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夢見少年物語  作者: イノタックス
1章 春の出会い
5/81

5話 三上家

公園から歩くこと、5分。

僕らは、三上家(一軒家)の玄関の前に着いていた。


「──よし」


覚悟が決まったらしく、三上さんは玄関を開け、中に入る。


「おお、お帰り愛香」

「た、ただいま、父さん」


玄関入ってすぐの廊下に、三上さんのお父さんがいた。


「おや、高波さんと──そっちの彼も、友達かい?」

「え? う、うん……」


三上さん、少し戸惑っている。

それもそうか、だって、三上さんの両親は昨日──三上さんを怒ったのだから。

なのに、怒ったはずの三上さんのお父さんは、それを憶えていないかのように、至って普通の反応で三上さんを出迎えた。

──どういうこと?


「愛香、母さんが居間で待っているから、先に行ってなさい。高波さんとそっちの彼は、少し客間で待っていてくれるかい?」

「分かりましたー」


──え?

高波さん、『分かりました』なんて返事をしたけど……僕らは、三上さんを手助けするためにここに来たはずなんだけど。


『高波さん?』


小声で、高波さんに訊いてみる。


『大丈夫、居間は客間の隣にあるの。話し声は聞けるわ』


──ああ、なるほど。


「それじゃみかみん、私たちは待ってるねー」

「うん、ちょっと待っててね」


三上さんも、そのことは分かっているらしい。


◆◆◆


洋風の客間で、三上さんとその両親の話を聞き始めて、5分ほど。

その5分間の会話は、大体三上さんから聞いていたようなことばかり。

『お前は普通に育てたはずだ』とか『お前は男じゃない』とか……まるで、三上さんが侮辱されているようだ。

そう思い、扉一枚隔てた居間へと乗り込もうと身体を動かしたのだけど。


「みかみんが何も言えなくなるまで、私たちはここで待機していたほうがいいわ」


と言われ、止められてしまった。

高波さん、三上さんのことはよく分かっているようだけど──三上さんの心が、今にも崩れそうなのは分からないらしい。

これは──本人にしか、当事者にしか分からないこと。

だから、仕方ないのかもしれないけど。


『で、でも、自分は!』


三上さん、大きな声で──ついに、自分自身の気持ちを伝えるのかな。


『自分のことを呼ぶときは、私、と言いなさい』


その言葉で、その押しつけで、我慢の限界が来た。

扉を開け、居間に入る。


「君、今は大事な話をしているんだ。入ってきてもらっては困──」

「いい加減にしてくださいよ、あなたたちは何様なんですか、神様のつもりですか」

「つ、連宮君?」


ああ。

どうやら僕は、キレちゃったらしい。


「三上さんは、三上さん自身の気持ちに正直になっただけです! 何一つ、悪いことはしていません! ──確かに、三上さんの気持ちはあなたたちには理解できないのかもしれないですけど、それでも……あなたたちは三上さんの親なんでしょう!? 親だったら、子供の意見を聞いて、子供ときちんと向き合ってくださいよ!」


心の奥から、どんどん言葉が溢れてくる。

これが僕の、本当の──『正直な』気持ち。


「連宮君の言うとおりですよ。みかみんのお父さん、お母さん。みかみんは、ずっと苦しんできたんですよ。中学で私が友達になるまでは、みかみんは友達がいなかった。なんでなのか、みかみんのお父さんとお母さんに分かりますか?」


僕の後ろにいた高波さんも、加わってくれた。


「そんなの、愛香が友達を作ろうとしなかっただけで──」

「──違、う」


三上さんが、辛そうにしながらも、話し始める。


「自分だって、友達が欲しかったよ。でも、男子に混ざって遊んでいたら、自然と男子からも、女子からも嫌われた。自分はただ、自分に正直にいただけなのに」


悔しそうに、両方の拳を強く握り、三上さんが話した。


「お願いです、三上さんのことを、ちゃんと見てあげてください」

「……連宮君、と言ったか」

「はい」


ひどく不思議そうな表情で、三上さんのお父さんが訊いてくる。


「君はどうして、そこまで愛香の(がわ)に付くことができるんだ」


どうして、か。


「──僕も、同じだから、です」

「同じ?」


三上さんに知られるけど、別に構わない。

三上さんの秘密を知ったんだから、僕も教えなきゃ、フェアじゃない。


『僕も、正直になれるだろうか』


──正直になるのは、今だ。


「僕は、小さいころから、女の子に憧れていました」


小さいころから、保育園に通っているころから、僕は──憧れていた。


「『髪の毛を伸ばしたい』『かわいい洋服を着たい』『女の子と遊びたい』──そんなことを思い続けているんです」

「連宮君、それって──」


三上さんは、さすがに気付いたらしい。

そう。僕は──。


「僕は、女の子になりたかったんです」



「たくさん笑われました。たくさん、いじめられました。最初は、先生に話しただけだったんです。でも、それを聞いていた男子が、みんなに言いふらして。それで──いじめの格好の的になりました」


