霧花キスお題
「だからあれでやめとけって言ったんだ」
「……悪ぃな…送ってもらっちまって…」
「気にすんな。あの状態でお前ひとりじゃ帰れなかっただろ?じゃあ、また明日」
「いろ」
「え?」
「まだ気持ち悪いし頭痛もする。何かあったらやばい」
「でもなぁ…」
「ダメか?」
「…分かったよ…いてやるから、もう寝ろ」
「…ん」
新学期になると必ず行われる教師の親睦会。駅前の居酒屋で行われたその席で、校長後藤花子は案の定飲みすぎた。それを深夜霧は介抱し、彼女を自宅まで送り届けた。駅前のアパート1階という立地が幸いし、すぐに帰宅することができた。
花子が横になったベッドに寄り掛かるように座り、寝付くまでを見守る。やがて静かな寝息が聞こえてきた。確かめようと振り向くと、意外と近くに顔があった。それこそ、目と鼻の先。
(……………)
好きな女の無防備な寝顔を見て、意識しないはずがない。しかし理性やら何やらがそれ以上を阻害する。何せ、勢いで告白して断られたのに、未だアプローチし続けているという往生際の悪い片思いだ。何かあればその後の気まずさは目に見えている。そもそも部屋に入るのさえ少し躊躇したほどなのだ。俺は一体いくつなんだ、と、己の初心さに泣きたくなる。
そんな無駄な葛藤をしばらく続けた後、そっと髪に手を伸ばした。明らかに人口毛だったが構わなかった。一房梳いて持ち上げ、口付ける。触れるだけのキスだった。
「……おやすみ」
起こさないようにそっと立ち上がって、部屋を出ようとして、カギをかけられないことに気付いた。カギはかけた方がいいだろうが、肝心のカギは家主が持つひとつだけだ。深夜が持ち出してしまっては翌日彼女が出かけるとき施錠ができない。管理人もこの時間では寝ているだろう。つまり。
(…参ったな)
明日はきっと寝不足だ。
髪:思慕(恋しく思うこと)