第3話~契約~
「どうしたんじゃ?」
王は、様子のおかしい債譲に声をかけた。
「王とは知らず、度重なる無礼、大変申し訳ありませんでした!」
なんとか声を出しきる債譲に対して、王は、
「気にするでない。わしもこんな状態じゃからな、人のことを言えたものではない。それに、公の場ではないのだから、かしこまる必要はない。むしろ、お互いが腹を割って話せる方がよい!」
と何事もなかったように答えた。先ほどまでの態度とは一転した様子に、皇女もクスクスと笑っている声が聞こえてくる。
「そ、そうですか。それより、依頼の件ですが、受けることには同意します。」
「そうかそうか。それはよかった。」
と、債譲は、自分が元の世界に帰れるかどうかを確認していなかったことに気づく。
「それで、確認なのですが、依頼を達成した際には、元の世界に帰還できるということでよろしいですね?」
「うむ、依頼達成の際には、お主を元の世界に返すよう約束しよう。」
よかった、と債譲は安心する。しかし、念には念を入れて債譲は言った。
「その依頼の内容や帰還の約束などを記録として残して欲しいのですが、よろしいですか?その際に、私と王でそれぞれ所持できるようにしてもらえるとありがたいです。」
「よかろう。契約の証を作るのだな。」
契約の概念はあるようだな、と債譲はほっとする。
「はい。その際に、お互いが作成したということの証明ができるものがあると、その契約が本人たちの間で行われたものであることの証明になります。私の世界では、署名に加えて捺印をすることで本人自身であることの証明にしました。この世界は、私の世界より文明が発達しているので、他に証明する手段があればそれをお願いします。」
「ふむ。この世界では、個人情報をコードによって管理している。コードに集められた情報は、中央塔へと集積される。中央塔に集められた情報は、情報管理官によって日夜情報管理が徹底されている。そして、契約に際しては、お互いのコードを読み取らせることで本人確認としている。コードの情報は偽造が出来ないからの。・・・そうじゃ、この機会にお主のコードも作成してしまおう。マルセラ。」
「はい、お父様。」
言うやいなや、マルセラは債譲の方に近づいてきた。
「債譲様、私に利き手の掌を見せてください。」
債譲は、マルセラに右手の掌を向けた。マルセラは、向けられた右手の人差し指に触れてきた。チクっとした痛みがあったかと思ったら、マルセラは、債譲の指先から出た血を、何やら黒いチョーカーに触れさせていた。そうすると、チョーカーに何らかの文字が現れたかと思ったら、すぐ消えてしまった。
マルセラからどうぞ、と渡されたのはいいもののどうしていいかわからずジョーウンの方を向いた。
「それがコードじゃ。目につきやすい首につけるよう義務付けておる。それを身に付けることで本人確認が完了する。」
「・・・失礼を承知で申し上げますが、これをつけたら王の操り人形になる、なんてことはないでしょうか?」
「できないこともないが、そのようなことをしても単純な受け答えしかできなくなってしまうからな。お主自身の考えを聞けなくなってしまっては、依頼を達成できなくなってしまう。」
できんのかよ!と思いつつも、たしかにそうだなと一人納得した。
「・・・それと、これはどうやってつければいいのでしょうか?」
「首に巻きつけてみよ。」
フィットした。
異世界すげえな、と思いながらも、自分がまだ契約の途中であったことを思い出す。
「それで、契約の方はどうするのでしょうか。」
「うむ。お主の電子媒体をマルセラに預けなさい。」
債譲は、スマフォをマルセラに渡すと何やら唱え始め、スマフォの画面が先ほどの映像と同じように目の前に現れる。そこに、つらつらと文字が写っていき・・・止まった。
「お主にはこれが元いた世界の文字に見えるはずじゃ。契約の確認を済ませてくれ」
「あ・・・は、はい。」
写っている文章を確認していく。・・・請負契約みたいなもんだな、と債譲は契約内容を見て思う。「ニッポン」における請負契約は、民法上以下の通りである。
「請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」
契約内容はおおまかに以下のようになっていた。
仕事とは、今回であれば、①債譲の世界の法知識の提供、及び、②ジョーウン王統治の王国における法律編纂、ということになる。
また、報酬とは、同様に、①元の世界への帰還、ということになる。
仕事の完成時期は、帝国の視察まで、と書いてあった。
更に、仕事に失敗した場合も、一応元の世界に帰れるようになっていた。その場合は、帝国との交渉依頼が追加されるようである。
そして、嬉しい事に、仕事に必要な環境の提供は、基本的に王国側がやってくれるようだ。まあそうでなければ、この世界に来たばかりの債譲には何も出来ないので、当然といえば当然である。
契約の変更が必要な事態が生じた場合の文言も存在したが、その辺は、事態が生じた時に要相談との事だった。
文章を読み進めていった最後には、何かの文字が書かれていた。
「最後のこれは何ですか?」
「それが、コードによって文字化されたものだ。一度コードを読み取らせると、偽造は不可能だ。気をつけるがよい。」
なるほど、とひとりごちる。てか、ジョーウンは真面目な話になると「じゃ」をつけないんだな、と債譲は思った。
一通り契約内容も確認が済み、ジョーウンに確認をとる。
「この契約通りで結構です。私はどうすればいいでしょうか?コードの使い方がいまいちわかっていないので・・・。」
使い方教えてもらってないからわかんねえよ、という口汚い言葉は使わない。二度同じ間違いはしない、と心の中でちょっと格好つける債譲。
「それでよければ、お主の電子媒体に触れて、自分の名前と『コード了承』と念じればいい。マルセラ、電子媒体を債譲殿に返してやりなさい。」
マルセラからスマフォを受け取り、「債譲権 コード了承」と念じる。
すると、契約内容の一番下に、もう一つのコードの文字とは違う文字が浮かび上がった。
「っと、これで契約締結完了ですね。」
「うむ。よろしく頼むぞ、債譲殿。」
「よろしくおねがいしますね。債譲様。」
三者三様に挨拶をして、これからのことに思いを巡らせる。
「あ、ちなみに、帝国の視察っていつですか?」
「1年後じゃ。」
「1年後ですね。」
「は?」
皆さんも契約の確認は怠らないように。