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夢見少年物語  作者: イノタックス
9章 高校2年の夏休み

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49話 合宿の終わりに

「──これが、僕の過去の話です。今の僕に繋がる、僕が忘れていた──お話です」

「そう、か」


ああ、随分話してしまった。

ただひたすら、過去に浸りながら、だらだらと話してしまった。

小説だったら、もっと簡潔にまとめられただろうに。

だってそうでしょ? ……たった一行で、済む話なのだから。


『僕は、女なんです』。

それだけ言うのに、随分遠回りをしてしまった気がする。


「どうでしたか?」

「どうって……」

「面白かったか、それともつまらなかったか、ですよ」


僕としては、どちらでもいい。

あれは確かに、大事な記憶だ。だけどそれと同時に──過ぎ去った時間の話なのだ。

笑い話でも、感動するお話でもない。一人の人間の、十数年間のうちのたった3日間の話だ。


「ほら、どっちなのよ。大事な後輩の大事な過去の話を聞いて、なんとも思わなかったわけじゃないでしょ?」

「急かさないでくださいよ、橋崎先輩。さっきの質問に対しての答えなら、もう出てますよ。でも──」

「でも、何よ」


右から橋崎先輩に肩で押されて、困っている様子の部長。


「俺が言っていいことなのか、分かんなくて」

「何よもう、じれったいわね。……連宮君、どうする?」


すごいな、そこで僕に振るのか。当事者だから、当たり前だけど。

でもまあ、そこまでちゃんとした回答は求めていないのだし──。


「感じたままのことを言ってもらえるのが、一番嬉しいです。オブラートに包まれるよりは、ずっと」

「そこまで言われたら、こっちもちゃんと言うけど……」


そこまで聞いて、『やっぱり拒絶されるのは嫌だな』なんて思いが出てきたので、ぐっと心の奥にしまい込む。

大丈夫、そんなの小学生のうちに、何度もされたことなんだから。

今の僕なら、大丈夫。──そう自分に言い聞かせて、言い訳して、部長の回答を待つ。


すっかり明るくなった空を見上げてから、こちらに向き直り、部長はしっかりとした目つきで、口を開く。

拒否か拒絶か、あるいは──受け入れか。


「大変だったんだな、って思った」


──同情。


「俺なんかには想像もできないくらいの辛い思いをして、それでも今、こうして笑えている。──強いな、すごいな、って思うよ」


そして、称賛。

思いもよらない言葉は、また思いもよらず、僕の心を包み込んだ。


「気を悪くしてたら、謝るよ。何も知らなかった人間に同情されるのは、嫌かもしれないし」

「……いえ、そんなことないです。──ありがとうございます、部長」

「お礼されることなんて、何もしてないよ。こちらこそありがとう、君の秘密を教えてくれて」


笑顔で、優しく話しかけてくれる部長。

ああ、よかった。──こういう結果になって、本当によかった。

昔のことを思い出しながら、胸を撫で下ろす。


「そうだ、ちょっと気になったんだけど……三上さんと月夜野さんは、連宮君の秘密、知ってるの?」

「はい、理解もしてくれてます。あの二人も、僕と少しだけ似ているので」

「ってことは……」

「ええ。……これ以上は、僕が勝手に言うわけにはいかないので、すみません」


僕が勝手に、あの二人の秘密を伝えちゃいけない。


「いや、大丈夫。俺も他人の秘密を勝手に知ろうとはしないから。焦らずに、だね」

「はい!」


本当に、優しい人で良かった。



その後、4人で話をした。


橋崎先輩と水留さんは、大学の講義でよく会い、仲良くなったらしい。

休日にはお互いのアパートに行き、遊ぶ仲なのだとか。

昨日は、二人で水留さんの家(実家)に泊まったらしい。

大学の勉強も楽しいと話していた。それでもやっぱり、部長に会えないのは寂しい、とも言っていた。


部長は橋崎先輩に、最近の部活の様子を話していた。

新しく入った月夜野さんの話を中心に、細かく、伝えていた。

橋崎先輩は、それを時折頷きながら、聴いていた。

二人とも、久しぶりに話せて嬉しいみたいだ。


僕も、水留さんとたくさん話した。

高校で友達ができたこと、文学部で頑張っていることを話した。

水留さんは、すごく嬉しそうに聴いてくれていた。


15分くらいして、朝食の時間が迫ってきているので、解散した。

部長と僕は民宿へ、橋崎先輩と水留さんは、水留さんの家へ。

