第4話~1年間の始まり その1~
どうも債譲です。
契約を済ませた俺は、セントラルタワーの客室の1つをあてがわれ、そこを生活の拠点にするよう勧められた。
まだこの世界のことがわからない以上、素直に従っておいたほうがいいと思ったので、勧められるがままにセントラルタワーの1室である2001号室を俺の部屋とすることで納得した。
セントラルタワーというのは、ここジャポネーゼ王国の中心街であるセントラルシティの、更にど真ん中にある大きな建物である。地上50階建て。俺の客室は20階にある。
ジョーウンに「明日から仕事に入ってもらうため、今日はこの国のことを知っておくのが良かろう」と促され、マルセラに案内されて、自室を訪れていた。
ジョーウンはあんな状態なので、娘のマルセラが彼の補佐をしているとのことだった。ちなみに、ジョーウンは魔法で自分の声を相手に伝えることができるらしい。テレパシー的なものもできるし、スピーカーのように大衆に伝えることもできるらしい。
話を戻そう。今日は俺を召喚するとのことで、前もって俺の案内にマルセラが付くことが決まっていたそうだ。
それと、召喚については中央議会の承認を得られていたのだとか。議会までも異世界召喚を承認するほどのことなのだから、よほど切羽詰まっているのだろう。それなのに1年で全部やれと言われるとは・・・。
それと、契約の他にも色々と説明された。
まず、「時間」についてだ。
召喚の際に、俺の肉体年齢を遅らせる条件をつけていたそうで、ここでの1年間は、元の世界の1日程度に相当するものらしい。また、帰還についても、召喚時とほぼ誤差のない程度に、元いた世界に戻せるそうだ。
次に、俺の地位についてだ。
この国では、「ニッポン」でいう国家公務員に相当する者は、黒いローブを着用するよう義務付けられている。この黒いローブというのは、国から支給されるもので、ローブの内側には魔法陣が組み込まれており、これによって重要施設への立ち入り等が制限されているようである。このローブは、『コード』の認証が必要なので、他の者が使うことは出来ないようになっている。
話が逸れたが、俺は、国家特別顧問官という、議会承認の下での新たな国家公務員としての地位に就任した。ゆえに、マルセラから黒ローブを渡され「今日からこれをつけて生活してください」と言われた。
なんか、黒ローブって厨ニっぽくて恥ずかしいよね、とか思ったりしたのは秘密だ。
最後に、法の編纂についてだが、俺のスマフォのデータを抽出したので、それを基に中央議会とのすり合わせを行うらしい。その後、王と俺を含めた代表者10名による、編纂会議が行われるとの事だった。
そんなことを思い出しながら、今度は中央図書館に行くということで、マルセラに付いて行く。中央図書館は、セントラルタワーの隣にある。しかし、とんでもない状況に出くわす。なんと、法に関するデータ及び本が一切ないのだ。理由については編纂会議にて説明されるとの事だった。
中央図書館を後にした俺達は、そのままセントラルタワーの裏手にある運動施設へと向かった。
魔科学が発達したこの世界に、運動なんか必要あるのか?とも思ったが、「健全な精神は健全な肉体に宿る」という「ニッポン」でも聞いたことのある格言があり、運動が推奨されていた。
実際、運動施設の利用者は、結構多かった。今日は休日とのことで、気分転換に汗を流しに来る人が多いそうだ。国家公務員は無料で利用できるとのこと。俺も後で泳ぎに行こうかなと、心の中で思った。
運動施設内には、ありとあらゆる運動ができるそうで、施設内もかなり広い。地上10階建て。どんな設備があるか気になったが、運動施設を利用する際に説明があるそうなので、今は場所の確認だけ行ってその場を後にした。
そろそろ腹が減ったなと思っていたところで、繁華街へと向かうことになった。セントラルタワーから南のエリアが繁華街エリアだそうだ。
