22話 夏休みの文学部
「さて、今日が締め切りだけど、小説は完成したかい?」
「はい!」
「なんとか完成しました!」
安喰先輩の問いに、僕、三上さんの順で答える。
今日は夏休み中盤の火曜日、その午前10時。文学部活動日。
今日が自作小説の締め切り日。僕たち1年生だけじゃなく、部長と安喰先輩も今日が締め切りだったらしいけど、随分前に完成させていたらしい。さすが先輩。
「じゃあ、読ませてもらうね。俺は最初は……連宮君のを読みますね」
「あたしは三上さんのを読ませてもらうわよー。厳しい目でチェックさせてもらうわね!」
「お、お願いします!」
部長の一言で、三上さんは一気に緊張したみたい。顔がこわばってる。
──もちろん、僕が書いた小説も、部長は読むんだよね。ああ、なんかこっちも緊張してきた。
「何言ってるんですか部長、どんな作品でも半分は絶賛するくせに」
「う、うるさい! 今日こそは小説の欠点をたくさん見つけてやるわよ~!」
「それはそれでどうなんですかね……」
部長は張り切って三上さんのを読み始め、それに呆れつつ安喰先輩も僕が書いた小説を読み始めた。
◆
「……うん」
──と、部長。
今は僕の小説を読んでいる。
「……ふむ」
──と、安喰先輩。
今は三上さんの小説を読んでいる。
二人とも椅子に座り、机に読み終えた原稿用紙を黙々と置いていく。
とても静かで、厳かさすら感じさせる、そんな空間。
なんというか──すごく、ドキドキする。
最初は『日記を見られる恥ずかしさ』みたいなものがあったけど、二人が真剣に僕たちの小説を読んでいる姿を見て、そんな感情は消え去っていた。
一文字一文字、とても大事に読んでくれている──そんな印象。
僕も三上さんも、手が痛くなるくらい──具体的には原稿用紙50枚くらい書いた。だから読む方も大変だろうに、それを一切顔に出さないあたり、先輩たちは本当に小説が好きなんだろうな、と思う。
──なんてことを考えながらボーっと眺めていると、安喰先輩の声が聞こえてきた。
「うん、中々いいんじゃないかい?」
「ほ、本当ですか!?」
三上さん、すごく安心している。
「安喰君と同意見。初めて書いたにしては、結構読みやすかったし。誤字脱字も少なかったわ。二つとも、内容良かったし」
「ありがとうございます、部長」
──うん、褒められるのって、やっぱり嬉しい。
「とはいえ一応、訂正もさせてもらうよ。書いている自分では分からないことも、他の人が読むと出てくるものだからね」
「は、はい!」
安喰先輩の言葉で急に緊張して、声が裏返ってしまった。
うぅ、ドキドキする。
「まずは連宮君の作品から。全体的には読みやすかったよ。だけど、展開が少し遅くて、読みにくい箇所もあった。『別の種族が恋に落ちる』っていうテーマだからなんだろうけど、種族についての説明が長かったからね。読むときのテンポも考えると、もっといい作品になると思うよ」
「あたしもそこ気になったー。けどあたしがもっと気になったのは、『口調』ね」
「口調、ですか?」
口調──悩んだ末に、ちょっとオーバーな感じにしたところ、ダメだったかな。
「逆よ、逆。主人公とヒロインはどっちも『普通』な存在だから、そこはいいの。問題はその他の人。よく読めば分かるけど、パッと読んだだけじゃ分からないくらいには結構、全員モブ化しちゃってるわ。これは『小説』──作り物なんだから、遠慮せずに派手な口調を使っちゃいなさい。そうすればきっと、もっといい作品になると思うわよ!」
「は、はい! 分かりました!」
──凄い。
僕が悩んでいた『口調』についての解決法、執筆初心者の僕にも分かりやすいように、具体的に出してくれた。
よし、部長と安喰先輩の意見を取り入れて、もっといい作品にしよう。
「次は三上さんの小説だね。話の進み方や、キャラの差別化はすごく上手くいっていたね。『口調』を上手く使ったというよりは、会話の前後の文章で分かりやすくしていた感じ。だけどその反面、背景描写があまり上手にはできていなかったかな」
