17話 説得
ゴールデンウィーク3日め、午前10時。
「失礼します」
ノックの後、女性の返事を確認し、512号室に入る。
「こんにちは、根原君のお母さん」
「あら、あなたは昨日の……」
中に入り、ドアを閉める。
「自己紹介がまだでしたね」
背筋を伸ばし、根原君のお母さんの目をしっかりと見て。
「高波佳奈美です。今日はお話があってきました」
◆
「……それはあなた個人の意見に過ぎないわ」
「重々承知の上です。根原君がどう思っているかなんて、所詮私には分からないことですから」
根原君が寝ている横で、話は進む。
それにしても根原君、よく寝てるなぁ。それほど体力が弱まっているのだろうか。
「『学校に行かせてやって』なんて言われてもねぇ」
「根原君もきっと、行きたがっているはずです」
高校での彼の言動から、それらを察するのは容易いことだ。
「あら、悟がどう思っているのかは、あなたには分からないんじゃなかったの?」
「ええ、だからこれは、あくまで私が彼の言動から察した、憶測のようなものです。……でも、ですよ」
「『でも』何かしら」
根原君のお母さん、全く理解できていないのだろうか。──子供のことなのに。
「根原君のお母さん、あなたがご自分の息子のことを理解している『と思っている』ように、私も彼のことを、少しですが理解できていると思っています。でも、私たちの意見は食い違っている」
「結論を言ってもらえるかしら」
「根原君の意見も聞いてはどうでしょうか」
第三者の意見が食い違っているのなら、本人に聞くのが一番早く、確実だろう。
──と、思ったのだけど。
「あのね、悟は今大変な状態なのよ? あなたの思い過ごしに付き合わせている時間はないの」
「本人の意見を聞かずに、そんな大事なことを決めるつもりなんですか?」
「──っ! 私はこの子の母親なのよ! あなたに何が分かるっていうの!?」
──やば、怒らせちゃった。
仕方ない、今日のところは退散するか。
「では、私はこれで──」
今にも襲いかかって来そうな根原君のお母さんから逃げるように、ドアの方を向いた瞬間。
──ドアをノックする音が聞こえた。
◆◆◆
午前10時15分。
昨日決めたとおり、僕は三上さんと高波さんには内緒で、病院にお見舞いに来ていた。
受付を済ませ、1階でエレベーターを待っていたのだけど。
「あれ、連宮君?」
「……え、三上さん?」
なぜか、三上さんがそこにいた。
◆
エレベーターを出て、512号室目指して廊下を歩く。
「同じことを考えてたみたいだね」
「あはは……まさか三上さんもいるなんてね」
三上さんも、一人でお見舞いに来ようと、昨日から決めていたらしい。
やっぱり、根原君のことが心配だったのだ。
「よし、着いた」
エレベータから比較的近い、512号室の前に到着。
ノックをして、当然返事が返ってくるものだと思い、ドアを開けようとしたのだけど。
「……あれ、返事ないね」
「誰もいないのかな……連宮君、もう一回ノックしてみたら?」
「う、うん」
もう一回、ノックをしてみる。
すると、中から『はい』という女性の声。
──ってことは、根原君のお母さんがいるのか。
ちょっと不安だけど、仕方ない。
「失礼します……」
ドアを開けて、中に入ると、そこには。
「つ、つれみー? みかみんも……」
「高波さん?」
なぜか、高波さんがいた。
◆◆◆
ドアを閉め、中に入る。
「どうして、高波さんが……」
「うーん、考えることは同じ、って言えば分かるかな」
……まあ、大体は理解した。
「あなた達は、何の用で来たのかしら」
「お願いがあって来ました」
強めの口調で言われたので、僕も負けずにしっかりと答える。
「お願い?」
「はい。──根原君を、退学させないでください!」
寝ている根原君が起きない程度の声で、言い切る。
「……なんですって?」
根原君のお母さんは──少し戸惑っている様子。
「自分からもお願いします、根原君を高校に行かせてあげてください!」
「──なんで」
全く理解できないといった様子で、根原君のお母さんは僕らに訊いてくる。
「なんであなた達は、悟のことにそこまで一生懸命になれるのよ。あなた達は、悟の何なのよ!」
まるで僕だと言わんばかりに、声を荒げて。
──言わないと、分からないのだろうか。
「友達です」
「そう、所詮友達なのよ! だからあなた達には──」
「分かりますよ、根原君の気持ち。──『友達だから』」
「っ! ──なんで、そこまで……」
何度も言うようですけど、と僕は付け加える。
「友達だから、家族ですら分からない、学校での根原君を知っているんです。楽しそうに、嬉しそうにしている根原君を知っているんです。だから、一生懸命に、必死になれるんです」
「で、でも……」
僕の言葉に、必死に抗おうとする根原君のお母さん。
──と、そのタイミングで、『起きた』。
「……母さん」
「さ、悟! あなたもほら、この子達に言ってあげて! あなたも学校をやめたほうがいいと思っているでしょう?」
「──母さん」
根原君、お母さんの目をしっかりと見て、問いに答える。
「俺は、高校に通いたい」
「……な、なんで」
「ずっと学校を休んできたから、『学校』に行きたい、っていうのもあるけど、一番は──」
僕らの方を見てから、またお母さんの方を向いて、根原君は強く答える。
「友達と一緒に、勉強したり遊びたいんだよ。ずっと、そういうことをしたかったんだ」
「悟……」
「だからお願いだよ、母さん。……俺を、学校に通わせてください」
頭を下げて、お願いする根原君。
その姿に、何かを思ったようで。
「……1日だけでいいから、考えさせてくれる?」
「うん、もちろん」
「……ありがとう、悟」
渋々ながら、根原君のお母さんが折れた。
「ごめんなさいね、あなた達のこと、怒鳴ったりしちゃって」
「いえ、気にしてないですよ」
……息子の言葉で、ここまで変わるものなのか。
「ちょっと、2人にしてくれるかしら?」
「あ、はい。それでは、失礼します」
来たときと逆に、三上さん、僕、高波さん……の順番で廊下に出る。
高波さんが根原君たちに一礼して、ドアを閉めた。
◆◆◆
「ねえ、三上さん、高波さん」
病院からの帰り道。
僕は、病院を出るときからずっと考えていたことを、言ってみた。
「明日の午後、またお見舞いに行こうと思うんだけど……」
「お、いいと思うよ。何時頃?」
「いや、その……僕だけで行こうと思っているんだ」
僕だけじゃないと、駄目なのだ。
「つれみーだけで?」
「うん。──根原君に僕のこと、話しておこうと思って」
「え……1人で大丈夫なの?」
予想通り、2人は心配してくれている。
だけど、これだけは。
「根原君は1人で、自分の身体が弱いことを僕に言ってくれたんだ。その時は、『秘密を打ち明ける』なんて雰囲気じゃなかったけど……」
でも、根原君は僕の秘密を知りたがっていた。
きっと、友達だから、という単純な理由なんだろうけど。
「僕も自分のことを、根原君にちゃんと言っておきたいんだ。根原君の初めての友達として」
言い終えて、ちらっ、と2人の反応を伺う。
「つれみー、さすが! 頑張ってきなよ!」
「根原君ならきっと分かってくれるよ。頑張って!」
「うん!」
2人とも、応援してくれた。
よし、明日は根原君に、ちゃんと言うぞ!




