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夢見少年物語  作者: イノタックス
9章 高校2年の夏休み

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47話 早朝の再会

翌朝、早朝5時。

パジャマ代わりのジャージから、薄緑色のTシャツとカーキ色のチノパンに着替え、貴重品だけ持って民宿を出る。

部長の横を歩き、着いたのは──昨日も歩いた、観光地の川沿いの道路、その横のベンチ。


「誰かと会うんですか?」

「そうだよ、誰なのかは秘密だけどね。もう少しで分かるし」


と言う風な会話をしていると、民宿とは反対の方向から、足音と話し声が聞こえた。

足音の主が、建物の脇から顔を覗かせ、こちらに気付いて駆け寄ってきた。

──まさかの人物。


「連宮君! 君も来てくれるとはね。嬉しいわ!」

「橋崎先輩! ──むぐっ」


すごく久しぶりに会う、文学部の先代部長。──に、抱きつかれた。

こっちは座っていたので、抱きつかれたというか、覆いかぶさってきた。


「は、離してください~」

「離さないわよー、もう、相変わらず可愛いわねぇ」

「……あの、橋崎先輩?」

「どうした、安喰君?」


橋崎先輩の腕の隙間から見える部長は、戸惑っていた。

当たり前だよね、橋崎先輩は、僕──『外見は男』の僕に抱きついているんだから。彼氏としては複雑な心境のはずだ。

なんてことを考えていると、僕の身体を抱きしめたままの橋崎先輩が、僕に小声で訊いてきた。


『もしかして、まだ内面のこと、伝えてなかった?』

『はい、まだ伝えてないです』

『ありゃ、そうだったか』


言うと同時に、僕の身体が解放される。


「こほん。安喰君と会うのも、久しぶりね。最近は電話ばっかりだったし」

「そうですね、会えて嬉しいです」


橋崎先輩が僕に抱きついたこと、部長はそこまで気にしていないみたいだ。よかった。


「……そ、そう? 会えて嬉しい、ねぇ。……ふぅん」


橋崎先輩が照れてる!?

──いやまぁ、部長の前では何度か照れているのかもしれないけど、僕はここまで明確に照れた橋崎先輩を見たことがない。まさかここまでとは。

先輩たちを見ながらそんな(しょうもない)ことを思っていると、橋崎先輩が来た方向から、更に足音がした。

この辺のお店の人かな、そろそろ開店準備をする時間だろうし──と、のほほんと考えていたのだけど。


「舞依……あ、いたいた。彼氏に早く会いたいからって、私を置いて走ってかないでよ」

「ごめん水留(みずる)ぅ、テンション上がっちゃってさ。じゃじゃん! こちらがあたしの彼氏、安喰宗人君です!」

「テンション高いなぁ。そっちの子は……ん?」


建物の陰から姿を見せた、『みずる』と呼ばれた女性、こちらをじっと見つめて動かない。

えっと……なんだろう、すごく不安なのだけど、何かしてしまったかな。


「……奏太ちゃん?」

「え──」


あれ、まだ僕名乗ってないよね。なのになんで──。


「やっぱり奏太ちゃんだ! 久しぶり、元気だった? あれから全然会えてなかったから心配してたんだよ? ……大きくなったね、本当に」


矢継ぎ早に話しかけられ、感慨深く見つめられる。

本当に、なんで僕のことを知っているのだろう。僕はこの人と会ったことなんてないのに。


「……私のこと、憶えてない?」

「すみません、忘れてしまったみたいで……」

「小林水留、って言えば分かるかな」

「えっと、ですから……え、『小林』?」


『小林』──確か親戚に、そんな名前の人がいたような。

遠い親戚──じゃない、近い親戚。


「──あ」


記憶が、浮かび上がってきた。というか『思い出した』。


僕は小さい頃、ここに来たことがある!


「従姉の、水留さん」

「そう! ……よかった、まだ憶えててくれて」


ここの風を『懐かしい』と感じたのは、そういう理由だったのか。

でも、なんで忘れていたんだろう。今年のお正月にも、小林さん一家──お母さんのお兄さんの家族は、家に来たはずなのに。

──いや、水留さんは、僕の家には来ていなかったと思う。


「避けられちゃってるみたいだったから、私からも会わないようにしていたんだ」

「え……避けてなんて」


──いない。

そう続けようとしたのだけど、また浮かび上がった記憶に遮られた。


僕は小さい頃──小学生の頃、水留さんを避けていた。

なんで避けていたんだろう。僕の家で水留さんと楽しく遊んだ記憶があるのに。

一体なんで、僕は水留さんを避け始めたのだろう?


