20話 高波家3人と
現在時刻、午前11時半。
僕は、ショッピングセンターの中の、イタリア料理店の前に立っていた。
「こんなに食べられるかしら」
「食べられなかったら私が食べるよ!」
「佳奈美はよく食べるなぁ。ピザも頼むかい?」
「え、いいの!?」
──なぜか、高波さんと、その両親も一緒に。
僕が一人で昼食を取るつもりだと知って、高波さんとその両親が『一緒に食べよう!』と強く言ってきたのだ。
謎の必死さに押されて、断れずに今に至る。
「あの、やっぱり僕は一人で……」
「パスタ、好きじゃなかったかい?」
「いえいえ! 好きなんですが、そういうことではなくて」
高波さんのお父さんが、心配そうに僕のことを見てくる。
ああ、断れない……!
「遠慮しなくていいんだよ、連宮君」
「そうだよつれみー! 友達と一緒に食べたほうが美味しいし、一緒に食べようよ!」
「佳奈美もこう言ってることだし、一緒に食べましょう、連宮君?」
「は、はい……」
高波家3人から言われたら、さすがに断れない。
仕方ない、一緒に昼食を取ることにしよう。
高波さんがいてくれれば、僕の秘密を知らない人といても、心を強く保てる。
──高波さんの両親なら、変なことは言われないだろうけど。
◆◆◆
お店に入って、料理を注文してから、10分後。
「「「いただきまーす!」」」
「い、いただきます」
料理が来るまでの10分間に、自分の分のお金は自分で払う、と言ったのだけど、高波さんのお父さんに止められた。
『こういうのは大人が出すものだよ』と言われたのだけど……申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。
高波さんの友達には違いないけど、今日始めて会った他人に料理を奢るものなのかな、普通。
──あ、ボンゴレ美味しい。
「連宮君、食べ方がすごく綺麗ね」
「そ、そうでしょうか」
高波さんのお母さんが褒めてくれた。少し嬉しい。
「ええ。……佳奈美の言うとおり、きちんとしているのね」
「でしょ! 私の見る目は確かだもん!」
「佳奈美も見習わなければならないところ、あるんじゃないのかい?」
高波さんのお父さんが、意地悪そうな笑みで高波さんにそう言う。
「うぐ……! わ、分かってるもん! つれみーの真面目なところとか、吸収してますもん!」
頬を膨らませて、ぷんぷん、と怒ってみせる高波さん。女の子らしくて可愛い。
「悪い悪い、冗談だよ。連宮君が思っていたよりもいい子だったから、つい言ってみただけさ」
「……じゃあ、デザートをつけてくれたら許してあげる!」
「おっと、口は災いの元、だな!」
あっはっは、と楽しげに笑う、高波家3人。
きっと、家でもこんな風に笑っているのだろう。
いい家庭だな、と思いつつ。
──少し、違和感を覚えていた。
高波さんの両親、さっきから僕のことを『いい子』だと思ってくれているようだけど──違和感はそこにあるのだ。
彼らは、僕のことを『いい子』だと見ているけど、『男』としては見ていないように思える。
いやまあ、男として扱われるのよりは断然嬉しいのだけど、不思議でならない。
もしかして。
──僕の内面が『女』だってこと、知ってるのだろうか。
「ある程度食べ終わったら、デザート頼もうか」
「やった! お父さん大好きー!」
「デザートだけでそう言ってくれるなら、安いものだな! あっはっは!」
──いや、考え過ぎかな。
思考のループに陥る前に、考えるのをストップする。
さて、僕もパスタを食べよう。
◆
食べ始めてから、10分ほどが経過。
各々のタイミングで、途中で来たピザも食べ始めた。
「つれみー、ピザも美味しいよ!」
言葉を発する時間も惜しいと言わんばかりに、モグモグとピザを食べる高波さん。
ピザの名前は確か、えっと……クアトロフォルマッジ、だっけ。
チーズたっぷりで、メープルシロップをかけて食べるやつ。
初めて食べたのだけど、チーズとメープルシロップが良い具合にマッチして、とても美味しい。
──それにしても。
「食べるペース早いね、高波さん」
この4人の中で、誰よりも圧倒的に早く、多く食べていた。
それも、とても幸せそうに。
「美味しいものを食べるときは、自然と早くなるものだよ!」
「あはは、確かにそうだね」
──友達と一緒に食べるご飯が美味しいのは、間違いない。
高波さんの言うとおりだった。
◆◆◆
追加注文のデザートも食べ終え、お会計も済んで、今はショッピングセンターを出て駐車場に向かって歩いている。
──当然のように、そこには僕も加わっている。
加えられた、と言うべきなのだろうか。
◆◆
「あの、僕はバスで帰るので……」
「どうせだし、家まで送っていくよ?」
「いえ、そこまでしていただかなくても……」
──2秒後。
「つれみーと一緒の方が楽しいから、つれみーも一緒に帰ろう?」
──と高波さん。
「1人で帰るなんて寂しいこと言わないで、一緒に帰りましょう?」
──と高波さんのお母さん。
「連宮君がいてくれた方が佳奈美も楽しいだろうから、一緒に帰らないかい?」
──と高波さんのお父さん。
◆◆
高波家3人に同時にそう言われたので、断ることなんかできなかった。
昼食に誘ってもらった時にも感じたのだけど、どこか必死さがあるのはなぜなんだろう。
「美味しかったわねぇ」
「うん! また来ようね!」
「そうだね、また来ようか。随分気に入ったみたいだね、佳奈美」
「すごく美味しかったんだもん!」
──という僕の思考をよそに、さっきのイタリア料理店の話題で持ちきりな、僕の前を歩く3人。
そんな会話の端々の、具体的には──口調や呼吸の仕方に(僕からすれば)かなりの違和感を覚える。
考えすぎだと思うようにしていたけど、そろそろ限界だろう。
そんな思考を抱えたまま、結局。
「連宮君は後ろの、佳奈美の隣に座ってくれるかい?」
「は、はい……」
「シートベルトも……大丈夫だね。よし、出発!」
『気を遣ってくれているんですか?』なんて訊けずに、高波さんのお父さんの運転する車は、ショッピングセンターの駐車場から出発してしまったのだった。




