36話 らしく在れ
校門を出て、駅の方向へ。
歩き始めてすぐ、橋崎先輩が最初に口を開いた。
「二人とも、今日はありがとね、一緒にいてくれて。──やっぱり、不安だったのよ」
「気にしないでください、先輩。僕らにできることなら、なんだってやりますよ」
僕らは橋崎先輩に頼まれたから、部室に一緒に入ったのだ。
先輩のためになれたなら、よかった。
「──そうだ、言っておこうと思ってたこと、あったんだった」
僕らの先を歩く先輩が、振り返り、優しく話す。
「今もそうだけど、特にあたしが卒業した後のこと。……無理はしちゃダメよ?」
「いえ、無理なんてことは」
「そうですよ、橋崎先輩。自分たちは、好きで作戦に協力したんですから」
「そのことじゃないわ」
……え、違うの?
何の事だか分からずにいる僕らに微笑み、橋崎先輩は一言、そっと呟く。
「内面を隠しすぎないで、ってこと」
◆◆◆
いつの間にか床に落としていたカバンを拾い、部屋の中央のテーブルに置かれた鍵を取る。
「……帰らないと」
発して、自分の声が未だに震えていることを知る。
まったく、なんて情けない。悲しいし、寂しいし、何より。
──俺は、怖がっている。
橋崎先輩の言う通りだ。俺は、ずっと頑張ってきた。
あの人に見てもらいたくて、認めてもらいたくて。
そのどちらも達成していたっていうのに、今だって──怖い。
あの人がいなくなったら、俺はどうなる?
今まで通り、頑張れるのか?
後輩に、ちゃんと接することができるのか?
できるわけがない。
しなくちゃいけないってのに、できる気がしない。
心にぽっかり穴が開く、という表現にここまで共感できた試しなんて、ないのだ。
あの人は、俺が一番好きになった人だから。
「──……」
部室を出て、鍵を閉め、返すために職員室に向かう。
この廊下に初めて来たときの高揚感、まだ憶えている。
あの人に会えると思って、一人でここまで来たのだ。
「俺は、どうすればいい?」
誰に訊いたわけでもない、ただの独り言。
でも、──答えが、欲しかった。
◆◆◆
「なっ──」
なんで橋崎先輩が、そのことを。
三上さんも僕と同じ反応。じゃあ本当に、なんで──
「俳句」
「え?」
「部室に来てくれた君たちに書いてもらった俳句、憶えてるかしら。あれで分かったのよ」
憶えてはいるけど……。
「すっごく女の子っぽかったからね」
「え……」
「連宮君は女の子っぽい俳句で、三上さんは男の子っぽい俳句。内容も書き方も、典型的な『女の子』『男の子』だったわ。無意識に『そう在ろう』としてたんじゃないかしら?」
──確かに『女の子っぽくあろう』としていた。
でもそれなら、どうすれば──。
「自分たちは、どうすればいいんですか」
「隠すな、なんてことは言わないわ。それはとても勇気がいることだろうし、何より理解してくれない人だって少しはいるだろうし。だからあたしは、この言葉を送るわ」
僕と三上さんを見つめて、しっかりとした口調で。
「無理して『女の子らしく』『男の子らしく』ならないこと。一番大事なことは──『君たちらしく』在ることよ」
「僕たちらしく……って、内面に従うってことじゃないんですか?」
「その解釈で合ってるわよ。でも、君たちが思っている『内面』と、あたしの言う『内面』は少し違うわ」
再び、駅の方向へと歩き出す橋崎先輩。
「君たちの言う『内面』ってのは、典型的な『女の子である自分』や『男の子である自分』だと思うの。で、あたしの言う『内面』ってのは──『君たちだけのもの』。女の子でも男の子でもなく、連宮君なら連宮君の、三上さんなら三上さんの持つ、ただ一つのものよ」
『要するに』と置いてから、僕らに伝える。
「外見に心を合わせる必要は全くないけど、無理してまで内面の『性別』に従う必要もない、ってことよ。──『君たちらしく』在りなさい。じゃ、そういうことで!」
「あ──」
いつの間にか駅に着き、橋崎先輩は僕たちの家とは違う方向へと走っていった。
全部は理解できなかったけど──橋崎先輩らしい、アドバイスだった。




