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夢見少年物語  作者: イノタックス
7章 橋崎、卒業

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37話 橋崎、卒業の日

翌日、午前8時30分。

卒業式の前にクラスに集合することになってるけど、指示された時間は午前9時30分。

更に言うと、式が始まるのは午前10時。式までまだ1時間半もある。

こんなに早く来た理由だけど。


「おはようございます、部長」

「──早いね、連宮君」


部長はきっと、落ち着かなくて早く来ているだろうな、って思ったから。

予想通り、南校舎1階の一番奥、文学部部室の前に部長はいた。



「よく分かったね、俺がここに来てるって」

「早く来てることも、分かってましたよ。……落ち着かないんですよね、僕と同じで」


鍵はないから、部室前の壁に寄りかかって、部長と話す。


「ああ、その通りだよ。どうにも落ち着かなくてね。早く起きすぎちゃって、家にいてもすることがないからここに来たんだけど……ここに来ても、何もすることはなかったね」

「──……」


明らかに、感情を隠して元気なふりをしている。

こんな部長は、見たくない。こんな辛そうな部長は、見たくない。


「そんな顔しないでくれよ。ああ、本当は──まだ迷ってるんだ」


部室のドアをじっと見つめ、部長は語る。


「何も言わずにただ諦めるなんて、絶対に嫌だ。でも、俺なんかが言っていいのか、本当に分からないんだ。憧れの人に会いたいから文学部に入って、憧れの人の傍にいたいから毎回部活に出て……俺はそんな、くだらないことの繰り返しをしていただけなんだ」

「──部長っ!」

「え?」


大声に驚いた部長は、顔を上げ、声の主である僕を見た。


「くだらなくなんてないです、すっごく立派なことだと思います。部長は今までずっと、先輩を追いかけていたんでしょう? その人に並べるチャンスが来たのに、そんなに弱気でいてはダメです! ……自分の今までしてきたことを否定しちゃ、ダメです!」


後半は僕自身、何を言っているのか分からなくなっていたけど──届いただろうか。


「連宮君、俺は──あの人に、並んでいいのかな」

「当たり前です。部長にはその権利があります」

「俺は、どうすればいい?」

「決まってるじゃないですか」


僕が言うまでもないこと。

僕が介入する必要のないこと。


「部長の思うようにしてください。──昨日言われたじゃないですか、『卒業式のあと、待ってる』って」

「──ああ、俺は馬鹿だな!」


……へ?

両手を前に突き出し、ぐぐーっと伸びをして、部長は笑う。


「後輩に勇気づけられるなんてな。本当なら、俺が引っ張っていかなくちゃなのに。──ありがとね、連宮君」

「いえいえ。……僕や三上さんだって、応援してるんですからね」

「ああ、ありがとう。──よし、クラスに行くかな。連宮君も、そろそろ行った方がいいんじゃないのかな?」


言われて、スマホで時間を確認。時刻はもうすぐ午前9時。

そろそろ、根原君たちが来ているかも。


「じゃ、先に行ってるよ。──俺、頑張るから」

「はい!」


そう言って部長は、廊下を走っていった。

役に立てたなら、嬉しいな。


◆◆◆


卒業式は、おごそかに行われた。


橋崎先輩が入ってきたときは、案の定、泣いてしまった。

周りの人にバレないようにしたけど、隣に座っていた月夜野君にはバレちゃってたみたいで、ハンカチを貸してくれた。洗って返さなくちゃ。


『──以上で、卒業式を終了いたします』


その言葉と同時にかかった優しい音楽でまた泣いて、卒業式の会場の体育館を出ていく橋崎先輩の姿にも泣いて。──こんなに泣いた日はないってくらい、泣いた。


卒業式の後、卒業生は一度教室に戻り、担任の先生から最後の言葉をもらう。

その間に在校生は卒業生を見送るため、生徒用玄関の前に並ぶ。

少し待つと、笑顔だったり泣き顔だったり、様々な表情の卒業生が出てきた。

『おめでとうございまーす!』と、みんなで大きな声で伝える。ここまでの頑張りを、最大限の声で肯定する。


「おめでとうございます、橋崎せんぱーい!」

「橋崎先輩、おめでとうございますー!!」


僕と三上さんの声に気付いてくれたらしく、橋崎先輩が手を振ってくれた。



少しすると、今度は校庭で卒業生同士で色々話す。

『離れてても友達だよ!』とか『この後ファミレス行こうぜ!』とか、すっごく楽しそうに話している。

そのいくつもある集団の一つに、部長が歩いていくのが見えた。


「部長、頑張ってるね」

「そうだね、三上さん。……頑張れ、部長」


これ以上は、介入はしない。

ここから先は、二人だけの時間なのだ。


◆◆◆


「ねーねー舞依ー、そろそろカラオケ行こーよー」

「ごめん、もうちょっとだけ待ってくれる?」

「えー? 大体、用事って何なのよー」

「大事な用事なのよー」


『まさか恋人できたの!?』なんて言われたけど、ちょっと違うかな。一応ノーコメントで。

──あ、来てくれた!


「橋崎先輩、今、お時間よろしいでしょうか」

「ええ、大丈夫よ。……何かしら」

「ここでは少し……部室に来ていただけますか」

「ええ、いいわよ。──ついてってあげる」


黄色い声を上げる友達を置いて、あたしは、安喰君の後ろを歩いていった。


◆◆◆


「あ、南校舎に歩いていったね」

「ってことは部室に行ったのかな。……三上さん、よく見えるね」


この学校の校庭、それなりに広いから、いまいち見えなかったのだ。


「眼鏡補正があるからね」

「ああ、なるほど。……ん?」


橋崎先輩が抜けた集団が、やけに盛り上がっている。

橋崎先輩と部長から隠れながら、その集団の近くまで行き、会話を聞いてみる。

その内容は案の定、橋崎先輩たちのことについてだった。


『おい、あいつすげーな!』

『なんか、文学部の後輩らしいぜ』


おおおお、と歓声が上がる。


『あ、私知ってる! 『理系なのにあたしを追って文学部に来たバカ』って舞依が言ってた!』

『おいおいマジかよ! 行動派だな!』


再び、おおおお、と歓声。

卒業式の日でも、他人の色恋の行方は気になるみたいだ。

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