「な、なるほど……!」
目から鱗な三上さん。
書いているときに少しだけ、三上さんの小説も読ませてもらったけど……正直全然、気にならなかった。
僕も背景描写、気をつけなくちゃ。
「安喰君の言うとおりね。背景描写がないと、簡単なことだけど──今、主人公がどこにいるのか、ヒロインはどこから登場してきたのか、今は何時ごろで、明るいのか暗いのか──『作者なら当たり前に分かること』が読み手には伝わらない、ってことに繋がっちゃうから、気を付けてね」
「はい、ありがとうございます!」
『作者には当たり前に分かること』、僕もあまり書いていなかったかも。
色々気を付けて、もっといい小説にしなくちゃ。
「訂正する点はこれくらいかな。部長、他に何かありますか?」
「ううん、今日はこのくらいね。二人とも、さっき言ったこと、ちゃんと覚えておくのよ。そうすればきっと、私のような小説が書けるように──」
「部長、連宮君も三上さんも、そこまでは望んでいないと思いますよ」
まあ、部長みたいな作品が書けるのは、部長だけだろうし。
「少年よ、大志を抱かずして何を抱くというのだね!」
「そういう意味ではなく、部長の小説の書き方は難しすぎて、という意味ですよ」
「そっちなの!?」
「分かっていなかったんですか!?」
とても自然に、ボケとツッコミが繰り広げられる。
部長はボケているつもりはないのだろうけど。
「では、僕たちはこれで……」
「自分も、失礼しますー!」
「ああ、お二人さん、また明後日!」
明日は水曜日で文学部は休みだから、『また明後日』。
「また明後日ね! ──で、あたしの作品をどう思っているのか、聞かせてくれるかしら、安喰君」
「ちょ、怖いんですけど!?」
口喧嘩に発展しそうだったので、僕たちは素早く部室を出て、生徒用玄関へと向かった。
◆◆◆
「さて、安喰君」
「なんですかぁ、もう謝ったじゃないですかぁ」
「いや、その話題はもう飽きたから、今は違う話題よ」
「飽きるスピード、速すぎやしませんかね」
呆れつつの笑顔で、あたしの目を見る安喰君。
──ふふっ、やはり可愛いな、こいつ。
「どうしたんですか、急に笑顔になって」
「なんでもないよ。安喰君、──二人の小説を読んでみて、どう思った?」
「面白かった、みたいな感想を言えばいいんですか?」
「思ったままに、言ってくれればいいよ」
目を瞑り少し悩んで数秒。
答えを見つけたように、瞼をすぅっと持ち上げ、安喰君は話す。
「独特な感性を持っているのかな、と思いました」
「二人とも?」
「はい。連宮君は男性にはない感性を、三上さんは女性にはない感性を、それぞれ持っているな、と」
「──なるほどね」
確かに以前安喰君は、『男性の書く小説と、女性の書く小説って、やっぱり違いますね』なんてことを口にしていた。
僅かな違いが分かるあたり、この子にも執筆の能力がしっかりあるようだ、なんて思ったのを憶えている。
まさか、それがここで役に立つとは。
「あの二人なら、すごい小説を書けるはずです! 今よりももっと、すごいものを!」
「──ああ、やはりそこまでか」
「はい?」
「いや、なんでもない」
──そこまで。
安喰君はやはり、あの二人が『逆』であることを見抜くまでの目は持っていないらしい。
普通の人間は持っていないのだろうけど。
「さて、あたしたちも帰る準備をしようか。──そうだ、帰りに本屋に寄って行かないか?」
「本屋ですか? いいですけど、また唐突ですね」
──影響されたんだよ、と前置きをして。
「あの二人には負けられない。あたしたちももっと素晴らしい話を生み出さなければ!」
「ははっ、部長らしいですね。──ええ、情報収集、俺も付き合いますよ!」
「そう言ってくれると思ったよ! よし、今日は大量に本を買うぞー!」
「俺も買いますよー!」
叫びながら、あたしたちは文学部部室を後にした。
先輩として、あの二人よりもすごいものを書かなければ。
そう心に誓った、夏休み中盤の火曜日であった。




