45話 県北の観光地で
改札を抜けると、そこは別世界だった。
──と言うと少し盛ったように聞こえるかもしれないけど、実際、そう感じたのだ。
去年の夏、ショッピングセンターに行った時よりも、もっと気持ちのいい風。
涼しいけど、どこか懐かしい匂いのする、風。
──懐かしい?
「おぉー、風が気持ちいいですね、部長」
「そうだね、三上さん。山に囲まれているからかな、空気がおいしいね!」
懐かしい──という感情はきっと、この風景を見たからだろう。
誰もが心の奥底で求めるような、古き良き町並み。
僕らの住む町の正反対を行く、木造住宅しかない景色。
それを見たから、『懐かしい』なんて感じたのだろう。
「あ、あっちに団子屋がありますよ!」
「よし、早速行こう!」
三上さんと部長、すごく楽しそう。
民宿の部屋割りのことが心配だったみたいだけど、この町並みを見てテンションが上がったらしい。こういう景色、好きなのかな。
さて。
「僕たちも行こっか、月夜野さん」
「うん! 部長、待ってくださいよー!」
三上さんたちの元へ、駆けてゆく。
僕もその後を追おうとして──ふと、違和感。
正確には、既視感。
ここに来た記憶なんて、ないはずなのに。
さっきから僕、どうしたのだろう。
──ま、気のせいだよね。
◆◆◆
「おいしかったですね、パフェ!」
「そうだね。量もあったし、大満足だよ!」
町並みと買い物を楽しんだ後、町の端の方にある甘味処でパフェを食べ、今はそこから近い川沿いの道を歩いている。
観光地らしく、タイルで綺麗に整備された道。緑、青、黄、ピンク──の4色を散りばめた、なんともきれいな──というか可愛い道。歩いているだけで楽しくなってくる。
相も変わらず、ハイテンションで僕らの前を歩く、部長と三上さん。
──なんで三上さん、あそこまで楽しそうなのだろう。
いやまあ、確かに楽しい状況には違いないのだけど、いつもの三上さんとかけ離れているほどの楽しみようだから、何か理由があるのかな、と思ったのだ。
「ねえ、連宮君」
「ん、なに?」
「三上さん、すっごく楽しそうだけど、何かあったの?」
──月夜野さんも、同じことを考えていたみたい。
「僕も丁度気になってたとこだよ。でも、訊いていいのか分からなくて……」
「……? よし、夜に民宿で訊いてみる!」
僕の話し方に疑問を持ったみたいだけど、詮索はしないでくれた。
月夜野さんは、三上さんの事情(親のこと)を知らない。
隠していたわけではないんだけど……それに関係することだったら、三上さん、話しづらくないかな。
手助けできそうだったら、しよう。
「15時……うん、ちょっと早いけど、民宿に向かおうか。執筆も始めないとだからね」
部長の一言で、お昼の予定は終了し、4人で民宿へと向かった。
◆◆◆
午後10時、僕と部長が泊まる部屋。
畳のいい匂いのする中、僕と部長はくつろいでいた。
3時間ほど集中して執筆した後、温泉に入って、大広間で食事を済ませて、今に至る。
「月夜野さん、結構文才あるんだね! 驚いたよ、理系クラスだって言うから、俺と同じくらいかと思ってたのに……俺も頑張らないとなぁ」
「部長の小説も素敵だと思いますよ?」
「そう言ってくれると助かるよ。いやぁ、それにしても……」
ぐぐーっと伸びをして、窓から見える山々を眺めつつ、部長は続ける。
「いい温泉だったね!」
「そ、そうですね」
「隣接しているスーパー銭湯に無料で入れるなんて思わなかったよ」
部長の言うように、この民宿に泊まった人は、隣接しているスーパー銭湯に無料で入れたのだ。
……それはまあ、いいのだけど。
「露天風呂もあったし、満足満足! 連宮君も楽しめた?」
「はい、もちろんです」
精一杯取り繕って答える。
取り繕わなければならない理由は、ひどく単純なこと。髪と体を洗ったあと、温泉に浸からずにすぐに出たからだ。
恥ずかしかったし、何より『男湯に入っている』ということへの違和感がかなりあったから。
「それならよかった。……ちょっと早いけど、そろそろ寝ようかな」
「え、もうですか?」
「ああ。テレビとか見たかったら見ててくれて構わないよ。明日は早起きして、近くの散歩に行く予定だから、俺はもう寝るよ」
「そうなんですか? あの、僕も一緒に行ってもいいでしょうか……?」
僕の問いを聞き、満面の笑顔になる部長。
「もちろんだよ! そうなると……明日は君へのサプライズがある、ってことになるね。楽しみにしていてくれ!」
「サプライズ、ですか?」
そういうのって、サプライズを受ける人に教えてはダメなような。
「言っても予想できないと思ったからね」
……確かに、何が起こるのかまったく分からない。
「ま、明日のお楽しみってことでさ。よし、じゃあ電気消すよー」
「は、はい!」
何が起こるのか分からないまま、電気の消えた部屋で布団に入り、僕は眠ることにした。




