57話 安喰、卒業
3月初日。
少し暖かくなったおかげで、窓から見える校庭の桜は、ほんの少しだけ花を咲かせていた。
桜も先輩たちを祝ってくれてるのかな、なんて想像しながら、クラスメートと体育館へ。
「大丈夫か?」
「え、何が?」
「何がってお前……」
何のことか分かっていない僕に驚いている優斗君。……いや本当に何のこと?
「……いや、分かんねぇんならいいんだけどさ」
「……?」
それだけ言って、体育館に置かれた自分の椅子に座る優斗君。
結局何のことか分からなかったけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
あと少しで、3年生が入場する。今日この学校を卒業する、安喰先輩たちが来るのだ。
ちゃんと、笑って送り出そう。
◆◆◆
卒業式終了後、卒業生を見送るため、校庭に出る。
「……ぐすっ」
「やっぱり今年も泣いたな、お前」
生徒用玄関を出たあたりで、優斗君に呆れられた。だって仕方ないじゃん、大事な先輩が卒業しちゃうんだもん。
泣かないでいようと頑張ったけど、卒業生退場のところで泣いてしまった。隣に座る優斗君以外の人にはバレてなかったみたいだし、別にいいよね。
……あれ?
「やっぱり、ってどういうこと?」
「……マジで気づいてなかったのか」
さっきの呆れに驚きを足したリアクション。
──もしかして。
「卒業式の前に言ってた『大丈夫か』って、僕が泣いちゃうかもって思って言ってくれたの?」
「……そんなところ」
そう言って、さっさと元サッカー部の先輩の元へ走り去る優斗君。
やっぱりいい人だなぁ、なんて思っていると、後ろから肩をポン、と叩かれた。
振り向くと、そこにいたのは三上さん。
「安喰先輩が出てきたよ、お祝いしに行こう?」
「うん! よーし、思いっきりお祝いしよー!」
二人で駆け出し、卒業生と在校生が泣いたり笑い合ったりしている校庭へ。
途中で美月さんと合流して、安喰先輩の元へ到着。
「安喰先輩!」
「ど、どうしたの?」
三上さんの、普段は出さないような声量に驚く安喰先輩。
小声での『せーのっ』という文学部部長の合図で、三人で一斉に。
『ご卒業、おめでとうございます!』
◆
「──ありがとう、みんな」
穏やかに、そう返す安喰先輩。少しだけ、声が震えていた。
……というか少し泣いてる。
「安喰先輩……」
「ああ……俺は幸せ者だな!」
「へ?」
雲ひとつない青空へと、誰に向けたものでもない言葉を発する安喰先輩。
「こんないい後輩たちに卒業を祝ってもらえるなんて、二年前には全然想像してなくてさ。でも、文学部に連宮君と三上さんが来てくれて、去年は美月さんも入ってくれた。……ありがとう、最っ高に嬉しいよ」
今まで見てきた中で一番の笑顔で、そう言ってくれた。
……そうだ、聞いておかなければいけないことがあるのだ。
「安喰先輩、この後お時間ありますか?」
「友達と話したりするから、1時間後くらいなら大丈夫だよ」
1時間後──丁度いい。
あの人も、そのくらいの時間に駅に着く予定だ。
「では安喰先輩、1時間後くらいに駅前のファミレスに来ていただけますか?」
「いいよー。それじゃ、また後で」
「はい!」
言って、友達数人の元へ行く安喰先輩。
僕らは先に、駅にあの人を迎えに行こう。
◆◆◆
およそ1時間後。
安喰先輩より先に駅前のファミレスに入り、『四人』で席に着く。
さらに十分後。
「──え」
ファミレスに入り、僕らのいるテーブルに来た安喰先輩、すっごく驚いている。
作戦通り。サプライズ、大成功!
「ちゃんと会えるのは久しぶりよね、安喰君」
「は──橋崎先輩!?」
目を見開き、超が付くほど驚く安喰先輩。
それもそうだろう、だって──。
「……いやいやいや! 先輩、昨日電話したときも言ってたじゃないですか、『大学の用事があるから行けない』って」
「サプライズだからね、言ってしまっては意味がないじゃないの」
「ま、まさか三上さんたちも……?」
「はい!」
食い気味に答える三上さんを何とも表現しがたい表情で見つめ、3秒ほど。
「じゃ、本題に入らせてもらうわね」
「本題って……、──は、はい!」
『本題』が何かを理解し、手をまっすぐ伸ばし、ビシッと立つ安喰先輩。
つられるように、橋崎先輩も椅子を後ろに下げ、立ち上がる。
「安喰君」
「はい」
「卒業おめでとう。──頑張ったわね」
「……っ!」
口を開けど、言葉は出てこない様子。
『頑張ったわね』という言葉に、二人にしか分からない何かが込められていたのだろう。
「──ありがとう、ございます」
それだけ言い、頭を下げる安喰先輩。
しかしそれだけの言葉でも満足したようで、橋崎先輩は椅子に座り、隣の椅子に座るように安喰先輩に促した。
小さく礼をして、橋崎先輩の隣に座る安喰先輩。
言葉は未だ、出てこない。その代わり、嬉しさや誇らしさを──その両目が物語っていた。
◆◆◆
卒業を祝う会は二時間ほどで終わり、午後3時。分かれ道で美月さんと分かれ、僕は三上さんと一緒に帰っていた。
いつもは三上さんも同じ分かれ道で分かれるのだけど、今日は高波さんの家へ行くらしいのだ。
ちなみに、橋崎先輩は安喰先輩の家へ行った。『彼氏の親にご挨拶に行くんですね!』と美月さんが興奮していたのがやけに面白かった。
「橋崎先輩って、やっぱすごいね」
「美月さんのこと?」
「そう」
「……確かに」
三上さんの言葉に頷く。
美月さんのこと──ファミレスに行く前のこと。
駅前で橋崎先輩と合流したときに、美月さんを見るなり『やはり文学部には、面白い人間が入るんだねぇ』と言ったのだ。
美月さんは言葉の意味を理解できていなかったようだけど、僕と三上さんにはすぐに分かった。
──橋崎先輩、美月さんを一目見ただけで、その内面を理解していたのだ。
「僕らのことも作った俳句を見ただけで分かったらしいし、本当にすごいよね」
「だね。……懐かしいね、それ。橋崎先輩が卒業してから、もう1年も経ったんだね」
時間が経つのは早いね、なんて呟く三上さん。
僕も常々感じている。1年前に橋崎先輩が卒業して、今日安喰先輩も卒業して。
「あと一年だけなんだね、高校生活」
「連宮君、何かやり残してることでもあるの?」
「……よく分かったね」
「焦ってるような悔やんでるような、そんな感じの声だったからね」
……三上さんも何気に、観察眼があるよね。
まあいいや。──焦り、悔い、かぁ。
「まだ、家族に自分の内面のこと、話せてないからさ」
「ああ……」
どんな反応をしたらいいのか、困っている三上さん。傷つけないように、慎重に言葉を選んでいる様子。
「──カミングアウトする時には、協力するよ。まあ、急いでもいいことはないし、焦らずに、さ」
「うん。いつか言える時が来たら、ちゃんと言うよ」
「ああ、応援してるからね。それじゃ、自分はこっちだから。また明日」
「また明日。ありがとね、三上さん」
僕に手を振り、高波家へ走って向かう三上さん。
『いつか言える時が来たら』なんて言ったけれど。
──高校卒業までには、言いたいなぁ。




