30話 『美月』
「あたしたち文学部の文化祭が成功したことを祝して、乾杯!」
『かんぱーい!』
部長の乾杯の音頭で、ジュースの入ったコップを掲げる。
時刻は午後4時。駅前のファミレスで、文学部の打ち上げが始まった。
うちのクラスはほとんどの人が部活に入っているから、打ち上げはなかった。
でも、月夜野君はサッカー部の打ち上げにはいかなかったみたい。何か用事があったのかな?
「いやぁ、大成功だったな! 全員頑張ってたもんなぁ!」
「そうですよね! やっぱりあたしの指示出しの技術が」
「1年生二人が、特に頑張ってくれてましたね。プラカードを持って、外で呼びかけをしてくれましたし。お疲れさま、連宮君、三上さん」
部長をすっごく自然に無視しつつ、安喰先輩が褒めてくれた。
「お、お疲れさまでした!」
「先輩たちも、お疲れさまでしたー!」
先輩から褒められるのって、やっぱり嬉しい。
「今日は俺のおごりだから、たくさん食えよ、お前ら!」
「さっすが先代部長! よっ、太っ腹!」
「がっはっは! 記念日だからな!」
他のお客さんの迷惑にならない程度の声量で笑いあう、五十嵐さんと部長。すごい、テンションが同じだ……!
──『記念日』ってどういうこと?
「五十嵐さん、『記念日』って一体──」
僕と同じく、その単語を気になった三上さんが、五十嵐さんに訊く。
「それはあたしが説明するわ。この食事会には二つの意味があるのよ。安喰君、分かる?」
「え? ……打ち上げだけかと思っていたんですが」
「それだけじゃなく、あと一つあるわ。それはね──」
いつものふわっとした笑顔から真剣な笑顔に切り替わって、部長は安喰先輩を見つめて、続ける。
「今日を境に、安喰君に部長になってもらおうと思って♪」
「え? ──えぇ!?」
安喰先輩、かなり驚いてる。
でも、そっか。本来ならもう、3年生は部活を引退している時期なんだ。
それなのに部長は、文学部に居続けていてくれたんだ。なんだかんだ言って、部長も文学部が心配だったのかも。
「今まで受験勉強とかしたくなくて部活してたけど、ずっとそうしてるわけにもいかないからねぇ」
うーん、僕の想像とはかなり違ったみたいだ。僕の感動はどこへ。
「で、でも、俺なんかでいいんですか?」
「何言ってるのよ、2年生は安喰君だけじゃない」
「そうですけど……」
「……まったく」
予想はしていただろうけど、突然部長になることと、橋崎部長がやめてしまうことで心細くなったのかな。安喰先輩、かなり不安げな様子だった。
そんな姿を見かねたのか、部長は椅子から立って、テーブル越しに安喰先輩の頭をなでて、自身の考えを伝える。
「大丈夫よ、安喰君なら大丈夫。今までずっと頑張ってきたじゃない。──安喰君だから、安心して任せられるのよ。さあ、胸を張りなさい!」
「部長……! はい、分かりました!」
「こらこら、もうあたしは部長じゃないんだぞ? ……なんで泣いてるのよ、もう」
「部長──橋崎先輩だって泣いてるじゃないですかぁ」
二人して、いつものように言い合う橋崎先輩と『安喰部長』。
少し泣いて、いっぱい笑って、それぞれの想いを伝えあう。
──いいコンビだったんだな、二人って。
「──ね、連宮君」
「なに?」
「自分たちも安喰先輩──部長を支えられるように、頑張ろうね」
「うん!」
先輩二人に感化されて、二人には聞こえないくらいの声で。
三上さんと僕も、そんな小さな約束をした。
◆◆◆
午後3時30分。サッカー部の出し物の屋台を片付け、クラスのホームルームも終え、俺は急いで校門へ向かった。
賑わった文化祭は30分前に終わっている。校内はもちろん学校の周辺にも、打ち上げに行く生徒くらいしかいない。
だから、本当に安心した。コンビニの前で、紺色のニットワンピースを着たあいつを見つけられて。
「お待たせ、美月」
「……遅い」
美月、少し怒ってる。
そりゃそうか、30分も一人で待たせちゃったんだもんな。
