19話 ショッピングセンターへ
初めて友だちができた4月、根原君に僕の秘密を話した5月が終わり、6月に入ると──だいぶ落ち着いてきた。
高校の授業にもだいぶ慣れたし、部活も毎回出られている。
去年までの僕では、全く考えられなかったことだ。
時々ある抜き打ちテストや体育の授業は大変だったけど、抜き打ちテストは結果が返ってくるのが楽しみだったし、体育は根原君がペアになってくれたから、ほとんど苦痛に感じずに授業に出られた。
そんな6月も過ぎ、季節は夏へと変わる。
夏といえば、そう、夏休み。
今日は、その初日だ。
◆◆◆
7月中盤の土曜日、夏休み初日。文学部は休み。
僕の家から10分ほど歩き、駅に到着。
そこのバス乗り場で、目的地のバスを探す。
「えっと……あ、あれだ」
バス停の看板に、郊外のショッピングセンターの名前が書かれているのを見つけ、そこまで行って並ぶ。
すでに何人か並んでいた。休日だし、夏休み初日だから、ショッピングセンターも混んでいるかも。
少し待ち、バス停に来たバスに乗る。
時刻は午前10時。ショッピングセンターで買い物をするついでに、お昼ごはんも食べてくる予定だ。
◆◆◆
バスに乗ったのは十数人だったので、僕も席に座ることができた。
しかも、バスの右側の、前向きの席。
車酔いするほうじゃないから横向きでもいいのだけど、やっぱり前向きの席のほうが好きだ。
バスに揺られながら、右側の窓をボヤーッと眺めていると、見覚えのある看板が目に入った。
明るいピンク色の看板に、黒で文字が書かれている。
──僕が通っていた、保育園の看板だ。
いつもなら目を逸らすのだけど、今日は──保育園の建物まで、見つめていた。
◆◆
あの場所には、卒園してから1回も行っていない。
いじめられたから、みたいな理由はないのだけど、嫌な思いで通っていたからだ。
絶対に他の人にいじめられないように、僕は小さい頃から『秘密』を言わずに来たのだ。
小学校の時に先生に言ってしまったのは、そんな保育園の生活が辛かったから、というのが一番の理由だ。
薄いピンク色の外壁や、窓の場所、園庭に植えられている木も、あの頃のままだ。
門のそばに置かれた、この時期に使っている組み立て式のプールの色だって、記憶通り。
通っていた記憶はきちんとあるのに、楽しかった記憶は一つもない。
あの頃から僕は、家の自室だけがくつろげる空間だったのだ。
そうだ、噂では、僕と同じタイミングで卒園した、同学年の人たちは同窓会を開いたらしい。
──そう、『噂』では。
別に、呼ばれたところで行かないのだけど……招待状も届けないのはさすがに薄情じゃないかな、と思ったりもする。
あの頃は、なるべく他の人と仲良くしようとしていたのに。
……仲良くできていなかったのかな?
まあ、なんでもいい。
小さい頃のあの日々は、ただの『過去』だ。
それも、振り返る必要のない類の。
──いつかちゃんと、向き合わなくちゃいけないのだろうか。
ま、その時までは考えなくていいよね。
◆◆
保育園を通り過ぎて30分ほどで、ショッピングセンターへ到着。
バスを降りると、気持ちのいい風が全身を包み込んだ。
山からそう遠くない位置だから、空気がきれいなのかな。
バス停から少し歩き、東側の自動ドアから中に入る。
入ってすぐの自販機の横にある、店内地図で目的のお店の場所を確認する。
建物は広いし、頻繁に来るわけではないから、どのお店がどこにあるのかが未だによく分からない。
エスカレーターで3階に上がった、楽器屋の横にあることが分かったので、出発する。
◆◆◆
(……どれだ?)
目的地、CDショップに到着。
早速邦楽コーナーに行き、最近知って好きになったアーティストのCDを探す。
(あ、あった……!)
か行の真ん中あたりに、最新アルバムが並べられていた。
最新といっても、3,4ヶ月くらい前に発売されたものだから、あるか不安だったのだ。
(……どうしよう)
予想以上に早く見つけることができたから、まだ時間がたっぷりある。
店内を色々と見てみよう、他にも好きなアーティストのCDがあるかもしれないし。
◆
CDショップで買い物を済まして、お店の外の通路に置かれたベンチで、少し休憩。
(買っちゃった……)
あの後、お店の中を見て回っていると、好きな洋楽アーティストの最新アルバムを発見した。
つい先日発売されて、そこそこ気になっていたから、それも買ってしまった。
CDにお金をかけるのはいいと思うから、後悔はしていない。
(11時10分、か)
スマホで時間を確認して、荷物を持ち、立ち上がる。
──と。
「つれみー?」
「え?」
後ろから、誰かに声をかけられた。
──『つれみー』って呼ばれたよね、今。
「やっぱりつれみーだ!」
「高波さん! 高波さんも来てたんだね」
「うん! そこの楽器屋で買い物してたんだ!」
「ああ、なるほど」
CDショップの横の楽器屋にいたんだ、全然気が付かなかった……。
「つれみーも買い物?」
「うん、CDを買ってたんだよ」
「ってことは、隣のお店にいたんだね! すごい偶然!」
「あはは、そうだね」
高波さん、すごく嬉しそう。
全く予期せぬところで友達と会えたから、嬉しいのだろう。
僕は最近まで、そういう経験は全く無かったけど。
友達いなかったから、仕方ないと思う。
「つれみーは1人で来たの?」
「うん。高波さんは?」
あ、もしかして、三上さんもいるのかな。
今日は文学部は休みなんだし、一緒に来ていてもおかしくはない。
「私は家族と来たんだ~」
「……え、そうなんだ」
「ああ、家族っていっても、お姉ちゃんは大学に行ってるから、両親だけ、だけどね」
「な、なるほど……」
──どうしよう。
高波さんは僕のことを理解してくれているけど、その両親も高波さんと同じように理解しているかは、全く分からない。というか理解していないだろう。
正直、会いたくはないのだけど──。
「佳奈美、お友達かい?」
「うん、つれみーだよ、前に話したでしょ?」
「ほう、この子が……」
──高波さんのお父さん、すぐに現れた。
その横には、高波さんのお母さんもいる。
仕方ない、逃げるのは諦めよう。
「こんにちは、連宮君。……でいいのかしら?」
──はい、連宮奏太です。
そんな風に、普通に返そうとしたのだけど。
「大丈夫だよ、みかみんたちはそう呼んでる」
「そうだったわね。よろしくね、連宮君」
「……?」
高波さんの言葉、お母さんの問いに対して、若干ズレていたような。
もしかして、名前じゃなくて『呼び方』を訊かれたのかな。
……なんで?
「こちらこそ、よろしくお願いします」
よく分からないまま、そう言葉を返した。