ちなみに、俺にも魔力はあるそうだが、魔力行使の鍛錬をしていないので、基本的に魔力行使の必要な設備、例えば任意型転移魔法陣などは使えないそうだ。ただし、魔力さえあれば使用可能な設備については、この限りでない。
例えば、それぞれのエリアの中心に備え付けられている転移魔法陣だ。魔力さえあれば、魔力行使の得手不得手問わず、自動的に行先に転移できる優れモノで、当然、俺も使える。しかし、「折角なので自分の足で各エリアを回りたい」とマルセラに伝えたところ、何故か尊敬の眼差しで見られ、「それでは私も徒歩で参ります!」とやる気に満ちたマルセラとともに、徒歩で各エリアを移動することになった。
高層ビルの立ち並ぶセントラルタワー付近に比べて、この辺は2階から3階建ての建物が多い感じだった。そのまま真っすぐ道を進んでいると、マルセラは、とある店の前で止まった。「ニッポン」で定食屋と言われる雰囲気をもった店だった。
異世界の飯というのに興味津々の俺に、マルセラが勧めてきたのは、なんと卵かけご飯。なにやら、今王国では生食がブームのようで、「自然をそのまま」的なキャッチフレーズが流行っているらしい。なんで異世界まで来て卵かけご飯を食わなきゃならんのだ、と思いつつも、折角マルセラが勧めてくれたせいもあって、一緒に卵かけご飯を注文する。注文の仕方は、勿論座った席の目の前に表示されたメニューをタッチするという方法。改めて、文化が進んでいることを実感する。注文の際、食器選択、調味料選択があり、その中に箸と醤油に似たものがあったのでそれを選ぶ。
マルセラとあれこれ話していると、目の前に、白米の入った丼と卵、コンソメスープっぽい飲み物と野菜盛り合わせ(小)が現れた。何やら魔法で席まで運んでいるとか。マルセラと話をしていて頭上を見ていなかったが、頭上を見上げると、注文した品が店内を飛び回っているというなんとも不思議な光景が広がっていた。
とりあえず、食べ方は「ニッポン」と同じらしい。
俺は「いただきます」と一言つぶやき、注文時に選んだ箸で、ご飯の中央部分にくぼみをつくる。そこに、丼の縁にカンカンと卵を当てて割れ目を作り、両親指でうまく割る。この時、卵の殻の破片を落としてしまうような愚行は犯さない。とろん、とご飯に乗った卵をかき混ぜる。黄金の輝きが、ご飯の中央に広がっていく。そこに、醤油らしき調味料を、ご飯全体に行き渡るようにサッとかけていく。
ご飯の上には、黄金に輝く湖とそれを繋ぐ道が完成した。
そう、これが「卵かけご飯(醤油ver)」である。
ふと、刑定と卵かけご飯論争を繰り広げたことを思い出した。刑定の卵かけご飯とは、卵が1つ入るくらいの器に卵を入れて、その中に醤油を適量入れてかき混ぜて、それをご飯にかけて食べるそうだ。
その話を聞いて、「ありえない」と思った。出来上がる卵と醤油の混合物は、毒物にも似たような薄暗い黄土色で、それを白い輝きを放つご飯に入れるなんてご飯に対する冒涜だ!性格の違いは許容する、人それぞれ個性があることはいいことだ。だが、ご飯に対する冒涜は許せない。怒るのには十分な理由だった。
刑定としては、手軽に食事を済ませられる手法としか考えてなかったようだ。どうしても許せなかった俺は、その後刑定に卵かけご飯の何たるかを小一時間語った。
しかし、刑定からは「そっか」というそっけない返事しか帰ってこなかった。
説得に失敗した俺は、他の仲間とも話したが、それぞれ違う卵かけご飯のやり方をとっており、どの方法が一番卵かけご飯としてふさわしいのか大論争となったのだ。結局、答えは出なかったのだが・・・。
話を戻そう。今目の前には、ホクホクと蒸気の上がる陰と陽を併せ持ったご飯がある。醤油と卵のかかった場所を箸で持ち上げる。口へと移し、その触感、味を舌で感じ取るように咀嚼する。フワッと醤油混じりの卵の香りが、口の中へと広がっていく。そうだ・・・これが・・・これが卵かけご飯だ・・・、ニッポン人に生まれてよかった・・・。
2015年4月27日 変更点あり