がする。
まあ、高波さんの演奏を聞けたんだから、いいことにしよう。
◆◆◆
「お待たせ、2人とも!」
「おかえり、高波さん」
僕の机の傍で三上さんと話していると、高波さんが帰ってきた。
「少ししか見れなかったと思うけど、どう? 軽音楽部、入る気になったりした?」
「悩み中。楽器が必要だからな……」
「高波さん、楽器っていくらくらいなの?」
「うーむ」
唸り、少し考えた後に、高波さんは自分の鞄からドラムスティックを取り出す。
「私みたいに、ドラムをやる、って感じならこういうスティックだけで大丈夫だから、3千円くらいで済むと思うけど……」
「ドラムを買ったりはしないの?」
「連宮君、いい質問だ!」
ドラムスティックを鞄に戻し、親指と人差し指を立てた右手で僕を指し、続ける。
「本当は、ドラムも欲しいんだけどね。生のドラムは高いし、何より──普通の家で叩いたら、近所迷惑になっちゃうからね」
「なるほど……自分の家もそうだけど、普通の家には防音室はないからなぁ」
確かに、初めて生で聞いたけど、防音室が必要な音量だった。
「電子ドラム、っていうやつもあるんだけど、私は生のドラムの方が好きなんだよね。電子ドラムも、ちゃんとしたやつは10万円くらいかかっちゃうし」
「そ、そんなにかかるの!?」
二桁までいくとは思っていなかった。
『物によるけどねー』と、高波さんは説明を続ける。
「ギターなら、アコギもエレキも何万円かで手に入るから、お勧めだよ。ベースはギターより少し高くなっちゃうけど、ギターほど難しくはないって聞くから、そっちもいいかも。私はどっちも苦手だけどね!」
「やっぱり、何万円かかかっちゃうか……」
「三上さん、どうかしたの?」
値段を聞いてから、三上さんは難しい顔をしていた。
「連宮君は昨日知ったでしょ? 自分はあまり父さんと母さんと親密じゃないから、その値段の買い物はやっぱりきついと思って。連宮君は、どう?」
「僕も、両親とそこまで親密なわけじゃないから、厳しいかな。ごめんね、高波さん」
せっかく誘ってくれたのに、と伝えると、高波さんは慌てて返した。
「ううん、気にしないで! 2人とも、それぞれのことで大変だろうし、無理はしなくていいからね!」
「うん、ありがとう」
「ありがとね、高波さん」
高波さん、いい人だな。
「盛り上がってるね、連宮君」
「あ、根原君」
図書室に行っていた根原君が、僕の隣の席に戻ってきた。
「何を話してたの?」
「軽音楽部のこと──というか、楽器のことについて話してたんだよ」
「軽音楽部! それがあったか!」
根原君、一人で納得している。
「どうかしたの?」
「いやぁ、どの部活に入るか、すごく迷ってたんだよ。言われて気付いたけど、そう言えばこの学校には軽音楽部があったね!」
「この規模の学校なら、基本的にある部活だと思うけど……」
「確かに!」
──根原君、すごくテンションが上がっている。
「根原君、って言うんだね。私は高波佳奈美、よろしくね!」
「よろしく、高波さん」
──お互い、敬語じゃなくてタメ口だ。
そのコミュ力が羨ましい。
「こっちはみかみん!こっちもよろしくね!」
「その紹介じゃ、ほとんど分からないと思うよ……。自分は三上愛香と言います、よろしくお願いします、根原君」
「よろしくね、三上さん。ああ、俺にもタメ口で大丈夫だよ」
「そうですか? ……分かりま──じゃなかった、分かったよ、根原君」
三上さん、新しい友達ができたからか、とても嬉しそう。
「……三上さんって、連宮君と似ているね」
「そう? ……って、え!?」
普通の反応の後に、とても驚いている三上さん。僕も驚いているところだ。
だって、『僕と似ている』って──僕と三上さんの秘密が似ていることを、察したみたいじゃないか。
「ね、ねえ、根原君、軽音楽部に興味があるみたいだけど、何か楽器やってるの?」
高波さんが、話を逸らしてくれた。助かった……。
「うん、ギターをやってるよ」
「どれくらい? まだ始めたばっかり?」
「えっと……まだ3年くらいかな」
「そ、そんなにやってるんだ……」
全然想像していなかったから、思わず声が出てしまった。
……本当、人は見かけによらないなぁ。