2話 根原悟
『奏太ぁ、起きてるー?』
──朝。
『ご飯出来たよー!』
「はーい」
そこそこ最悪な朝。
とりあえず、起きよう。
◆◆◆
『君、もしかして……』
昨日は結局、そこまでの言葉で怖くなって、走って家まで帰ってきた。
逃げてきた、と言った方が近いかもしれない。
根原君──あの人のことは、どうも好きになれなさそう。
「奏太、友達できた?」
食卓で、一緒に朝ごはんを食べているお母さんに訊かれる。
お父さんは仕事、妹の真菜は中学の部活、にそれぞれ行っている。
「うん、みんな面白くて、楽しいんだよ」
お母さんの問いをお得意の嘘であしらって、また彼のことを思い出す。
(なんで僕の嘘、ばれたんだろ……)
今まで誰にもばれたことのない、僕を守る嘘。
いつから嘘を吐き始めたかなんて、憶えていない。
多分、ずっと小さいころから、僕と一緒にいたんだ。
(学校、どうしよう……)
今日と明日は休日だけど、明後日は月曜日、当然学校はある。
まあ、行くという選択肢しかないんだけど。
「ごちそうさま」
食器を流しに置いて、2階の僕の部屋へと向かう。
月曜日は──彼がいないことを願いつつ、向かおう。
◆◆◆
「……ん?」
午前11時50分、配布された『自己紹介カード』を記入し終え、お腹が空いていることに気が付いたので、1階でお昼ご飯にしようと思い、部屋から出たのだけど。
『~~~~、~~~~』
1階、おそらく玄関の方から、話し声が聞こえる。
面倒だから、行かないほうがいいかな……と気楽に考えて、聞き耳を立てる。
母さんと──誰だろう、男の人の声。セールスとかかな。
『ええ、連宮君の友達になりました、根原悟といいます』
──よし、1階に降りて家から追い出そう。
僕の精神的休息に必要なことだ。
◆
「あ、奏太、お友達が来てくれたわよ」
「連宮君!おはよう、昨日ぶりだね」
「……あの、……うん」
水色のポロシャツにカーキ色のチノパンという、すごく爽やかな服装の──来てほしくない人が来ていた。
なんで根原君、こんなにテンション高いのだろう。
「上がってもらってもいい?」
「ああいえ、大丈夫で」
「大丈夫だよお母さん、根原君と出かけてくるから」
お母さんの前で根原君を家から追い出すのは、色々と面倒くさくなりそうだったので、『出かける』と嘘を吐くことにした。
根原君はと言うと、昨日と同じ、カラっとした笑顔で僕を見てくる。
「準備してくるから、外で待っててくれる? ……外で、待っててね」
「了解!それじゃあ、お邪魔しました!」
「いえいえ、何のお構いもできなくてすみませんねぇ。元気でいいわねぇ」
根原君が家から出て行ったのを確認してから、2階へ上がる。
適当な用事で、途中で根原君と別れて、コンビニでも寄ってくるかな。
◆◆◆
「おまたせ、根原君」
「お、連宮君!」
根原君は、玄関前の駐車場で待っていた。
相も変わらず、僕には眩しすぎる笑顔。
一体何を考えているのだろう。
「それじゃあ連宮君、出発しよっか」
「へ?」
出発って、え、どういうこと?
