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夢見少年物語  作者: イノタックス
5章 文化祭

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29/81

29話 五十嵐浩一郎

翌日日曜日、午前11時。文化祭2日目。


「A班のみんな、お疲れー! 交代の時間だよー」


高波さんの声で、昨日同様、エプロンを外しながら『疲れた~』と言い合うみんな。

確かに疲れた。日曜日だからか、昨日よりたくさんの人が来てくれた。嬉しいことなんだけど、やっぱり疲れる。接客業の大変さが、身に染みてわかった。


「連宮君、準備できた?」

「うん、三上さん。よし、部室に行こっか!」


今日は正午から文芸誌を配ることになっているから、その点を考慮してもらい、三上さんもA班になったのだった。

エプロンをササッと畳み、僕は根原君に、三上さんは高波さんに渡して、教室を出る。


◆◆◆


「看板はこっち……っと。部長、看板とプラカード、片付け終わりました」


午後1時半。予定通りほとんどの文芸誌を配り終えたので、一旦終了。

この後、午後2時から『小説の書き方講座』というのをやるから、少し休憩する。


「おつかれ~、連宮君。三上さんも、プラカード係おつかれ~」

「お疲れさまでした、部長!」


元気に返す、三上さん。今日は昨日ほど日差しは強くなかったから、三上さんの体調も心配いらなそう。


「いやぁ、助かったよー。後輩がいると、作業が分担出来ていいねぇ。ああ、やっと休憩できる」

「部長、言うほど疲れてないですよね」


パイプ椅子に座り、長机にべたーっと突っ伏している部長に、安喰先輩が声をかける。


「何を言うかね安喰君、あたしだって頑張ったよ? 指示を出したり、部室の前で呼びかけをしたり、文芸誌を配ったり。ずっと座ったままの作業ってのも、意外と疲れるものなんだよ~?」

「俺も同じ作業をしていたと思うんですが……」


安喰先輩の一言に部長は『はぁ……』とため息を一つした後、頬を膨らませ、諭すような口調で伝える。

あれ、もしかして。


「そんなだから、彼女の一人もできないんだよー?」

「な──っ! ……部長には関係ないでしょ」

「ま、そうだね。あたしには一切関係ないかもねー」

「そ……うですよ、そうです。部長には関係ないです」


やっぱり、いつもの口喧嘩が始まった。

部長が一方的に攻めている感じだけど、一応言い返しているから、これも口喧嘩でいいよね?


「安喰君かっこいいんだから、彼女の一人くらいすぐにできると思うんだけどなぁ」

「かっこいい!? ──って、何を言ってるんですか部長っ!」

「あ、そっちに反応するのね……」


部長の一言で、変な箇所に反応してしまったのだと気付く安喰先輩。見る見るうちに、頬が紅潮していく。


「へ? ……あ、いや、その」

「照れなくてもいいのよ~? まあでも、そういう反応は一番好きな人だけにしなよー。勘違いしちゃう女の子もいるかもしれないんだからさ」

「は、はいぃ……」


安喰先輩、俯いて泣きそうなので、そろそろやめてさしあげてー、部長。

巻き込まれそうなので、口は出さないけど。


「橋崎ぃ、そろそろやめてやれー」

「へ? あっ、五十嵐さん! 今日も来られてたんですね。……なんで文学部に?」


僕らの後ろの扉が開き、昨日も会った大柄な男性──五十嵐浩一郎さんが入ってくる。

今日は昨日と違い、紺色のスーツに紫のネクタイ、といったきちんとした服装。嬉しくて話しかけちゃったけど──なんで?


