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未来から来た白いワンピースの少女

作者: 木ノ上 要一

 総太は天地が分からなくなるくらい真っ黒な夜空を見上げていた。季節は夏だが虫の音一つしない夜だった。もう午前三時をまわった頃だろうか、とても蒸し暑くじっとりとした空気が総太を包み込んでいた。

 そこへ白いワンピースと麦わら帽子をかぶった美しい黒髪の少女が突然現れた。昼間に見れば絵になりそうな服装だったが、こんな時間では暗闇に白いワンピースが浮いて見えてまるで幽霊のようだった。

 「総太」

 少女はなんとも呼び慣れた感じで言った。総太は驚いて早口気味に聞いた

 「誰ですかあなたは、こんな時間に何をしてるんですか」

 少女はこちらの質問を全く無視して総太の隣に座り話し始めた。

 「私ね、総太がいつも元気でいられるようにいつも願っていたのよ、それでねいろいろ調べて今日総太が人生に絶望して自殺を考えて勢いのまま自殺しちゃうって知ったの」

 少女は可愛らしい見た目と反するように衝撃的なことを言い放った。総太はもう飛び上がって逃げ出したかったが、こちらを心配そうに見つめる少女の黒く輝く瞳にみとれて動けずにいた。

 少女は続けた。

 「あなたは今日死ぬはずだった、運命だった。でも私はそれがどうしても我慢できなかったの」

 確かにさっきまで総太は死んでもいいような気分だった、誰一人頼るあてもなく仕事もない、自分の生きている価値を見つけられず、これなら自分は生きていても死んでいても変わらないじゃないかと思い始めていた、しかし自分でもこんなことを思いつつ自殺できる勇気がないのもよく分かっていた。

 「運命なんて、よくそんなこと気軽にいってくれるな、じゃあどうやって俺が死ぬのか教えといてくれよ」

 総太は少しばかりの苛立ちと好奇心から聞いた。

 「私が来たからあなたは死なせはしないけど、本来ならあなたはあそこの崖から落ちて死ぬはずだったのよ」

 少女は言いながら5メートルほど離れた崖を指した。下は海で海までは20メートルはあった、下には

波で削られて鋭くとがった岩もたくさんあった。

 「なるほど、確かにあそこから落ちたら死ぬだろうな」

 「なるほど、じゃなくて、私が来なかったらあなたはあそこから落ちて死んでたのよ。もう少ししっかりしてもらわないとこっちも気苦労が絶えないのよ」

 少女は急に感情的になって怒り出した。

 「そんなこと言ったってこっちは未来を知らないから、そんなの信じられないだろうが」

 至極まともなことを言ったつもりだったが、少女は俺の話が聞こえていないような様子で話し続ける。

 「本当にいくつになってもあなたは変わらないのね、世話が焼けるったらありゃしない」

 少女の口ぶりは自分を知っているようだった。しかし、自分はこんな可愛い少女とはお知り合いになるような機会はなかったはずだ。誰なんだろう。

 「さっきも聞いたが、お前一体誰なんだ」

 無視された質問をもう一度してみた、少女は少しムッとして。

 「お前って呼ぶな」

 と、言うと口を横に開きぐへへと笑い始めた。その笑顔にはすこし見覚えがあった、でもどうしても思い出せなかった。

 「私はねぇ、えっと・・・、未来からわざわざあなたを助けるために来たのよ、あなたがもう少ししっかりしていればわざわざ時間移動をしてここまで来ることなかったのに、とーーってもお金がかかるのよ時間移動ってっ」

 ここまで言われて、あぁ未来にもまだ通貨の概念があるんだなぁと少し思うのと同時に、こんな嘘をまともに受けとった自分がバカに思えてきた。つまりこの子はこんな深夜に自分の空想を他人に重ね合わせて遊んでいるんだ。そうと分かればもう付き合ってやることもない、早いうちにこの子を納得させて家にかえしてやろう。

 「わかった、俺の自殺を止めるためにわざわざ高額な時間移動をしてくれてどうもありがとう、多分もう自殺はしないと思うよ、じゃあ俺はもう帰って寝るからお嬢さんも安心してくれ」

 そう言ってもう立ち去ろうとすると少女はゴキゲンといった感じで首を左右に振りリズムをとりはじめた、妄想に付き合わされるのはゴメンだがこんなに喜んでくれているのを見ると悪い気はしなかった。

 「あーよかった、ホントにここまで来た甲斐があったわ、お母さんホントに心配したんだからね、これからも頑張りなさいよ総太」

 自分の耳を疑った、お母さんだって、そんなことあるはずがない俺の母親はもうとっくの昔に死んでるはずだ、振り返ると少女はハッとした表情をみせて。

「あ、これ言っちゃいけないんだった」

 と、目を丸くして手で口を押えていた、でもすぐに。

「まぁ、いいか、なんとかなるでしょ」

 と、また首を左右に振りリズムをとりはじめた。俺が肩に手をかけようとするとフッと白いワンピースと麦わら帽の少女は空にのぼりはじめた。そうか、あの服装は母が昔憧れて買ってもらったと言っていた、今はもう似合わないから着なくなったと、似合っていたあの時に戻りたいといっていた・・・。何か言わなければと思うが言葉が出てこなかった。ワンピースが上空の風にあおられてはためく。

 「私がいなくてもしっかりやるのよー、お母さんいつでもあなたを見てるからねー、また自殺しようとしたら止めにくるからー、がんばるのよー」

 それから別れ際にしては長すぎるほどの激励の言葉を叫んで若き日の母は空の暗闇に同化して消えていった。

 

 今でも時々思い出す白いワンピースと麦わら帽子がばっちり似合ったあの少女のことを。


 

  

 

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