16話 根原の過去
「根原君って……えっと、どういう……」
『根原君に友達がいなかった』という事実に、高波さんは驚きを隠せないでいた。
コミュ力が高い根原君だけを見てきたのなら、その反応は当たり前だろう。
「悟は小さい頃から身体が弱くて、あまり学校に行けなくてね。同い年の友達と馴染めなかったんだよ。つい最近、ようやく調子が良くなってきたから、高校に通うことになったんだけど、まさか君たちのような友達ができるとはねぇ。──悟のこと、よろしく頼むよ」
「は、はい……」
──根原君のお父さんの言葉に、少し違和感を覚えた。
ああそうか、根原君が言っていたことと、だいぶズレているからだ。
根原君は、自分の性格が原因で友達ができなかった、と言っていた。
……親だから、子供の性格が原因だとは言いたくない、ってことなのかな。
「本当に、悟に友達ができてよかったよ。ずっと病気のせいで大変だったからね」
いや、根原君のお父さんは、病気のせいで友達ができなかったと本当に思っているみたい。
──根原君の性格のこと、知らないのかなぁ。
◆
「悟はついさっき寝たところなんだよ。せっかく来てくれたのに、ごめんね」
「いえ、連絡なしに来たのはこっちですし……今日は帰ります」
寝ている横で話をするのは、さすがに迷惑だろうし。
「明日、また来ますね」
ドアを開け、高波さんから順番で廊下に出る。
「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」
「はい。失礼します」
僕も廊下に出て、ドアを閉める。
◆◆◆
病院を出て、2分ほど歩いたところで。
「よかったね、大事には至っていないみたいで」
「だね。つれみー、明日は何時頃に行く?」
高波さんに、そう訊かれた。
「高波さん、部活は大丈夫なの?」
「……あ、忘れてた」
ゴールデンウィーク初日の今日は、文学部、軽音楽部共に活動日じゃなかったからお見舞いに来れたけど、明日は軽音楽部の活動はあるはずだ。
「午前中は部活だから、午後なら大丈夫」
「午後の3時頃は大丈夫?」
「うん。よし、明日は午後3時に行こう!」
──ということで、明日は午後3時にお見舞いに行くことになった。
◆◆◆
翌日、ゴールデンウィーク2日め、午後3時。
三上さんと部活終わりの高波さんと3人で、今日も512号室の前に来ていた。
ノックをしようと、ドアに拳を近づけていくと。
「あら、悟に何か用かしら?」
「え?」
左隣から声をかけられた。
僕の左隣には、不審そうに僕らを見る女性が一人。
「はい、お見舞いに来たのですが……」
「お見舞い? ……ああ、あなた達が昨日来てくれたっていう、悟の友達なのね」
少しだけ、女性の表情が和らいだ。
「もしかして、根原君のお母さんですか?」
「ええ、そうよ。……ちょうどいいわ、あなた達には、教えておいたほうがいいわね。ついてきて」
「え、あ、はい……」
何が何やら。
とりあえず、ついていってみる。
◆
同じ5階の、テーブルと椅子がいくつか並べられている、休憩スペースへ。
窓際のテーブルの周りに僕らが座ったのを確認すると、根原君のお母さんは話し始めた。
「悟の身体が弱いのは、知っているかしら?」
「はい、知っていますけど……もしかして、学校を長期休むとか、そういう……?」
「いえ、そういうことはしないわ」
「ああ、よかった……」
よかった、そういう事態にならなくて。
「高校、やめさせようと思っているの」
──え?
◆
「やっぱり、自宅療養が一番だと思うのよ。『高校に行かなくちゃいけない』みたいに思い込まなくていいからね。色々考えたけど、これが一番だと思ったのよ。ああ、悟にはこの話はしないでおいてくれる? 友達から言われたら、悟の心が揺らいでしまうかもしれないから」
「──いや、ちょっと」
今の口ぶりから察するに、根原君はまだこのことを、知らないようだけど。
──こんな重要なこと、親だけで決めていいことじゃない。
言わなければ。『高校をやめさせないで』と言わなければ。
「──あ、あの」
「あら、もうこんな時間なのね。そろそろ看護師さんが来るから、私は悟のところに行くわね。それじゃ、今後とも悟のことをよろしくね」
「え──」
一方的に、話を切り上げられてしまった。
休憩室に残ったのは、僕ら3人と──何とも言い難い、重苦しい空気。
「い、行かなくちゃ……」
立ち上がり、根原君のお母さんを追おうとしたのだけど。
「つれみー、今日は帰ろう」
「え……でも高波さん、このままじゃ」
「行ったところで、今は病室に看護師が来てるみたいだから、多分中には入れないよ。また明日来よう?」
──納得できない事だらけだったけど。
「……うん、分かった」
今日は無理そうだから、また明日来ることにする。
◆◆◆
病院からの帰り道。
「明日も同じ時間に集合でいい?」
かなり重い空気の中、高波さんが話し出してくれた。
病院を出て、もう10分ほど経っている。
みんな、何を話せばいいのか分からなかったのだ。
「うん、大丈夫だよ。三上さんは?」
「自分も大丈夫。またここに集合でいい?」
「うん」
そうこう話していると、集合場所の分かれ道に到着。
「それじゃ……また明日」
「連宮君、また明日」
「また明日ね、つれみー!」
「うん、また明日」
歩いて行く三上さんと高波さんの背中を、数秒ぼーっと見て、ある考えが浮かぶ。
(……明日は、午前中にもお見舞いに行ってみよう)
午後だと、また根原君のお母さんがいるかもしれない。
お父さんのほうが話を分かってくれそうだったし、午前中に行こう。
午前中に根原君のお母さんがいる可能性もあるけど、それは──その時に考えよう。




