第11話~第1回法典編纂会議 その2~
『黒血死団事件』
名前からしてヤバそうな事件であることが窺える。
心なしか、先ほどの皮肉で弛緩していた空気も緊張感で場を引き締めているようにも感じられる。
歴史学者トネリ=アウグストは話を続ける。
「先ほど説明したとおり、世の中が疫病や飢餓で混沌としている中、多くの国が国の存亡をかけて、時には非道な手段によって、様々な国策、対外政策が採られました。結果、小国同士の小競り合いなども散見され、大国が介入・吸収する形で二大大国の図式が形成されたのは前述の通りです。しかし、そのような状況に不満を持つ者も多く、二大大国に反旗を翻すといったことも多かったようです。
そんな中、反二大大国を掲げる集団が現れました。それが、黒血死団の走りだと言われています。この集団は、表に出ること無く、二大大国に不満を持つ者を誘導して内紛を起こさせるという手法によって、二大大国を疲弊させていったと言われています。しかし、大きな損害を被ること無く、二大大国の内政は安定していきます。国の安定によって、国に不満を持つ者も少なくなっていき、反二大大国を掲げる集団の動きも沈静化したと思われました、あの人物が現れるまでは。」
トネリ=アウグストが語る中、ジョーウンの表情に微妙な変化があったことに誰も気づくこと無く、皆緊張した面持ちで話に聞き入る。
「とある魔科学者が反二大大国集団の筆頭となったことで、各国から魔科学者が行方不明になるという事件が起こります。思えば、この時から黒血死団事件は始まっていたのでしょう。行方不明になるという事態も、犯人を特定できないまま程なくして沈静化します。魔科学者失踪の事実は、自国の権力にも関わるので、各国とも公に出来ない事柄でした。そのような状況でしたので、大規模な捜査もできず、真相は藪の中へと葬り去られました。
しかし、各国へ犯行声明が出されたことで事態は一転します。声明を出した人物が三大魔科学者の一人であるルドルフ=ロエスレルだったからです。」
ジョーウンのため息が聞こえた気がしたが、誰も気付かない。債譲も余裕もなく話に聞き入る。当時、魔科学の発展に尽力した1人の魔科学者の下には3人の弟子がいた。その3人が三大魔科学者と言われて、世にその名を知らしめた。その内の1人が、ルドルフ=ロエスレルである。
「かの有名な魔科学者の1人ですから、各国とも動揺したことでしょう。何ら有効な対策も立てられないまま、その事件は起きます。各国の中枢を司る有力者達が黒い血を流して死に至るという事態が発生します。死に至るまでの状況から、この集団を黒血死団と名称したというわけです。そして、特に標的とされたのが、法分野を担当していた者達です。今となれば、声明通りの犯行だったといえるでしょう。声明の末尾に、『諸君のルールを破壊する』と残されていたようです。彼は、魔科学者であると共に法学者でもありました。国を縛るルールの重要性を知っていたのでしょう。この事件によって、当時の各国の有力者が多く殺害され、法のデータ及び文書が全て消失します。これが黒血死団事件です。」
衝撃的な事件なだけに、債譲はごくりと生唾を飲む。どうやったかわからないが、その国の法知識を抹消するに等しい方法を採れるというのは実に恐ろしいことである。こんなことが実現してしまえば、その国は混沌と化すといえる。何が悪くて何が悪くないのかという客観的な判断ができなくなる。いわゆる「怖くて外が歩けない」状況に至る。
自分がやっていることはどういうことなのか、この行為はどういう手続によるものなのか、この行為によってどのようなことが起こるのか、単純な行為であれば判断できるかもしれないが、行為が複雑になればなるほど判断が難しくなる。そのような「混沌」がその国を支配することになる。
「黒血死団の犯行方法等については、私の分野ではありませんので省略します。結果としてですが、各国に赴いていた他の三大魔科学者によって事態の究明・解析・収拾が成され、ロエスレルは二大大国の協力の下捕縛されます。これによって、黒血死団事件は解決されました。ロエスレルは、アメリア帝国の魔術結界によって監禁されることになりました。当時、ジャポネーゼには彼を監禁することのできる結界がありませんでしたので。
黒血死団事件については以上になります。つぎに、現在の状況について説明していきたいと思います。
事の始まりは、黒血死団事件は解決したものの、事件当時、各国とも法整備が遅れていたことにあります。というのも、三大魔科学者によって魔科学が飛躍的に発展したため、それに法が追い付いていなかったのです。ゆえに、法学者の議論に決着が付く前に事件によって法学者が抹殺されてしまったことから、各国とも法整備の対応に追われました。しかし、法学者が存在しないため、法整備は停滞します。
そんな中、帝国は奥の手によって法整備を行いました。その奥の手とは、三大魔科学者であり法学者でもあるロエスレルを登用することです。そう、法学者の『絶滅』の例外が彼です。彼であれば、法整備を行うことは難しくないでしょう。
結果として、彼の尽力により、アメリア帝国は昨年、法整備の完了を宣言しました。これに伴い、帝国はジャポネーゼに対して法整備状況の確認と称して帝国の法による支配を計画しているのではと考えられています。その発端となったのは、帝国の我が国に対する声明です。内容は『進捗状況が芳しく無ければ、貴国と対等に付き合うことは出来ない。法の存在しない野蛮な国であれば、我が国がその知識を分け与える。』というものでした。
我が国と帝国との関係から、単なる協力に留まることになるとは考えられません。おそらく、彼の国の法によって我が国を縛ることが目的である、というのが我が国の見解です。そして、その進捗状況の確認というのが約1年後に控えているわけです。右の事態を避けるために、法典編纂会議を開くに至っているわけです。
以上が、現在に至るまでの経緯になります。」
「説明ありがとう、アウグスト君。それでは、ここで一旦休憩にしよう。1時間後に会議を再開する。異議のある者は?・・・いないようだね、それでは解散。」
ジョーウンの声によって、場の空気が弛緩するのがわかる。債譲はというと、喉がカラカラの状態であった。備え付けられていたグラスの水はとっくのとうに空になっていた。会議中にごくごく飲むのもどうかと思ったので、おかわり等と言うこともできなかった。それよりも、異常な緊張感に包まれた状況からの開放感に、債譲は浸っていた。
結果として、マルセラに声をかけられるまで、動き出せずにいた。




