第8話~1年間の始まり その5~
「うっ・・・うう・・・ぅう・・・」
この謎の危機的状況、そう、危機的状況ということだけは理解できる。理解はできるが、解決策が思い浮かばない・・・。
アンリの嗚咽が皆の耳に鳴り響く。達観組とマルセラは唖然とし、俺は何も考えられないままアンリの顔を見つめていた。
しかし、この状況はまずい。頭の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。どうにかしてこの状況を打破しなければならないが、どうすればいいかわからない。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。頭の中で反響する。こういう状況だからこそ冷静にならなければ・・・、一見分からない問題が出ても冷静に見直してみれば何らかの筋道は見えてくるもの・・・、落ち着け・・・落ち着け・・・。
なにか・・・なにかあるはずだ・・・、この危機的状況を回避できる何らかのヒントがどこかに・・・!
と思っていたのも束の間、俺の心の動揺など嘲笑うかのように、一人の少女の声がこの状況に終止符を打った。
「サイジョー様!謝ってください!」
マルセラの声によって現実へと引き戻された俺は、その声に導かれるままに、
「ごめんなさい」
謝った。
条件反射の如く謝った。
間髪入れずに謝った。
もうこうなったら誠心誠意対応するしか無い。というよりも、それ以外にいい解決策が思い浮かばない。泣いた女性の対処法なんて処世術、俺は身につけてない。彼女なんてまともに作ったことのない俺には酷な試練だ。
激流に身を任せ同化する。どこかの柔の拳の使い手もそんなこと言ってた。ここはその言葉通りに立ちまわるしか無い。
方針を決めて、改めてアンリの顔を見ると、
「・・・うん。もう無視せんといてな?」
なにこれ可愛い。
そして謎の関西弁。この世界に関西弁があるかしらないが、なんか知らんが上目遣いにそう言われたら、なにかグッときた。
Sに目覚めてしまいそうな心をグッと抑え、俺は紳士な対応をとる。
「大人気なかった。やり過ぎたよ。この世界にきて間もないもんだから俺も焦ってたんだ。本当に申し訳ない。」
やっと空気が弛緩して、達観組も我に返る。
「アンリさんが悪かったとは言っても、それにしてはサイジョー様もやり過ぎですよ?これからは気をつけてくださいね?」
「アンリ君のお転婆にしてやられたとしても、いささか酷な対応だったな。トドメの言葉はさすがにやり過ぎだな。まあ、ケンも謝罪したことだし、これで一件落着だな!」
なんとかなった、と心の中でため息をつき、この危機的状況を打破するための橋渡しをしてくれたマルセラに感謝した。
「反省する。みんなも悪かったな。仕切り直しって言っちゃなんだが、アンリも今日はありがとな。」
「ルイズさん、よかったですね!サイジョー様もこの通り、アンリさんに謝ってくださって、これで今日のことはお互いに手打ちということで・・・」
「・・・だめや。」
「えっ?」
思わず口から出た。これで心置きなく晩飯にいける、と思っていたところに予想だにしない反応。もう完全に、終わったと思ってた。そして、油断していた。完全に解決したと思っていた。思い込んでいた。
アンリの言葉に皆も同じ気持ちだったのだろう。「もうおわりじゃねーの?」感が半端ない。
しかし、アンリは続ける。
「にーさんはそれでええかもしれんけど、私は許さんで。」
うっそだろ?これで終わりじゃねーの?まじで?これどうすんの?と思っている俺。
「ルイズさん、もういいじゃないですか・・・。」
「いくらマルセラでもだめや!うち、男に泣かされたの初めてなんや!にーさんには責任とってもらわんとな・・・!」
「アンリさん・・・。」
「アンリ君・・・。」
完全に関西弁ですねありがとうございました。と、現実逃避状態の俺。なんだよ責任とってもらうって・・・。こんな言葉、漫画や小説の中でくらいしか聞いたことねえよ・・・。リアルでこんな言葉聞くことなんてないと思ってたよ・・・ハハハ・・・。
「・・・えーと、一応、具体的に僕はどーすればいーんですかね?」
「そうやな・・・。」
おいおい、顔がにやけてきてるぞアンリ嬢よ。さっきまでの泣き顔はどこにいった。
何か嫌な予感がしつつも、一応相手が言う責任とやらが気になったので聞きたくなってしまった。
普通だったら、こんなこと聞かずに、おまえの仕出かしたことが事の発端だろ!と切り捨てるのだが、思いもよらぬ展開に変に興味が湧いてしまった。頭の中では、さっきの可愛かったアンリの顔が再生されている。
「んじゃ、今度都合のついた日にウチとデートな!」
「「「「は?」」」」
言うに事欠いて何言ってんだこいつ?と思いつつも、よくわからないことになっている。何故、この状況でデートの誘いを受けているのだろうか?全く理解できない。俺以外の3人も同様なのだろう、意味がわからない、という顔をしている。
でもまあ、アンリは見た目はイケメン女子って感じで、俺の世界で言う魔法使いの少年を主人公にした映画のヒロインに似ている。ぶっちゃけ、そんな子にデートの誘いを受けたら二つ返事で承諾するのだが、相手がアンリということもあって素直に喜べない。
しかし、デートで許してくれるのなら、楽なもんだ。後々引きずるくらいならデートして後顧の憂いを断つ方が得策だろう、と下心を隠す理由を見つける。
「ま、まあそれでいいなら・・・」
「ダメです!」
「えっ?」
思わぬところから拒否の意思表示。
その声の主はマルセラだった。
「サイジョー様はこれから法整備のお仕事に従事されることになります。期間は1年間と短く、デート等とうつつを抜かしている時間はありません!」
「でも、にーさんにもお休みはあるんでしょ?」
「そ、それはそうですけど・・・。」
「休みに、にーさんが何しようと勝手でしょ?なら私とデートしても、仕事に支障がでなければ問題ないんじゃないの?」
「・・・で、でも」
「マルセラは、御兄様に休みも仕事しろって言うつもりなの?」
「・・・」
アンリに立ち向かうマルセラを心の中で応援してはいるものの、現実にはマルセラがどんどん追い込まれていく。小さい体が更に小さくなっていくような幻覚を覚える。そしていつの間にか、アンリは関西弁じゃなくなっている。
「なあ、マルセラ・・・コショコショ」
「・・・!・・・。・・・///」
アンリが耳元でマルセラに何かしら囁くと、それに応じてマルセラの百面相が始まった。
「・・・な?」
「・・・はい。」
何とか話がついたようで、お互い笑顔である。
「ということで、にーさんとデートするってことで決まったから。」
「そ、そっすか・・・。」
理不尽な結果ではあったが、そこまで悪いようにはならなさそうなので安心した。まあ、デートくらいで解決するなら安いもんだ、と高をくくっていた。
しかし、後に俺は後悔することになる。何故、マルセラは納得したのか。何故、アンリが俺をデートに誘ったのか。今のこの状況でそれらを理解するには、あまりに余裕がなかった・・・。