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夢見少年物語  作者: イノタックス
9章 高校2年の夏休み

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50話 夏の終わりの爽やかな

最初はとてつもなく長いものに感じ、途中でそうでもないと気付き、終盤にはあっという間だったと振り返る──さて、一体なんでしょう?

答えはいくつもあるだろうけど、今回の正解は……俺が現在進行形で過ごしている長期休暇、学生の憩いのひと月ちょい、そう──夏休み。

その終盤。さっきも言った通り、絶賛振り返り中だ。


「結構遊んだな……」


午前11時、郊外のショッピングセンターの3階、通路に設置されているベンチに座って小さく呟く。

文学部が休みの日に連宮君を誘い、俺の家で勉強会(宿題オンリー)を開いたり、連宮君と三上さん、高波さん……みんなの予定が合う日に街中へ出かけたり。駅前をぶらぶらするだけでも、かなり楽しい。


「今年は、それだけじゃなかったもんな」


いつものメンバーで遊ぶだけじゃない。今年は月夜野さんが加わって、より賑やかになった。

高波さんの家で勉強会(もちろん宿題オンリー)を開いた時の月夜野さんの笑顔は、今でもすぐに思い出せるほど明るく、嬉しそうだった。クラスで少し話したことがあるだけの、俺や高波さんと会うのは少し怖かったと言っていたけど、『来てよかった』とも言ってくれた。こちらも嬉しい限りだ。

──あの時だったか、月夜野さんから直接『生まれた時は半陰陽で、今でも性自認がかなり揺れる』と聞いたのは。『連宮君が信頼している人』だから俺と高波さんに秘密を話すことにしたらしいが、その決断は中々できるものではないと思う。俺みたいに、自分のことをペラペラ喋るような人じゃないからな、月夜野さんは。


「……半陰陽、か」


聞いた直後は『半陰陽』というものを知らなかったから、簡単に説明してもらったが……そういう人が世の中にいることを、恥ずかしながら、俺は知らなかった。性別で悩んでいる人は、連宮君や三上さんのような『性別違和』──少し昔の言葉では『性同一性障害』──を抱える人だけだと、勝手に思い込んでいたのだ。世の中、知らないことだらけだ。