「部長! お久しぶりですー!」

「お久しぶりです、部長。──お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「二人とも、久しぶり。ってか、今の部長は橋崎だろう?」

「あ、そうでした!」


部長や安喰先輩が、五十嵐さんのことを『部長』って呼んでるんだけど、これもしかして──。


「まさか、先代部長!?」

「そうだよ、連宮君。驚いてもらいたくて、君には黙っていたんだ。いやぁ、驚いた顔が見れて大満足さ! あっはっは!」

「そりゃ驚きますよ……」


はぁ、本当にびっくりした。

──今来たということは、もしかして。


「この後の講座、講師として出てくださるんですか!?」

「そうだよー。これでも一応、小説家と作詞家をやってるからね。色々教えるつもりだから、君たちも見ていてくれよ」

「はい! 小説家さんだったんですね」


──ところで。

僕の右隣でずっと無言のまま、五十嵐さんを見つめている三上さんは、どうしたのだろう。

僕の視線に気づいたようで、部室後方の床に置いていたカバンへ小走りで向かい、表紙が緑色の小さめのノートを取り出して、素早く戻ってくる三上さん。

取ってきたノートと油性ペンを五十嵐さんに差し出して、一言。


「サインいただけますか!」


……五十嵐さんって、すごく有名な小説家さんだったりする?


「いいよー。表紙の真ん中でいいかい?」

「はい! 一生大事にします!」

「あっはっは、大げさだなぁ。でもよかったのかい? 色紙とかじゃなくて」


優しく微笑む五十嵐さん。サービス精神旺盛だなぁ。

五十嵐さんの問いに、ノートの中身を見せながら、三上さんは答える。


「大丈夫です! これ、五十嵐さんの記事をまとめているノートなので!」

「おぉ! これは一番最初に受けたインタビューの記事じゃないか。新しいのもちゃんとあるし、嬉しいねぇ」


三上さん、五十嵐さんの大ファンだった!


「君の名前、訊いてもいいかい?」

「あ、はい! 三上愛香といいます!」

「三上さん、ね。……ほい、できたよ」

「わぁ、名前まで入れてくださって……本当にありがとうございます!」


三上さんだけじゃなく、五十嵐さんもすごく嬉しそう。ファンからサインを求められたら、そりゃあ嬉しくなるよね。

三上さんのノートの表紙に書かれたサインを、ちらっと見てみる。

五十嵐さんのフルネームが、崩された字で書かれている、その右下。

少しだけ小さな字で、『三上君へ』と書かれていた。


「……あれ、なんで俺、三上『君』って書いたんだろ」


三上さんに聞こえないくらいの声で、五十嵐さんが呟く。

『あたしと違って無意識だからなー』と部長も言っているけど、一体どういうこと?


「さて、そろそろ時間だから、またお客さんを呼びに行こうか」


安喰先輩の声で、もう午後1時50分なのだと知る。


「じゃあ、また僕が先に呼びかけてきますね」

「頼んだよ、連宮君」

「はい!」


安喰先輩に送り出され、扉を開けて廊下へ出ようとして、気付く。

──いや、これは『気付く』とかのレベルじゃない。一目でわかる。


部室前の廊下には、列ができていた。

『あの五十嵐先生に会えるのか……!』とか『五十嵐先生に教えてもらえるなんて、夢のよう!』とかを話している人たち。──ここまで有名だったとは。

一瞬クラッ、としたけど、なんとか持ち直す。部室に戻り、扉を閉め、すでに列ができていたことをみんなに報告すると、五十嵐さんから一言。


「変装しないで来ちゃったからなぁ」


──有名な自覚あるのなら、サングラスくらいしてください、五十嵐さん。


結局。

30分間、五十嵐さんが(簡単に)小説の書き方を教え、10分ほど取っていた質問の時間を20分に増やしたりしながら、講座はなんとか無事に終わった。

これで、文学部の文化祭の出し物は終了。それぞれ自分のクラスに戻り、ホームルームを終えてから、ファミレスへ打ち上げに行くことになった。


そういえば、今日は部長、ずっと考え事をしているようだった。体調悪そうには見えなかったけど、どうしたのかな。

それも、ファミレスで話してくれるかな。

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