58話 真菜という存在の
卒業式から1か月が経過し、季節は本格的に春に変わる。
4月に入り、今日で三日が経った。そんな日の夜。
「……うん、いい感じ」
晩御飯を食べ終え、お風呂も入った僕は、『殻』──プリーツスカートを履き、くるくる回っていた。
紺色の、少し長め(膝下くらい)のプリーツスカート。
「似合ってる、かな」
窓ガラスに映る僕の姿を見て、そう呟く。部屋には当然、僕一人だけ。少しくらいうぬぼれてもいいよね。
このスカートは、お店で買ったものじゃない。いくら女の子の服装をしたって、どこか男に見えてしまうのだ。
だから、いつものように自分で作った。大きな布を買ってきて、裁断したり縫ったりなんやかんやして、作ったのだ。
小さい頃からやってるから、裁縫のスキルだけは普通の人より上だと思っている。
「お兄ちゃん、いるー?」
次はどんな服を作ろうか、なんて考えていると、ノックと共にそんな声が廊下から。
真菜だ。──大急ぎで着替えなければ。
「真菜? 着替えてるからちょっと待ってくれる?」
「はーい」
言いながらスカートを脱ぎ、ささっと畳んで学習机の引き出しへしまう。
代わりにジャージのズボンを履いて『もう大丈夫だよ』と再び伝える。
「入るねー。……?」
「どうかした?」
部屋に入ってきた真菜、何故か窓ガラスをじぃっと見ている。
さっきスカートを履いた自分の姿を映していたから、カーテンが開いたままになってるけど、それ以外は特に変な点はないと思う。思うけど……真菜、何か言いたそう。
「真菜?」
「……着替えるときは、窓閉めたら? 2階だし、見られるってことはないと思うけど、マナーの問題だよ?」
「は、はい……」
急いでたから、すっかり抜けていた。
そうだよね、着替えてたはずなのにカーテンが閉まってないのは、不審に思われても仕方ないよね。
「まあいいや。お兄ちゃんに訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいけど、何を?」
「文学部のこと。入るために必要なものってあるのかな、って」
入るために必要なもの……? 何かあったっけ。
……一応、あるにはある、かな。
「原稿用紙くらいだと思うよ、特別用意しなきゃいけないのは」
「そうなの? ペンとかは?」
「シャーペンでもボールペンでも。学校で使ってるもので問題ないよ」
パソコンで書くにしても、全員分のパソコンがあるわけじゃない。
文学部の場合は、原稿用紙に書いたのをパソコンで清書する……という流れだし、結局必要なものなのだ。
「分かった、ありがと。駅前の本屋なら文房具売り場あったし、行ってみるね」
「今から?」
「うん! もうすぐ入学式で忙しくなるし、今のうちに買ってくる!」
弾む声で答える真菜。高校がよほど楽しみなのだろう。
「それじゃ、行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃい」
真菜が部屋を出て2秒ほどで、階段を駆け下りる音が聞こえた。
本当に元気だなぁ、なんて思いつつ。
「……はぁ」
それとは別件で、ため息を吐いた。
◆
まさかあの真菜が! あの成績の良い真菜が受験であんなことに!
……なんてことは一切なく、受験は普通に合格し、真菜は僕と同じ高校に通うこととなった。
だからさっきも、文学部に入ること前提の話をしていたのだ。
嫌ではない。嫌ではないのだけど、厄介なことになったな……とは思っている。
というのも、
「三上さんと美月さんの内面、いつか知られちゃうよね……」
という理由があるからである。
僕の内面について知られるだけなら、まだいい。家族には、いつか言いたいと思っているから。
でもその過程で、三上さんと美月さんの内面まで知られてしまうのは、さすがにマズい。
二人は僕の友達だけど、だからと言って僕の家族の問題に巻き込んでしまうのは、色々と違うだろう。
それに何より。
「真菜、受け入れられるかな……」
僕らの内面を、真菜が受け入れられるのか。
真菜から──というか僕の家族から、僕らのような人たちのことを差別する発言を聞いた、みたいなことはない。
でも実際、その時──僕の内面を知った時にならないと、どんな反応をするのか分からない。
万が一ってこともある。だから、二人を巻き込むわけにはいかないのだ。
「……もうすぐ入学式かぁ」
あと少し、あと数日で、真菜は高校生になる。
真菜と話す機会も多くなる。
『バレないように、気をつけなくちゃ』
『いつか、内面を話さないと』
──その二つの言葉が、僕の脳内を駆け巡る。
今から考えても無駄だということは分かっている。
だけど、考えずにはいられないのだ。
不安で、仕方ないのだ。




