第5話~1年間の始まり その2~
「お兄様!次の場所に参りましょう!」
「お、おう」
なんだよ「お、おう」って・・・と心の中でひとりごちながら、マルセラの後についていく。
なぜこんな呼ばれ方をしているかというと、道中や食事中の会話の中に答えはあった。
お互い知りたいことも多かったようで、話の種は尽きなかった。
ただ、マルセラは、引っ込み思案な性格で、話を切り出したのは俺の方からだった。
「お互い何も知らないだろうからさ、まずは自己紹介・・・はもう終わってるか。なら、この世界の基本的な質問をするから、それに答えてくれるとありがたいな。」
こんな調子で始まり先が思いやられるかと思いきや、段々と会話に慣れてきたマルセラは、自分から色々と話し始めた。
まずは、この世界の1年は12ヶ月、1ヶ月は30日、1日は24時間、1時間は60分・・・と基本的な単位などはニッポンのものと同じだった。この辺は、召喚時の条件付けのおかげらしい。
つぎに、義務教育制度。
ニッポンでいう小学校までは基礎教育を占め、中学校以降は専門分野へと分かれていく。そして、それぞれの分野で3年~6年ほどで卒業し、就職していくんだとか。
ちなみに、エリートと言われる専門分野は、当然「魔法科学」である。「魔法科学」を専攻するためには、魔法の技術だけでなく、下地となる魔力量が一定以上なければならず、かつ、科学分野の成績上位者でなければならないそうだ。
マルセラは、当然「魔法科学」を専攻するだけの能力を持ち合わせていたが、ジョーウンの補佐を担わなければならない、と15歳という若さで国家公務員試験を受け見事合格。国家公務員となり、いまやジョーウンの補佐として定位置についている、とのこと。
現在、マルセラは17歳。最近誕生日をむかえ、来年には成人である。それにしては小さい・・・。っと、本人はそのことをとても気にしていたので、これ以上ふれないでおく。
マルセラの学生時代は、何らかの抗争があったらしく、とてもゆっくりとしてはいられなかったらしい。早くお父様の役に立ちたいと、一心不乱に勉学に励んだんだとか。
そんな学生時代だったことから、友達付き合いもあまりなく、青春と呼べるものもなかったんだとか。
それでも、父親の役に立てることが嬉しいのか、あまり残念そうではなかった。
むしろ、今は今でやることが多いらしく、やりがいがあって活き活きとしてるようだった。
そんな学生生活を送っていたためか、先輩後輩というような関係も皆無だったらしく、俺のようなちょっと年上の人と話したりする機会なんてものはなかったらしい。
ジョーウンの補佐として仕事をしてるマルセラは、大体が年季の入ったお歴々や働き盛りのお方々との関わりが多かったようだ。
そんなマルセラにとって、俺は「お兄さん」的な位置にあったようで、
「お兄様と呼んでもよろしいでしょうか・・・?」
と上目遣いに言われた日にゃ、断れるわけもなし。二つ返事で承諾した。
マルセラに関する話はこんなところだ。
それ以外では、俺自身のことや、俺の世界のことを話した。やはり、興味があったのは法学教育だった。
この世界は、何かがあったらしいことはわかるのだが、法が何故か存在しない。というか、現在存在していなかった。単純なルール的なものはあるのだが、法律として体系化はしていなかった、という方が正しいだろうか。その辺の出来事も、編纂会議で説明されるとのこと。まあ今は気にしても仕方がない。
話を戻すが、図書館でもそうだったが、なにせ法に関する資料がないのだ。法を専門にする人もいないらしく、当然法(学)を教えられる人もいない。
そんな世界だからこそ、興味を持って当然だった。
法とは何かから始まって、ニッポンの法の歴史なんかも簡単に説明した。
そんな中、マルセラは次のようなことを言った。
「お兄様の世界の法があるのですから、スムーズに法の編纂も進むのではないでしょうか?」
確かに、何もない状況に比べたらスムーズに進むかもしれない。しかし、そう単純なものではない。
よく物語なんかで、国を興したり、世界を征服したりすることはあるが、それ以後のルール作り、つまり法の制定なんて話は出てこない。「物語」としてはそれで十分なんだろうが、普通はその後の方が大変なのだ。
法の話が出てきたとしても「法を整備した」の一言で終わることも少なくないように感じる。実際は、そんな一言で終わるほど簡単な話ではない、それで終わらせる奴は、法を重要視してない奴か法を知らない奴だろう、と俺はつくづく感じていた。「物語」なんだし気にしても仕方がないのだが。
どうして簡単ではないのかというと、法が社会生活に根ざしたものだという話は、以前(プロローグ参照)にもしたと思うが、それが関係している。
例えばだが、「奴隷」というものが社会生活に根ざした世界があったとしよう。そんな中で、「皆が平等でいられる国をつくろう!」と国を興した者がいたとする。
そして、いざルール作りを始めたとして、法の知識がなかったら、近隣諸国の法を真似るしか無い。
しかし、その世界では「奴隷」文化に根ざした法しか存在しない。皆が平等でいられる国を興したにも関わらず、「整備」できるだけの法が存在しないのだ。ニッポンでいう憲法も民法も刑法も全て「奴隷」という文化に根ざした法律になっているのであり、更に「貴族」なんて文化までも入ってきたとしたら目も当てられない、もはや一から作り直すしか無い。
ゆえに、「整備」なんて一言で終わらせられるのは、同じ社会生活に根ざした世界の話に限られる。
それだけで話は終わらない。「整備」を始めたとしても、自国の文化や社会生活にすり合わせるためにいろいろな意見が出てくる。
法学部出身者なら聞いたことがあるであろう、法典論争なんてものがニッポンの世界でも起きているくらいだ。並大抵の努力で「整備」なんて終わらせられやしない。
だいぶ話が逸れたが、こんなようなことをマルセラと話していたのだが、飽きもせずよく聞いてくれたものだ、と素直に感心した。
こんな彼女だからこそ、父親の補佐も努めることができるのだろうと改めて思った。
そんな風にマルセラを見てみると、彼女は、黒いローブではなく青いローブを着ていた。
「今更だけど、なんで黒いローブじゃないんだ?」
「私が黒いローブを着てると・・・その・・・みんな気付いてしまうんです・・・。」
ああ、と納得しかけたが、
「おいおい、国家公務員は黒いローブ着なきゃいけないんじゃなかったのか?」
「今日は、一応お休みなので、公務ではない以上黒いローブを着る必要はないんです。」
じゃあなんで俺は?と聞いたが、早く慣れてもらうため、と言われた。
何か視線を感じていたが、青いローブはこれから向かう専門学校用らしく、小さな専門学生の隣に、ブラック企業よろしく休日にもかかわらず黒いローブ着た若い男がいるもんだから変に思われたらしい。
俺は思った、理不尽だ。