もっと水留さんと話したかったけど、来年のお正月に僕の家に来てくれるらしいから、今は我慢しよう。


◆◆◆


「そんなことがあったんだ……」


午前11時、帰りの電車、3号車のボックス席にて。

部長がトイレに行くため、1号車に向かったのを確認して、三上さんと月夜野さんに今朝の出来事を話した。

三上さんは驚いていたけど、月夜野さんはあまり驚いてはいなかった。


「ねえ、その『橋崎先輩』って、文学部に関係している人なの?」

「うん。文学部の先代部長で、部長──安喰先輩の彼女なんだよ」

「そうなの!?」


月夜野さん、ここでようやく話を理解できた様子。

そっか……月夜野さんには橋崎先輩の話、していなかったもんね。


「僕に──僕と三上さんに、大事なことを教えてくれた人なんだ。いつか会えると思うよ」

「うん、楽しみにしてる!」


笑顔で答える月夜野さん。

自分のことを理解してくれるかもしれない──そんな人と会えるのが、楽しみなのだろう。

大丈夫、あの橋崎先輩のことだ。きっと初対面で、月夜野さんの秘密も理解してしまうはずだ。


「そうだ、もう一つ話しておかなきゃいけないことがあったんだ」

「ん、なに?」

「三上さんと月夜野さんが、僕の秘密を知っているのか──って部長に聞かれたときに、二人のことを『僕と似ている』って言っちゃったんだけど、マズかったかな……って思って。具体的には話していないんだけど、嫌だったらごめん」

「……自分は、気にする必要ないと思うよ」


そう言って、くすっと笑う三上さん。

眼鏡のレンズ越しには、とても優し気な瞳。


「連宮君のことだから、部長が自分や月夜野さんのことを理解してくれなかったらどうしよう──とか考えてるんだろうけど、そんなに心配することじゃないってこと、分かってるでしょ?」

「ま、まあ」


部長なら理解してくれるだろうと思って、少しだけ伝えた、ってのはある。


「それに、自分もそろそろ伝えたかったんだ。自分たちのことをよく思っていてくれている部長に、隠し続けたくなくって。受け入れてくれるか、それとも拒絶されるか……って考えはずっと頭の隅にあったけど、連宮君の話を聞いて、ようやくわかったよ。部長は、自分たちを拒絶するような人じゃない、ってね」


まったくその通りだ。部長は、誰かを否定するような人じゃない。

それを、今朝の出来事で再確認できた。


「よし、決めた。部長がトイレから戻ってきたら、自分も自分の内面のこと、伝えてみる」

「そ、そんな急に?」

「連宮君だって、今朝急に、だったでしょ」

「まあ……そうだけど」


それに、と三上さんは続ける。


「急ぐことじゃないのは分かってる。でもさっきも言った通り、『隠し続けたくない』って気持ちがあるんだ。だから、今日伝えるよ」

「……分かったよ。そういうことなら、止められないよ」


やっぱり、三上さんはすごい。

僕は成り行きで話すことになったようなものだけど、自分から『伝えたい』って思って伝えるなんて、僕にはまだできない。


「……私も、伝えてみる」

「つ、月夜野さんも? 別に、無理に伝えなくても……」

「ううん、三上さん、無理にじゃないよ。私も三上さんみたいに『隠し続けたくない』って思ったから、伝えるの。それに──」


窓の外、遠くなる古い町並みを見て、三上さんは続ける。


「連宮君に私の秘密を話したときに思ったの。私の秘密を理解してもらえるのって、嬉しい!……って。まあ、私の場合は『今は』普通の状態だし、すぐに理解してくれるか分からないけど、それでも──伝えたい」


『今は』──確かに今日の月夜野さんは、たまになるボーイッシュな雰囲気ではなく、一般的な『女子』って感じだ。

でも、部長ならきっと。


「そうだ、連宮君、橋崎先輩と水留さんって人、大学の話もしてたんでしょ? 大学ってどんなところか興味あるし、どんな話をしてたか、教えてくれない?」

「あ、私も知りたい! 1年後に進路で悩む前に、色々知っておきたい!」

「ふふ、そうだね。橋崎先輩と水留さんは、大学の講義で会ったらしいんだけど、その講義っていうのがね……」


なんて具合に、部長が来るまでの数分間、3人で大学の話をした。



部長が戻ってきてから、三上さんと月夜野さんは、それぞれの秘密を部長に伝えた。

部長が理解してくれたか、それとも──ってのは、言わなくても分かるよね。

大丈夫、『部長はちゃんと部長だった』って話だよ。


僕は──僕らは、この人のそういうところが好きなのだ。

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