3話 デパートにて
自分には友達がいない──そう言われて、たじろがない人間はいないだろう。
そんな発言をした根原君はというと、少しだけ照れくさそうに、苦笑いをしていた。
「訊いた僕が言えたことじゃないけど……なんでそんなに明るく、『友達がいない』なんて言えるの?」
「んー」
唸りながら少し考え、根原君は口を開く。
「俺は、俺の正直な性格が嫌いじゃない──むしろ好きなんだ。この性格のせいで友達がいなくても、俺はあまり気にしないかな。『正直で何が悪い!』──なんてね。理には適ってないけどね」
そう言って、またカラッとした笑顔になる。
確かに、お世辞にも『理に適っている』なんて言えないような、我が儘な性格。
──でも。
「理に適ってはいないけど、その考え方、いいと思うよ」
これは、本心からの言葉。
言って、少しだけ悲しくなったけど、気にしない。
「おお、そう思ってくれるか! 嬉しいね、俺の性格が認められるのは」
また、照れくさそうな笑顔に戻った。
──少しだけ、だけど。
根原君の良いところ、分かってきた気がする。
だから僕は、今までの僕じゃ絶対に言わないようなことを、言い出した。
「ねえ、根原君、よかったら僕と──」
「連宮君、俺の友達になってくれ!」
「……え」
「あれ、その反応は──駄目だったりする、かな」
──むぅ、先に言われてしまった。
でも、まあ。
「ううん、いいよ。友達になろう」
「おお! よかった、今日から俺と君は友達だ!」
「そんなに喜ばなくても……」
でも、喜んでもらえたのなら、嬉しい限り。
「喜ばせてくれよ! 俺の性格を知って、それでも友達になってくれた人は連宮君、君が初めてなんだから!」
「──そう、だね」
『自分の性格──内面を知って、友達になってくれた人』。
そう言って、根原君は喜んでいるけど──それが一方的なことだって、気付いてはいないのかな。
「よし、それじゃあ俺はここで! また明後日、学校で!」
「あ、ここで別れるんだね。うん、また明後日」
うん、気付いてはいない──。
「ああ、そうだ」
「ん?」
歩き始めた根原君が、振り返り、僕の目を真っ直ぐに見て、口を開く。
「連宮君のことも、追い追い教えてくれると、嬉しいよ。──それじゃあね!」
そう言うと、今度こそ、根原君は彼の家へと歩き出した。
それにしても──気付いてたんだ、僕の内面を話していない、ってこと。
──やっぱり、根原君は不思議な人だ。
さて、僕も帰ろう。
◆◆◆
翌日、日曜日。
僕は、駅前のデパートの紳士服売り場に来ていた。
スーツなどではなく、普段着として着られるようなカジュアルな服が飾ってある場所だけど。
「うーん……」
かわいいのがない。紳士服売り場なんだから当たり前なんだけど、やっぱりつまらない。
「──って、そうじゃなくて」
紳士服売り場になんで来たのか、忘れるところだった。
今日は、男っぽい服を探しに来たんだ。
高校生になったんだから、いい加減、男らしくしないと浮いてしまいそうだし。
「あ、これかわいい……!」
──それでもやっぱり、少し可愛い感じのを手に取ってしまう自分がいた。
見つけたのは、猫のイラストが胸ポケットのところに小さく印刷されている、薄紫色のTシャツ。
サイズもちょうどいいし、買おうかな、と考えていると、僕の近くで足音がした。
僕がいる通路の服を見たいのかも、と思ったから少し避けたけど──一つ隣の通路だった。
(……あれ?)
一つ隣で服を選んでいる人、ショートカットで黒縁眼鏡をかけた──女の人?