「ごめんな、遅くなって」
「許、す」
「あんがと」
「……うん」
言葉を紡いで、交し合う。
こんな淡々とした会話でも、お互いの温かさは伝わる。
俺たちだから、伝わる。
「今日、どうだった?」
「……久しぶりに外で遊べて、楽しかった」
「そっか、そりゃよかった」
短い黒髪を風になびかせ、ぎこちない笑顔でそう返してくれた。
美月は最近、自室に引きこもりがちになった。高校は一応行っているけど、楽しくはなさそうだ。
原因は、なんとなく分かる。──理解してくれる同級生が、いないのだ。
俺は美月を理解するために、色々調べ、様々なことを知った。だがそれは『身近な人』のためにしたこと。他人のためにそこまでできる奴なんて、滅多にいないだろう。
「なぁ、美月」
「なに?」
「この学校の雰囲気は、どうだった?」
だから俺は、そう質問した。
ある言葉へと、持っていくために。
「場所と広さが違うだけで、私が通ってる高校と、何も変わらないよ」
「ふっふっふ、本当にそうかな?」
「……なにが言いたいの」
ありゃ、また少し怒っちゃった。
「文学部には立ち寄ったか?」
「ううん、行ってない。なんか有名な人が来てたみたいで、人がたくさんいたから」
「そ、そうか」
今度は、少し落ち込んじゃった。
人が苦手な点は、そう簡単には治らないよな。でも──文化祭に来れたんだから、よくなってきてるのかも。
「文学部が、どうかしたの?」
「ああ、その部活に俺のダチがいるんだけどな。そいつ、結構可愛くてな」
「……彼女、できたの?」
「違うよ。『ダチ』って言っただろ?」
優しく、できるだけ言葉を丸めて、美月へ伝える。
「食べ方も歩き方も、何か言うときも、ペンの持ち方も──仕草一つ一つが、どの女子よりもかわいいんだよ」
「よくできた女の子だね。お嬢様なの?」
「いや、男子だ」
「──!」
『男子』ってのは適切な言葉じゃねぇだろうけど、説明のためには必要な言葉。今回は使わせてもらう。
「もちろん、ただの女々しい男子ってわけじゃねぇ。──この言葉の意味、分かったか?」
「う、うん」
「じゃ、ここからが本題だ」
少し戸惑っている美月に、ずっと考えていたことを伝える。
「この学校に、転入してみないか?」
◆
30秒ほど考えた後、美月は──答えた。
「転入、したい」
「──分かった。それじゃあ、それに向けて色々準備しないとな。父さんと母さんにも伝えないと」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな簡単に転校できるわけ──」
「ああ、それなら心配いらないよ」
さっきも言ったように、俺は色々調べたんだから。
「美月が通っている学校とこの学校、それほど偏差値変わらないし。ちょっとした試験に合格すれば、転入できるよ。それに──お前の身体面について伝えれば、割とスムーズにできるらしい」
「身体面──」
やっぱり、その言葉に反応したか。
小さいころからそのせいで辛い思いをしていたんだから、仕方ないか──
「で、でも」
「ん?」
「頑張って、この学校に入りたい。この学校で──楽しく過ごしたい。そのためなら、私の身体のこと、伝えてもいいかも、って」
精一杯の勇気を出して、震える声で、そう言ってくれた。
「──そっか。ごめんな、俺のわがままに付き合わせちゃって」
「ううん、私のこと、考えてくれてたんだもん。嬉しいに決まってる」
ぎこちないけど、今までで一番の笑顔。
美月の笑顔のためなら、頑張れる。
「いつ転入できるの?」
「学年が変わるタイミング──来年の4月が、一番スムーズにできると思う。そこらへんは父さんたちやこっちの学校と話し合わないとちゃんとは分からねぇけど。……それまで頑張れるか?」
「うん! 私、頑張る!」
久しく聞いていなかった元気な声。
──伝えてよかった。
心の底から、そう思った。
俺も学校への説明とか、父さんたちへの説得とか……美月に負けないくらい、頑張らねぇと。