「君が言ったんじゃないか、『根原君と出かけてくる』って」
「そ、それはそうだけど……」
迂闊なことを言うべきじゃないな、と猛反省。
「でも、出かけるって……どこに」
「駅まで歩いて、適当にどこかの店で買い物、の予定」
『出かける』なんて嘘を言った手前、断ることはできないんだろうけど……それにしても大雑把すぎないかな、そのスケジュールは。
「それじゃあ早速向かおう!」
「う、うん……」
まあ、行くしかないよね。
──気が重くなってきた。
◆◆◆
僕の家から駅まで、歩きで向かっている最中。
疑問に思っていたことを根原君に訊いておく。
「なんで僕の家の場所、分かったの?」
昨日は走って帰ったから、根原君は僕の家の場所、知らないはずなのに。
「簡単な話だよ。君の家は『駅から少し歩いたところ』だってことが、昨日の話で分かったからね。駅から徒歩15分以内で着く範囲の家の表札を、チェックしていっただけさ」
「──……え?」
この人今、とんでもないことをさらっと言ったような。
とても信じたくないような、行動力。
「なんてね、冗談だよ。本当は昨日、君の後を追っていったのさ」
「……昨日は僕、走って帰ったはずなんだけど」
「自己紹介の時に言ったんだけど、俺、ランニングが趣味なんだよ」
うわぁ。もっと信じたくない文章が、根原君の口から発せられた。
「でも、なんで僕の後を──」
「お、ゲーセン見えてきたよ!」
──はぐらかされた、のかな。
◆
ゲームセンターの入り口にて。
根原君は先に自動ドアから、中に入ってしまった。
大音量のゲーム音が、これでもかと僕の耳を攻撃してくる。
「どうしたの、入らないの?」
僕が入らないのを不思議に思ったのか、ゲームセンターの中から出てきて、そう訊いてくる根原君。
「あの、……大きい音が苦手で」
僕は、ゲームセンターというものが苦手だったりする。
ゲーム自体は人並みに好きなんだけど、ゲームセンターの、いくつものゲームが奏でる地獄のような音は、何回聞いても堪えられない。
音楽を大きめの音で聴くのは好きだから、『大きい音が苦手』というのは、まあ、嘘だけど。
「……ゲーセン、そんなに好きじゃなかったりする?」
そんな些細な嘘さえも、早々に見破られたようです。泣きたい。
この人には、嘘が通じないのかな。
「えっと……その、苦手、かな」
「そうだったの? それじゃあ、駅前でもぶらついてみよっか」
そう言って根原君は、駅前へと歩き出した。
──正直、ここで根原君とはお別れといきたいんだけど、そうはいかないんだろうな。ホント、泣きたい。
◆◆◆
「あー、楽しかった!」
「そ、そう……?」
そこまで爽やかに『楽しかった』と言うほどのことは、していないと思う。
あの後、根原君の希望で駅前の小物屋に寄って、根原君はお箸を数膳、僕はネコのキーホルダーを購入した。
なんでお箸を買ったのか訊いてみたのだけど、『ピンと来たから!』というよく分からない答えだった。不思議な人だ。
今は、買い物を終え、帰っている最中。
途中までは同じ道らしく、僕の横では根原君が笑顔で歩いている。
「──あのさ、昨日のことなんだけど……」
「え?」
唐突に、根原君が話し始めた。
って、まさか昨日のことって──。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃったかな」
「──少し」
本当は、そこそこ。
「──連宮君は、優しいんだね」
「優しい?」
「うん、すごく。だって俺、昨日、すごく失礼なことを言ったんだよ?」
あ、自覚はあったんだ。なんか安心。
「気になった人には勢いだけで踏み込んで行っちゃう性格だから、あとから反省したりするんだ……。連宮君の場合は、特に気になった。自己紹介の時に、『なんで嘘を吐き続けてるんだろ』って」
やっぱり根原君、嘘を見破れるのかな。
「根原君は、嘘は嫌い?」
「場合による。連宮君の嘘は──嫌いじゃない。『守っている嘘』だから」
「……そんなことまで分かるんだね」
凄いなぁ、根原君。
でも、その性格じゃ、きっと──。
「根原君、ちょっと──ううん、かなり失礼なことを訊いてもいい?」
「ん? 大丈夫だよ。正直なのは嫌いじゃない」
──ここまで『正直』にこだわる理由も聞きたいけど、それよりも。
「根原君、友達少ないんじゃない?」
嫌味じゃなく、本心から気になったので、訊いておく。
普通の人だったら怒るような質問。どんな反応が返ってくるだろう。
「よく分かったね! うん、いないよ」
感心された。本当に、不思議な人だ──って、え、『いない』?
「い、いない、って、どういう……」
「そのままの意味だよ。俺の性格のおかげで、友達はいないんだよ」
「そ、そう……なんだ」
──なんと返すのが正解なのか、僕にはとても分からなかった。