いや、でもここ、紳士服売り場だよね。
(……気になる)
地面に置いていた買い物かごを持って、その中にさっきのTシャツと、隣に置いてあった英語がプリントされた緑色のTシャツを入れる。
あとから入れたTシャツは、なんとなく選んだもの。そんなに気に入ってはいないけど、それなりに『男っぽい』から選んだ。
レジに向かう途中に、チラッと、一つ隣の通路で服を選んでいる女の人を見てみる。
「──これは、男っぽくないな」
呟きながら、紺色や茶色のポロシャツを手に取り、選んでいた。
長袖のポロシャツに、少し大きめのジーパン、靴は白地ベースに青色の線で装飾してある運動靴、そして帽子をかぶっている。
男っぽい服装だけど──男物の服の方が好きなのかな。
あまり見過ぎるとばれると思い、すぐにレジに向かった。
◆
会計を済ませ、エスカレーターに乗る直前、近くのマネキンが目に入った。
──正確には、マネキンが身に着けている、女性物の下着が目に入ったのだけど。
(……もしかして、あの人も──)
さっき見た、紳士服売り場で買い物をしていた女の人も、もしかしたら──僕と同じ、なのかな。
僕の勝手な勘違いかもしれないから、声をかけたりはしないけど。
もしも違ったら、色々ややこしくなりそうだし。
(──ま、いいか)
あまり他人のことを気にしてもしょうがない。
早く家に帰って、明日の用意をしなくちゃ。
◆◆◆
月曜日。
かなり早めに家を出たので、当然、かなり早めに学校に着いてしまった。
『みかみん、おはよー!』
『おはよ、高波さん。今日も早いね』
『そっちも!』
──という、中身のない会話を校門でしている女子二人組を横目に、ゆっくり歩いて教室へ向かう。
一人はロング、もう一人はショートカットで黒縁の眼鏡をかけている。
(──え?)
ショートカットで、黒縁眼鏡をかけている──って、まさか!
気付かれないように、僕の少し後ろを歩く女子二人組を見てみる。
──うん、やっぱりそうだ。
昨日、紳士服売り場でポロシャツを選んでいた、あの女の人だ。
今日は学校だから、制服のスカートを着ているけど、間違いない。
声、かけるべきかな。
(──いや、やめておこう)
先輩かもしれないし、面倒事には巻き込まれたくないし。
さ、早く教室に行こうっと。
◆
(同じクラスだったのか……)
校門で見かけた女子は、2人とも同じクラスの生徒だった。
僕の席は、廊下側から数えて3列目の一番後ろ。
で、昨日見かけた女子は、5列目の一番後ろ。
その女の人と一緒にいた女子は、僕の一つ前の席。
──話しに行きなさい、って言われてるみたいじゃないか。
ちなみに、かなり早く着いた僕よりもなぜか早く来ていた根原君は、4列目の一番後ろ。つまり僕の左隣の席。
根原君が隣の席だったという事実にも、『連宮』と『根原』という苗字の間に6人も違う苗字の人がいたことにも驚いたけど、今はそれは置いといて。
とにかく、2つ左隣に座っている、あの女子に話しかけたい。
──でも、今は教室に10人ほどの生徒がいる。
変な噂を流されたら嫌だから、人が少なくなったら話しかけてみよう。
◆◆◆
『明日は学年全体のレクリエーションがあるから、体操服を忘れないように。それじゃ、また明日』
──話しかけられないまま、放課後になってしまった。
仕方ない。同じクラスだし、機会があったら話しかけよう、くらいに思っておこう。
「連宮君、このあと用事ある?」
「ううん、ないよ。一緒に帰る?」
「ああ、そうしよう」
まだ教科書などが入っていない、軽い鞄を肩に掛けて、根原君に続いて教室を出る。
◆
「それじゃ、また明日!」
「うん、また明日」
駅から少し歩いたところの分かれ道で根原君と別れ、再び僕の家まで歩き出そうとした瞬間、気になるものが目に入った。
(あれって……三上さんと、高波さん?)
今日の授業で行った『自己紹介ゲーム』という名の自己アピールの時間に、名前を知った2人──三上愛香さんと、高波佳奈美さん。
今朝校門で見かけた2人のこと。三上さんがショートカットの方で、高波さんがロングの方。
──チャンスだ。
ここで話しかけないと、もう一生話せないような気がしてきたので、話しかけることにする。