だがまあ、その時に知ることができ、自分でも色々調べて、ある程度の知識はついてきた。連宮君たちを手助けできるよう、もっと知識をつけなければ。

このことについては、身の程なんて考えない。連宮君や三上さん、月夜野さんの助けになるのなら、いくらでも行動するつもりだ。


──と、なぜか決意を固めている俺の目の前の楽器屋に、見覚えのある人物が入っていった。


「あれ、もしかして……」


立ち上がり、両足の間に挟んで床に置いておいた薄緑色のリュックを持ち上げ、背負い、さっき買い物をしたばかりの楽器屋に再び入店する。



ドラムスティックの並べられた棚を見つめるその人の、真剣な眼差しに少し驚きながら、後ろから声をかける。


「こんにちは、高波さん」

「ん? おお、ねはらっち! 偶然だねー!」


振り向いてする挨拶は、相変わらずとても元気。今度、その秘訣について詳しく教えてもらおうかな。

とりあえず、今はそのことは置いておく。


「だねー。通路のベンチに座ってたら、高波さんが楽器屋に入っていくのが見えたから、つい話しかけちゃったよ。邪魔じゃなかった?」

「邪魔なわけないよー、友達と会えるなんて、嬉しいよ! ねはらっちも買い物?」

「うん、さっき買ったところ。いつも通り、ピックを何枚か、ね」

「……ピックだけ買いに来たの?」


どこか不思議な様子。まあ、理由は分かるけど。

多分『ピックを買うだけなら、駅前の楽器屋で事足りるのでは』みたいなことを考えているのだろう。


「今回は、楽器屋は『ついで』だよ。一番の目的は、この後の昼食のこと。1階のイタリア料理店のパスタがおいしいらしくてね、それを食べに──」

「え、あそこに行くの!?」


なぜか驚かれた。もしや高波さんも、この前の地域広報誌を見たのだろうか。

『今月のおすすめ料理店』として、このショッピングセンター内のレストラン街にあるイタリア料理店が載っていたのだ。それを見ていたのなら──。


「あそこのパスタ、すっごくおいしいんだよ! 行ったことがあるの!」

「ああ、そういうこと」

「……?」

「いや、こっちの話。そうだ、この後予定ある? なければ、一緒に昼食にしない?」


──言いきって思ったのだが、さすがに唐突だっただろうか。無意識とはいえ、話の持っていき方が強引だっただろうか。

何より、迷惑ではないだろうか。友達とはいえ、異性に食事に誘われるのは、さすがの高波さんでも……。


「おおー、いいねぇ。友達と一緒にお昼ご飯だ!」


──即答。

『友達と一緒に』と嬉しそうに話すのは、高波さんらしいと言えばそれまでなのだけど、さすがに理由が気になった。

だから『いつも通り』正直に訊く。


「……なんでそこまで、俺を信頼しきった返答ができるの? もしかしたら、昼食に誘ったのは高波さんを口説くため、かもしれないのに」

「むー。ねはらっちのことだから無意識なんだろうけど、少し意地悪な質問だよ?」

「あ……ごめん」


これまた『いつも通り』言いきってから後悔、そして反省のコンボ。


「ま、気にしてないからいいけどね。……なんで、かぁ。ねはらっちがそういう人だって分かってるから、かなぁ」

「そういう人って?」

「口説くならもっと不器用に、唐突に、正直に来る──そんな人。ねはらっちは、そんな人。違う?」

「……いや、合ってる」


言って、二人してくすっと笑い合う。

俺が高波さんを(恋愛の意味では)好いていないこと、しっかり分かっているようだ。


「じゃ、スティック買ってきちゃうね。ちょっと待っててねー」

「了解ー」


2本1セットのドラムスティックを手に取り、レジへと向かう高波さん。

その背中を見て、さっきの言葉を思い出す。


『ねはらっちは、そんな人』


きっと──いや、絶対に、俺はこの人には敵わないんだろうな、と思った。


◆◆◆


10分後、レストラン街、イタリア料理店にて。

一番混む時間ではないためか、行ってすぐにテーブルに着くことができ、注文したパスタも10分ほどで運ばれてきた。

俺はペスカトーレを、高波さんはボンゴレロッソにした。

確かに、これはおいしい。イカやエビに絡まるトマトソースの爽やかな風味は、他では味わったことのないものだった。うん、これは正解だ。


「ねえ、ねはらっち」

「ん、なに?」


『夏休みが終わっちゃうね』なんて他愛もない話をしつつ食べ進めて、ほぼ同時に完食。

注文しておいたバナナジュースを飲み干したタイミングで、高波さんは何やらまじめな顔で、俺に質問を投げかけた。


「ねはらっちって、なんで嘘を見抜けるの?」


