56話 2月の文学部
「お待たせー……っと」
「三上さん! ……随分かかったね」
2月最初の月曜日、文学部部室にて。
三上さんが文学部顧問の教頭先生に呼ばれていたため、僕と美月さんで2台のパソコンをそれぞれ使い、執筆をしていたのだけど。
なんか、随分遅かったような。
「呼ばれたのって、何かあったの?」
「文学部の今後の話。まあ、一概に悪いニュース……とは言えないんだけど、良いニュースとも言えないね」
そう言って、三上さんは説明してくれた。
◆
「ありゃ……」
「まあ、そうだよね。この部には僕たち3人しかいないんだし」
美月さんと二人して、頭を抱える。
文学部が文学部ではなくなる──と言うとややこしいか。早い話、来年度に新入生が3人文学部に入らなかった場合、『部活』ではなく『同好会』になる、ということだった。
名前が変わるだけならまだ良いのだけど、部室にパソコンを常備できなくなったり、文化祭で使える予算がガクッと減ってしまうらしい。文化祭では文芸誌を作るために紙をかなり使うから、割と大変な問題なのだ。
「まあ、最低3人が入部してくれれば気にしなくてもいいんだけどね」
「でも、入部してくれなかったら……」
「その時のことも相談してきたよ」
そう言って、更に続ける三上さん。
「そうなった場合でも、文化祭までは部のままでいさせてくれるってさ。……ま、今色々考えても仕方ないし、この話は一旦おしまい! ってことで。さて、自分も書かないと」
そう言って椅子に座り、原稿用紙にボールペンを走らせる三上さん。
言葉とは裏腹に、どこか焦っているような。そんな気がした。
◆◆◆
しばらく机に向かっていた三上さんが、顔を上げて口を開いた。
「ねえ、連宮君」
「なに?」
「妹の真菜ちゃん……だっけ、もう進路は決まったの?」
「あー……」
一応、決まりそうではある。まだ確定ではないんだけど。
「滑り止めで受けた私立は受かったけど、まだ公立が残ってるからなんとも言えない……けど、公立に受かるくらいの学力はあるみたいだから、多分公立に行くと思う」
「公立って、どこを受けたの?」
「……この学校」
「へぇ……!」
僕の言葉のどこかに反応し、三上さんは目を大きく開け、驚いていた。
「連宮君と同じ高校を受けるなんて、愛されてるんだね、連宮君」
「うーん……まあ、そうなんだろうけど」
「あれ、何か不満なの?」
一応、前から感じている不満な点がある。
「三上さんたちには言ってなかったけど、真菜って『お兄ちゃんっ子』でね。もし僕の内面を知ってしまったら……と考えると、ね」
「なるほどね。まあ、学校の中でずっと一緒にいるわけじゃないから、そうバレないんじゃないの?」
「いや、それが……どうも文学部に入りたいみたいで」
「……あれまあ」
今度は苦笑いする三上さん。その反応も仕方ないと思う。
──と、僕の向かいでパソコンで執筆していた美月さんが、口を開いた。
「大丈夫だよ、知られたくなかったら私たちがフォローするし。その時が来ないとなんとも言えないけど……まあ、なるようになるよ!」
「……うん、そうだね!」
謎の説得力に影響されて、元気がでてきた。
「おっと、そろそろ時間だね。片付けて帰ろっか」
「うん、三上さん」
ファイルを保存して、パソコンの電源を落とす。
◆◆◆
帰り道。
「あと少しで卒業式だねー」
「だね、安喰先輩も卒業かぁ」
美月さんの言葉にそう返し、白い息を吐く。
「ねえ二人とも、ちょっと先の話だけど、卒業式の後って時間ある?」
「あるよ。……安喰先輩の卒業を祝う会でもする?」
「そう思ってたところ。部長として──文学部部員として、何か恩返しがしたくてさ」
なるほど、そういうことなら大賛成だ。
美月さんも賛成らしく、テンションが上がっていた。
「三人でお金を出し合って、盛大に祝おうよ! 私盛り上げるよー!」
「そうだね。連宮君と美月さんと自分で、感謝の気持ちを伝えようね」
「うん! 僕も色々してもらったからね」
小説に関するアレコレを教えてもらった恩があるし、何より──僕の、僕たちの内面を受け入れてくれたんだ。
感謝してもしきれない。だから、祝うのだ。
「色々計画しないとね。……それじゃ、自分はこっちだから。また明日、ね」
「私はこっち、またあしたー!」
「うん、また明日!」
分かれ道で、それぞれの家の方角へと進む。
「……安喰先輩、喜んでくれるかな」
そう呟き、僕も家へと急いだ。
冬はそろそろ終わり、別れの春へと向かう。
精一杯の感謝の気持ちを、安喰先輩に伝えよう。
◆◆◆
あれよあれよと日々は過ぎ。
ついに、卒業式の日がやってきた。




