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法律初心者の異世界奮闘記  作者: T.N
第1章 魔科学世界と法
19/21

第18話~第1回法典編纂会議 その7~

解答編

 皆の思い悩んでる表情から一転、債譲の発言でやっと答えが聞けるといった期待の表情へと変わり、皆の視線が債譲へと集まる。その視線を感じ、債譲は深呼吸する。この場を乗り切らなければ、これ以降債譲への信頼性が高まることはないだろう。そんなことを心の中で思い、一世一代の大勝負、天下分け目の天王山、伸るか反るかの大一番等という言葉が浮かんでくる。

 ここまで大見得を切ったのだ、やりきらなければ男が廃る!、と債譲は覚悟を決める。


 話は変わるが、債譲の癖は、物事に集中すると自分の気付かないうちに上から目線の発言になっているということである。悪く言えば、横柄で威張っているようにみえる。特に、年配の者が多いこの場においては、非常に失礼であるだろう。しかし、良く言えば、自信に満ち満ち溢れ、リーダーシップを発揮しているようにもとれる。そして、この場においては、自分自身の能力を会議場内にいる者達に示さなければならなかった。そのような状況で、小声ではっきりしない態度で臨んだらどうなるだろうか。おそらく、皆、債譲の発言を半信半疑で聞いていたことだろう。

 得てして、この状況下においては、債譲の前述の癖がうまいこといい方向に進んだと言えるだろう。多少無礼でも、自分自身の能力に自信がある姿を皆に見せることに重きを置いたほうが良いことは明らかだった。


「今回の問題で注意すべき点は、①前提に背かずに論理展開すること、②前提との違いを考慮すること、③当事者間でどのような意思の合致が見られるのか、にあります。それでは、順を追って説明していきます。

 まず、今回問題となっているのは、『錯誤』です。なので、まず錯誤とは何なのかを指し示さなければなりません。これは、ジョーウンさんの言った通りです。『錯誤』とは、『内心的効果意思(心の中で思ったこと)と表示行為(相手に示したこと)から推断される効果意思の不一致』だと言われています。だとすれば、前提の通り、『アレ』を買いたいと思い、『アレ』を買ったのだから『錯誤』はないですよね。

 つぎに、この理解を基に、前提との違いを考えます。この点は、アウグストさんも指摘していた通り、単に『車』が欲しいと言ったわけではありません。Aは『傷のない車』と言っていますよね?それをBは聞いて車を売っているわけですから、Bに右のようなAの意思が表示されているわけです。しかし、そのような『傷のない』という点を考慮して『錯誤』とすることはできるのでしょうか?ここが次に問題となるところです。」


 ここの問題点に関して、ジョーウンやウェインはそれとなく触れてはいたのだが、明確に摘示していなかった。法学部生ならわかるであろう、いわゆる「動機の錯誤」というやつだ。例えば、土地を買うといった時に、その土地の前に駅ができるから買う等と、買う目的や動機等を錯誤の意思に反映できるかどうかが問題となるわけである。何故問題になるかというと、そんな動機や目的は本来相手方には知りようがないのに、錯誤を認めてしまうのは「表意者の表示行為に対する相手方の信頼を保護する」という観点から問題があるから、つまり相手方に酷だからである。


「皆さんの発言を聞いている限り、この問題点について明確に立論している方はいませんでした。このような事が起こるのは、『条文に沿って問題点を抽出していない』ことから生じるものです。今回で言えば、皆さんの中で錯誤の条文から『錯誤』については抽出して定義した方がいましたが、『法律行為の要素』についてはどなたも抽出していませんし、定義をしていませんでした。それが後々の問題に関わるものですから、皆さんの意見が纏まらなかった要因になっています。」


 会議場内から、なるほど、やら、確かに、と言った声が聞こえてくる。法学部生でもたまに忘れる者が現れるが、基本事項なので、この定義を省くと結構ひどい成績がつけられてしまう。俗にいうGPA的に言うとヘタすれば0、よくて2と言ったところだろうか。3や4は絶望的であろう。と言った法学部生事情はさておき、債譲は話を続ける。


「結局、この問題の答えは『法律行為の要素』にあると言っても過言ではありません。まずは、定義ですが、『法律行為の要素』とは『法律行為の主要部分であって、主要部分とは、表意者が意思表示の内容部分となし、この点につき錯誤がなかったなら意思表示しなかったであろうと考えられ、かつ、意思表示しないことが一般取引の通念に照らし妥当と認められるもの』とされています。簡単に言うと、買い手側が重要だと思っていることが、その売買で一般取引でも重要だと考えられている、ということです。まず、ここを決めないと先に進めません。そして、ここを今回の問題に当てはめる事こそが、今回の問題の肝となるのです。

 では、今回のAB間の売買についてもう一度見直してみましょう。Aは、Bに対して、倶楽部の仲間に見せるために車が必要と言っています。そして、倶楽部の仲間に馬鹿にされないよう傷のない車がほしいと言っています。このような発言から考えられるAの『主要部分』とは、『見た目として傷がない車』であると考えられます。また、展覧会用の車に傷があったら一般取引からしても通常買うことはないでしょう。

 ここで注意して欲しいのは、この『主要部分』を考えるにおいて、展覧会で成功したか失敗したかは考慮していない、ということです。これは、ウェインさんのご指摘の通り、売買当時の状況から考えるべきであり、売買後の状況を加味することは相手方に酷だからです。そして、問題文から見られる通り、この倶楽部内での見せ合いは、単に車を見せ合うだけであり、その性能や走り等を見せるものではない、ということです。これは、ジョーウンさんのご指摘通り、車の外見によって考えるべきで、その車が本来持つべき性能、特に今回では時速350km/hだせるといった性質は考慮すべきではない、といえます。

 最後に、この『主要部分』はBに対して示されているのですから、BにはAの動機が知り得ないと言った事は起きないわけです。ですので、前述のような目的をAの意思表示の内容に組み込むことに問題はないでしょう。

 よって、今回のAB間の売買においては、Aの『見た目として傷がない車』が欲しいという意思とBに示した『見た目として傷がない車』を買うという意思との間に不一致は無いので、錯誤は成立せず、Aは無効を主張できない、ということになります。」


 ドヤ顔で言い放つ債譲に対して、他の者達は感心した面持ちで納得したり、納得できず唸ったり、債譲の立論に驚きを隠せないでいる者等色々な表情が窺われる。ここまで自信満々に言い放った債譲であるが、内心ではホッとしている。


(会議までに錯誤のレジュメ読み直しててよかった~。)


 実は、先程も述べたが、錯誤は「法学部生なら御存知の通り」の分野なのだ。錯誤は、代理、通謀虚偽表示と並んで、民法総則における三大試験に出る山の一つである。このへんの定義を丸暗記して試験に臨んだ法学部生も多いのではないだろうか、いわゆる法学部生あるあるである。

 法科大学院生である債譲ならば当然押さえている分野だ。ドヤ顔できたのも、民法でも基本事項であることが幸いした。まあ、自分から問題提起したのだから当然なのだが・・・。それだけに、こんな基本事項をひけらかしただけでここまで良い反応をされると、自然と顔も綻ぶというもの、ドヤ顔したい気持ちもわからないでもない。

 一息ついて、債譲は再び話し続ける。


「以上が、この問題に対する法的な考え方になります。いかがだったでしょうか?」


 理不尽な要求に対して自分なりにうまく切り抜けたのではないか、と心の中でもドヤ顔をする債譲であった。

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