おかわり自由だから、という理由で注文したコーヒー(砂糖とミルク多め)を飲みながら、突拍子もないことを訊く高波さん。

──答えるべきなのだろうか。


「大して面白い話じゃないと思うよ?」

「それでも聞きたい。気になったから。話したくないことだったら、無理に教えてくれなくてもいいんだけど……」

「いや、そういうわけじゃないよ。そんなに隠したい話でもないし」


5秒ほど脳内で話をまとめてから、話し始める。

5秒でまとまってしまうほどの、ひどく簡単な話を。


「両親の吐く嘘を聞きすぎたから、かな」



「……ごめん、訊いちゃダメな話だったね」

「いやいや、高波さんが考えているような、暗い話じゃないから」


誤解しているようだったので、すぐさま訂正し、話に戻る。


「嘘といっても、悪い嘘じゃなくて、良い嘘だから」


嘘は二種類ある。

一つは『自分自身を守る嘘』。怒られたくないから、嫌われたくないから──といった理由で吐く嘘。

もう一つは、『他人を守る嘘』。誰かを守るために、幸せにするために吐く嘘。

俺が両親から吐かれたのは、後者だ。


「俺の身体が他人より弱いのは知ってるでしょ?」

「うん、病院にお見舞い行ったし」

「そうだったね。で、その『身体が弱い』ってのは生まれつきでね。小さい頃から何度も入院した記憶があるんだ。で、小学校低学年の頃だったかな。長期間──1か月くらい入院したときに、両親が気を利かせて、個室にしてくれたんだ」


ずっと他人と一緒の部屋だと、色々疲れるだろうから、という理由で。


「去年の時みたいな?」

「そう、あんな感じの病室。実際楽だったし、ありがたかったんだけど、子供ながらに『お金は大丈夫なのかな』って思ったんだよね。一応、大部屋より個室の方が高い、ってのは聞いたことがあったし」


7、8歳くらいでも、気になるものは気になる。

自分の身体のせいなのだから、尚更だ。


「俺の性格と『子供の無邪気さ』とでもいうのかな、その二つが合わさっちゃって、俺はすぐに親に訊いたんだ。『お金は大丈夫なの?』って」


あの時の、両親が一瞬見せた動揺の素振りは、未だに憶えている。

直後には普通の態度で『大丈夫だよ』なんて答えていたから、『大人ってすごいなぁ』と呑気に思ったことも、しっかりと。


「その時の両親の表情を見て『ああ、嘘を吐かれていたんだな』って思ってね。同時に『こうやって嘘を隠すんだな』ってのも感じた。その時から人一倍、嘘に敏感になったんだよ。──些細な、本当に大したことのない話、おしまいおしまい」


一方的ともいえる勢いで、昔話を終わりにする。

自分の過去を隠したがるような性格ではないし、暗い過去なわけでもないのだが、言いふらすのはなんか違う気がするから、これでおしまい。


「なるほど……そんな経緯だったのね。ありがとね、教えてくれて」

「どういたしまして。──さて、そろそろ出ようか。あと10分くらいでバスが来ちゃうからさ」


スマホの時計は、正午を20分ほど過ぎた時刻を指していた。


「あれ、もうこんな時間なんだ。私もバスだから、一緒に帰ってもいい?」

「もちろん」


友達と一緒なら、帰るのも楽しいだろう。


◆◆◆


「……あ、そういえば」

「ん?」


バスに乗り、ショッピングセンターを後にして数分後。

何かを思い出したのか、窓の外を見ながら高波さんが呟いた。


「去年の夏休みに、ここでつれみーと会ったことがあるの」

「へぇ、偶然?」

「うん。あの時は確か……夏休み初日だったなぁ」


──よく憶えているなぁ。


「今日とは違って、私は両親と来てたんだけどね。で、今日と同じお店でご飯を食べて、つれみーも一緒にお父さんの車で帰ったの」

「本当に、よく憶えているね。1年も前のことなのに」

「当り前じゃない。友達のことなんだから」


高波さんらしい、即答。


「『出かけた先で偶然、友達と会えた』──こんなに嬉しいことなんて、ないんだもん!」

「なるほど、それは確かに嬉しいね」

「今日だって、今だって、嬉しい瞬間だよ♪」


──本当に、『高波さん』だなぁ。


「それならよかった」

「照れたりしないんだねー?」


意地悪気に訊かれたので、こちらもそうやって返そう。


「俺がそういう奴だって、知ってるでしょ?」

「うん、知ってる。……ふふっ♪」


言い合って、笑い合う。


うん、俺たちはきっと、『そういう仲』にはならない。

でも、ああ、なんて──心地良い。


窓から入ってきた、夏の終わりの爽やかな風を感じながら、そう思った。

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