昔のことは、あまり思い出したくはないけど。

でも、向き合わなくちゃ。

僕も、僕自身と。


「中学からは、頑張って隠し通してきました。だから、自分に正直に生きている三上さんが眩しくて。僕は、三上さんの側に付いたんです」

「──そう、か」


僕の話に何か感じたのか、三上さんのお父さんは黙ってしまった。


「愛香、あなたはこれから、どう生きていきたいの?」

「……男として、生きていきたい。いずれは、男になりたいと思ってる」

「そう……なのね」


僕は、三上さんの側の人間だから、三上さんの思っていることがすごく分かる。

だけど、三上さんのお父さんとお母さんは、いわゆる『一般的な男性と女性』だ。

僕らの気持ちが分からなくて、当然だろう。


それでも、と期待してしまうのだけど。


「すまない、愛香の考えていることは、やはりよく分からない」

「父さん……そ、そうだよね、そう、だよね」

「だから、愛香」


そう言って、三上さんのお父さんは、真っ直ぐに──三上さんの目を見て、続ける。


「考える時間をくれないか。お前のことを、きちんと理解できるかは分からないが、努力はしてみる」

「と、父さん……!」

「私も同じよ。あなたのこと、もっと考えてみるわ」

「母さん……!」


──まずまずの手応え、と言ったところかな。


◆◆◆


あの後、僕と高波さんはすぐに帰った。

『少し一人で考えたいことがある』と三上さんに言われたからだ。

帰る途中、高波さんにすごく感謝されたけど──僕はそこまでたいしたことはしていない。

ただ、昔話と自分語りをしただけだ。


そして翌日、火曜日。


『お! みかみん、おはよー!』

『おはよう、高波さん』


かなり早めに教室に着いて、案の定僕より早く来ていた根原君と少し話して、トイレに行って、その帰り。

生徒用玄関で聞き覚えのある声がしたので、見に行ってみた。

そこにいたのは、高波さんと──昨日と同様、女子の制服を着た、三上さん。


「おはようございます、2人とも」

「おぉ! つれみーじゃないか! おはよう!」

「おはようございます、連宮君」


──え、『つれみー』?


「あの、つれみーって一体……」

「連宮君のあだ名! 友達にはあだ名を付けることにしてるの!」

「友達にあだ名、ですか」

「うん! 私の友達のみかみんを手助けしてくれたから、つれみーは友達! だからあだ名!」


なんというか、高波さんって……すごい人だな。


「私のことも、あだ名で呼んで!」

「い、いや……できればさん付けで」

「仕方ないなぁ……さん付けでいいから、敬語禁止!」


……そう来ましたか。


「わ、分かりまし」

「敬語禁止!」

「あ、そっか……分かったよ、高波さん」

「よろしい! それじゃ、私は朝練があるから、先に教室に行ってるね!」


そう言って、『ばひゅーん!』という効果音を浮かべても違和感のないようなスピードで、教室へと向かった。

──って、え、朝練?


「まだ3日目なのに、朝練──って、どういうことですか?」


どう考えても時期が早すぎるので、三上さんに訊いてみる。


「昨日の昼休みに、部活を見学しに行ったらしいんです。少し体験もさせてもらったらしいんですよ。そしたら、『ぜひ入部してくれ』なんて言われたらしくて」

「すごいですね……何の部活なんですか?」


あのはきはきした感じから、運動部だろう、と考えたのだけど。


「軽音楽部だそうです」

「軽音楽部……!?」


予想の斜め上だった。


「ってことは、高波さんって、何か楽器ができるんですか?」

「ドラムをやっているらしいです」

「ドラム……?」


高波さんが、ドラムをやっている、か。


「……全然想像できないですね」

「自分も、高波さんがドラムをやっている、って初めて聞いたときは、そんな風に思いましたよ。──というか、今もそう思ってますけど」

「やっぱり、そうですよね……」


軽音楽部に入部、ってことは、文化祭で高波さんがドラムを叩いているのを見れるのかな。

楽しみになってきた。


「さて、そろそろ僕らも教室に行きましょうか」


いつまでも、生徒用玄関前の廊下で立ち話をしていても、しょうがないだろう。


「連宮君」

「はい?」

「──昨日は、ありがとうございました」

「あ……いえ、たいしたことはしていないですし」


度々言う様だけど、僕は昔話と自分語りしかしていないのだから。


「それでも、お礼を言わせてください。連宮君のおかげで、自分はあの家で、肩身の狭い思いをせずに暮らせることになったんです。──本当に、ありがとうございました」

「……感謝したいのは、こっちなんですけどね」

「え?」


三上さんには、感謝しても、し足りない。


「昨日、僕は何年かぶりに『正直』になることができたんです。三上さんのように、両親に話したり、っていうのはまだ難しいですけど。でも──」


昨日の夕方に、変わったことと言えば。


「すごく、気が楽になりました。思っていること、ずっと思っていたことを吐き出せて、すっきりしました。──これは、三上さんのおかげです。こちらこそ、ありがとうございます」

「……本当に、面白い人ですね」


そう言って、三上さんは優しく微笑んだ。


「さて、教室に行きましょう」

「そうですね。高波さんがいないから、また一人きり、ですけどね……」


……むぅ。

ここで、はっきりと言っておかなくちゃ。


「三上さん、僕らも友達でしょう?」

「あ……そうですね、はい、そうです!」


嬉しそうに笑い、三上さんは歩き出す。

僕も、歩き出す。


──三上さんのように、なるために。

『正直』に、なるために。

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