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夢見少年物語  作者: イノタックス
7章 橋崎、卒業

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36話 らしく在れ

校門を出て、駅の方向へ。

歩き始めてすぐ、橋崎先輩が最初に口を開いた。


「二人とも、今日はありがとね、一緒にいてくれて。──やっぱり、不安だったのよ」

「気にしないでください、先輩。僕らにできることなら、なんだってやりますよ」


僕らは橋崎先輩に頼まれたから、部室に一緒に入ったのだ。

先輩のためになれたなら、よかった。


「──そうだ、言っておこうと思ってたこと、あったんだった」


僕らの先を歩く先輩が、振り返り、優しく話す。


「今もそうだけど、特にあたしが卒業した後のこと。……無理はしちゃダメよ?」

「いえ、無理なんてことは」

「そうですよ、橋崎先輩。自分たちは、好きで作戦に協力したんですから」

「そのことじゃないわ」


……え、違うの?

何の事だか分からずにいる僕らに微笑み、橋崎先輩は一言、そっと呟く。


「内面を隠しすぎないで、ってこと」


◆◆◆


いつの間にか床に落としていたカバンを拾い、部屋の中央のテーブルに置かれた鍵を取る。


「……帰らないと」


発して、自分の声が未だに震えていることを知る。

まったく、なんて情けない。悲しいし、寂しいし、何より。


──俺は、怖がっている。


橋崎先輩の言う通りだ。俺は、ずっと頑張ってきた。

あの人に見てもらいたくて、認めてもらいたくて。

そのどちらも達成していたっていうのに、今だって──怖い。


あの人がいなくなったら、俺はどうなる?


今まで通り、頑張れるのか?

後輩に、ちゃんと接することができるのか?


できるわけがない。

しなくちゃいけないってのに、できる気がしない。

心にぽっかり穴が開く、という表現にここまで共感できた試しなんて、ないのだ。


あの人は、俺が一番好きになった人だから。


「──……」


部室を出て、鍵を閉め、返すために職員室に向かう。

この廊下に初めて来たときの高揚感、まだ憶えている。

あの人に会えると思って、一人でここまで来たのだ。


「俺は、どうすればいい?」


誰に訊いたわけでもない、ただの独り言。

でも、──答えが、欲しかった。


◆◆◆


「なっ──」


なんで橋崎先輩が、そのことを。

三上さんも僕と同じ反応。じゃあ本当に、なんで──


「俳句」

「え?」

「部室に来てくれた君たちに書いてもらった俳句、憶えてるかしら。あれで分かったのよ」


憶えてはいるけど……。


「すっごく女の子っぽかったからね」

「え……」

「連宮君は女の子っぽい俳句で、三上さんは男の子っぽい俳句。内容も書き方も、典型的な『女の子』『男の子』だったわ。無意識に『そう在ろう』としてたんじゃないかしら?」


──確かに『女の子っぽくあろう』としていた。

でもそれなら、どうすれば──。


「自分たちは、どうすればいいんですか」

「隠すな、なんてことは言わないわ。それはとても勇気がいることだろうし、何より理解してくれない人だって少しはいるだろうし。だからあたしは、この言葉を送るわ」


僕と三上さんを見つめて、しっかりとした口調で。


「無理して『女の子らしく』『男の子らしく』ならないこと。一番大事なことは──『君たちらしく』在ることよ」

「僕たちらしく……って、内面に従うってことじゃないんですか?」

「その解釈で合ってるわよ。でも、君たちが思っている『内面』と、あたしの言う『内面』は少し違うわ」


再び、駅の方向へと歩き出す橋崎先輩。


「君たちの言う『内面』ってのは、典型的な『女の子である自分』や『男の子である自分』だと思うの。で、あたしの言う『内面』ってのは──『君たちだけのもの』。女の子でも男の子でもなく、連宮君なら連宮君の、三上さんなら三上さんの持つ、ただ一つのものよ」


『要するに』と置いてから、僕らに伝える。


「外見に心を合わせる必要は全くないけど、無理してまで内面の『性別』に従う必要もない、ってことよ。──『君たちらしく』在りなさい。じゃ、そういうことで!」

「あ──」


いつの間にか駅に着き、橋崎先輩は僕たちの家とは違う方向へと走っていった。

全部は理解できなかったけど──橋崎先輩らしい、アドバイスだった。

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