疑問に答えるように、また一つ、記憶が浮かび上がる。


「──そう、だ」


僕は、水留さんに──『内面を知られた』。

そのことで何かを言われたわけじゃない。けれど、会いにくくなって、避け始めたんだ。


「あ、ごめん……無理に思い出そうとしなくてもいいんだよ? あのことが奏太ちゃんにとって嫌な思い出なら、思い出す必要なんて全くないからね」

「いえ、大丈夫です。──全部、思い出しました」


きれいさっぱり忘れていたのに、全てを思い出せた。

心のどこかに、まだ残っていたんだ。

嫌な記憶でもあり、『優しい記憶』でもある、あの日の出来事が。


『ね、連宮君』

『はい?』


何のことか分からずにいる部長の横に立つ、橋崎先輩に心配そうに話しかけられた。

小声だったので、僕も小声になる。


『もしかして、連宮君の内面のこと?』

『はい、僕がまだ、隠すのが下手だったころの話です』

『だったら、場所を移した方がいいんじゃない? ……何も知らない、安喰君がいるし』

『あ──いえ、そういうことでしたら、大丈夫です』


本当に、大丈夫。

ずっと『伝えたい』と思っていたのだから。

ここからは、小声でなくても大丈夫。


「部長一人だけ知らないなんて、かわいそうですし」

「相変わらず優しいわね、連宮君」


それだけ言って、座ったままの部長の右隣に座る、橋崎先輩。

僕はその反対、左隣に座る。更に左隣には、水留さんが。


「部長。ちょっとだけ、自分語り、させてもらいますね」

「あ、ああ……分かった」


未だに戸惑い気味の部長を気にせず、少しだけわがままに、自分を語り始める。


◆◆◆◆



あれは──僕の人生の中で、最も辛かった時期の話。



◆◆


「おいオカマ、聞いてんのかよ!」

「──っ」

「けっ……キモいやつ」


どなられて、いやなことを言われて。

それでもまだ顔を上げようとしないぼくにイライラしたのか、相手の言葉がもっとらんぼうになってきた。


「こんなやつなんてほうっておいて、おれたちだけで遊びに行こうぜ?」

「そうだな。せっかくおれたちが、遊んでやろうと思ったのに」


──どこまでいっても、上から目線。

教室のドアが大きな音をたてて閉まったのを確認して、ぼくは顔を上げる。

教室には、ぼくひとりしか残っていなかった。


明日から小学校に入って3回目の夏休みだけど、いじめられっ子のぼくは当然、だれとも遊ぶ予定はない。

こんなことなら、1年のときに先生に『ぼくはおとこじゃないです』なんて言わなければよかった。

言わなければ、今より少しは、辛い思いをせずに過ごせたのかも。

ぼくへのいじめが始まってから、もう2年間は経ってるから、もう気にしてもしょうがないのだけど。



夏休みの宿題を1週間で全部やり終えて、暇だから自分の部屋でゲームで遊んでいたら、部屋のドアが『コンコン』ってノックされた。

返事をしたら、ドアが開いて、お母さんが入ってきた。


「奏太、明日からの3日間って、何も用事無い?」

「あしたから? うん、ないよ」


学校のプールの授業もないし、当然、友達にも誘われていない。

ゆっくりしようと思っていたけど、どこかに行くのなら行きたい。ずっと部屋で宿題をやっていたから、そろそろ外に出たい。


「水留ちゃんの家に行かない? お母さんのお兄ちゃんが『暇だったら来ないか』って言ってくれたのよ」

「えっ! 行く、ぜったい行く!」

「ふふっ、決まりね。お父さんと真菜にはさっきオッケーをもらえたから、早速準備するわよ。奏太、持っていく着替えとかをリュックに入れておいてくれる?」

「うん!」


毎年お正月にうちに来てくれている、お母さんのお兄ちゃんの家族。

水留ちゃんと遊べるなんて、本当、予定が入ってなくてよかった。


よし、早く準備をしちゃおう。

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