35話 想いを
そわそわする日々を過ごし、2月最終日。作戦実行の日。
全てのクラスが、今日はホームルーム2時間だけ。午前11時、帰りの短いホームルームが終わると同時、僕と三上さんは荷物を持ち、教室を飛び出した。
向かう先は、2階の奥の方にある、2年10組。
「あ、橋崎先輩!」
「来たわね、二人とも。……準備はいい?」
「はい!」
「もちろんです!」
僕、三上さん、の順に小さな声で元気に答える。
──あ、部長が来た。
「じゃ、また明日。──あれ、橋崎先輩? なんでこんなところに……連宮君と三上さんも」
「にぶちんな安喰君に、知ってもらいたいことがあってねぇ」
「はい? 一体何を──」
部長の疑問をスルーして、作戦が開始する。
「よし、行くわよ連宮君、三上さん! そして現部長!!」
「はい!」
「分っかりましたー!」
「え、なに? ──って先輩!? 引っ張らないでくださいー!」
状況を理解できていない部長の手を取り──というか引っ張って、部長と先輩は廊下を駆けていった。
僕らも向かおう。
◆
「部室──ですよね」
「ええ、部室よ。それも文学部のね」
「鍵がないと入れないと思うんですが」
未だ困惑したままの部長。
そんな姿をスルーして、僕らも続ける。
「鍵なら借りてきました」
「連宮君たちも先輩の企みに参加したのか……」
愚痴も無視して、部室の鍵を開ける。
観念したのか、部長は自分でドアを開け、部室の中に入る。
その後に、橋崎先輩、三上さん、僕──の順に。
「──……これ、って」
部長、すっごく驚いてる。橋崎先輩の予想通りだ。
部室の中央には、パソコンの乗ったテーブルが二つ、向かい合っていた。
昨日部活が終わった後に、橋崎先輩と僕らで配置したのだ。
そう、これは──
「1年生二人が入る前までの、部室の様子よ。思い出したかしら、まさか忘れちゃってた?」
「──忘れるはず、ないです」
驚きつつ、震える声で部長は答える。
そんな部長を見て、ほっ、と息を吐く橋崎先輩。余裕そうに見えてたけど、橋崎先輩も不安だったんだ。
でも、ここで終わりじゃない。作戦は、まだ続く。
「ね、安喰君。あたし──明日、卒業するんだ」
「──っ! し、知ってますよ。明日は卒業式です。俺もきちんと、先輩方を送り出さなければ──」
声を振り絞って、感情は出さずに答える部長。
少し伸びた前髪で顔が見えないけど、すごく悲しそうで、寂しそう。
「ねぇ、安喰君」
「──なんですか、先輩」
部長の顔を覗き込み、橋崎先輩はそっと訊く。
今までで一番、優しい微笑みで。
「君が送り出したい先輩は、だれ?」
「──っ! そんなの決まってます! ……決まってますよ、とっくに」
「そう、それならよかったわ」
決まってるけど、まだ勇気がないみたい。
少しだけ震えている部長の手を両手で包み、橋崎先輩は静かに話し始める。
「あたしはいるわ、送り出してほしい後輩」
部室の中央に置かれたテーブルの片方を見ながら、話す。
「ずっとあたしのことを好きでいてくれて、ずっとそばにいてくれた、そんな後輩。……結構可愛いのよ、知ってるかしら」
「──可愛いかは、分からないですけど」
「可愛いのよ。それに──責任感もあって、かっこいいの」
「過大評価ですよ……」
俯いたまま、部長も話す。
「そんなにできた人間じゃないです。先輩にかっこいいところを見てもらいたくて、責任感があるふりをしていただけです。本当は不安だったのに。情けないですよ──俺」
「どうかしらね」
自分より背の高い部長の頭をなでて、続ける。
「不安だったのに、あんなに堂々としていたんだもの。すっごく頑張ってたのよね」
「──っ、俺は……」
部長から少し離れて、橋崎先輩は最後に一言、こう告げた。
「明日──卒業式のあと、待ってるわね」
「──……」
「さ、二人とも、帰ろっか。安喰君、鍵の返却よろしくねー」
今にも泣きそうな部長を部室に残し、橋崎先輩と僕らは生徒用玄関へと向かった。




