第1話~異世界入り~
「このままでは我が王国は帝国に食われてしまう・・・。」
とある場所で、そのような男の声らしきものが聞こえた。
「お父様、例の文献がなんとか見つかりました!中身も無事のようですが、内容の解析に時間がかかります・・・。また、完全に解析することは困難なようです・・・。」
女性の声が聞こえた。
「そうか・・・。なんとしても、帝国の視察までに間に合わせなければならん・・・。この国のためにも・・・。」
* * *
「やっと明日の予習が終わった・・・。帰るか・・・。」
債譲はつかれた声でそう呟いた。
今日は中々にハードだった。授業のコマ数も多いのではあるが、明日のコマ数も多く、時間は午後10時を回っていた。
「来週は課題もあるしな~。それも刑法。やっばいな~。」
ひとりごちつつも帰る支度をする。荷物は、基本院内のロッカーにしまっているので、そう多くない。
「よっ!そっちも今帰りか?一緒に帰ろうぜ!」
債譲にそう声をかけたのは、1年目からの付き合いである刑定 宜義であった。
「今日は災難だったな。団塚先生、おまえだけ当てるんだもんな。後ろにいた俺はヒヤヒヤしたぜ!」
どうやらみんな同じような感想をもってそうである。全くもってその通り、心のなかで同意しつつ、帰るように促す。
「もうその話はよしてくれ・・・。反省したんだ。それよりもう帰ろう、くたくただ・・・。」
債譲の親友でもある刑定は、債譲とは正反対の性格であった。彼はどちらかと言うと、自分の考えを言葉にするのがうまく、文章力も抜群ではあるが、いかんせん暗記が苦手であり、1年目の成績は中間あたりであった。だが、お互いが全く違うタイプだったからだろうか、1年目の初回の授業から、まるで昔からの親友かのように意気投合して今に至る。
「おまえ、興味ないことになるとクオリティー下がるもんな~。まあ、コレ以上言っても仕方がないし、さっさと帰るか。」
お互いにまだ親元から通ってることもあり、帰宅後の晩飯の話や院内の恋愛事情の話で盛り上がる。そうこうしてるうちに、お互い電車の乗り換えで別れる。
最寄り駅から徒歩10分といったところに債譲の自宅はある。院までの時間は、自宅から約30分程のところにある。遠い者になると、2時間かけてくる者もいることを考えると、中々に恵まれた環境にあるといえる。
そのまま帰宅後、家族が食べ終わり、まばらになった夕食を済ませると、風呂に入り、ベッドへと歩を進める。
「また明日も頑張りますか。おやすみ・・・。」
自分に言い聞かせながら、目を閉じた。ベッドが光っていることにも気付かずに・・・。
* * *
目を覚ますと、見たこともない天井が広がっていた。夢かな、とおもいつつ周りを見てみると真っ暗な広い部屋にいた。ただ、耳を澄ませると、どこからか音が聞こえてくる。まるで、水槽で熱帯魚でも飼ってるかのような感じがする。上半身を起こして、音のする方へ顔を向けると、
「成功したか・・・。」
という男の声のようなものが聞こえてきたが、それ以上に衝撃の光景がそこにはあった。顔を向けた先には、水の入った大型の円柱容器に大人の男がコードに巻かれた姿があった。
「・・・」
開いた口が塞がらないとはこのことだ、と通常の用法とは違うと思いつつもそう思った。まるで、どこかの漫画に出てくる回復装置のようだった。
「お父様!成功したのですか!?」
隣の部屋から、黒髪黒目の黒いローブを羽織った女性が現れた。見た目は15歳位にしか見えない。債譲の身長は178cmほどあるのだが、この女性は150cmほどのようだった。
「ああ、しかし年の頃は20代前半といったところか、ずいぶんと若い者が召喚されたな・・・。」
と、男のような声が聞こえた。現状取り残されたままの債譲は、未だ何も喋れなかった。何が起こってるのか理解が追いついていなかった。しばらく唖然としていると、
「失礼、何も説明がなくてすまなんだ。君は、自分のいる世界とは違う世界へと召喚された。勿論、召喚したのは私だ。私の名は、アガツマ=ジョーウンという。こちらは、娘のマルセラだ。」
「マルセラと申します。以後よろしくお願いします。」
何言ってんだこいつら、と債譲は単純にそう思った。別に言葉がわからないわけではなく、違う世界だの、召喚だの、挙句の果てには以後よろしく?何のたまってんですかこいつらは、あたまおかしいのか、とそう思ったのだ。
「ちょっと何言ってるかわかりませんね、僕はもう一度寝て夢を覚ますことにでも邁進します。おやすみなさい。・・・いって!?」
と言ったところでベッドが消え床に体を打ちつける。
「まあそう焦るでない。コレは夢ではない。現実だ。ここは暗いからわからんかもしれんが、今は朝だしの。どのような世界から来たかわからんが・・・。そうだな、これを見せれば今自分が違う世界にいるということを認識せざるをえんかもな。ちょっと待っておれ。」
そう言われて、立ち上がって男を眺めていると、左正面に画面が出現し映像が流れはじめた。そこには、皆思い思いの服に黒いローブと首にチョーカーをつけており、歩いている者、はたまた空を飛んでいる者、魔法陣らしきものの上に立って消えていく者、更には高層ビルが立ち並ぶスペースコロニー的なものが映しだされていた、明らかに文明レベルが「ニッポン」を超えている。
それを見て、債譲はこう叫ぶしかなかった。
「り、理不尽だあああああああああああああああああ!」