この世界が終わる夢
呼吸が荒くなる。
私が手を引っ張る幼い命。
懸命に足を動かして、私たちは逃げていた。
この世界の終わりから逃げていたの。
あと、一時間?三十分?十分?五分?
わからないけれど、この世界は終わってしまう。
その前に、私には必ず達成しなければならない大切な役目がある。
それは、この幼い命を守ること。
この世界が生み出した、最初で最後のシェルターまで連れて行くこと。
そのために私は生まれたの。
私だけではない。
私の隣を走る彼もだ。
彼も幼い命の手を引いて走っている。
先頭を若い女が走っている。
彼女が私たちを造ったのだ。
彼女は科学者だ。
世界の終わりを予見したのも彼女だった。
彼女は世界に訴えたのだ。
世界は終わる。
私たちは世界の終わりに備えるべきであると。
けれど、世界は彼女を嘲笑った。
誰一人として信じなかった。
世界の終わりなどデマだ、と。
それも当然だ。
世界の終わりを予言した古書に、遺跡に歴史に何度も裏切られてきたからだ。
私たちはシェルターを目指して走った。
血眼になった人間たちを掻き分け、薙ぎ倒し、踏み越え、守るべき尊い幼い命を守るために。
私たちを造ったように、聡明な彼女が造った最後の砦へ。
空が赤黒く染まりきった。
彼女は余裕なく先を急ぐ。
私は幼い命を腕に抱き上げた。
銃を片手に。
誰を犠牲にしても、守るのだ。
世界の上に大きな壁が見えた。
いいえ。
あれは星。
余所の星。
私たちの終わりを告げる星。
あの星と私たちの星は衝突し、この世界の栄華は幕を閉じる。
彼女が造ったシェルターの入り口は、彼女の研究所の地下だった。
誰にも見つからないように。
子どもたちのための楽園。
再び命を育むために造られた楽園。
彼女は神になる。
そして、子らはアダムとイブだ。
私たちは僕。
この人たちを守るために造られた、人の形をした機械。
私たちの身体が滅んでも、この子らをシェルターへ。
それが私たちの役目。
私たちは走った。
研究所は危険だった。
恐ろしいところだ。
未知の生物が危険から逃れようと蠢いていた。
人の形をしたモノ。
人でない形をしたモノ。
頭を打ち抜き、蹴り飛ばし、押しのけ、走る。
己の身体が傷つこうが構わない。
けれど、彼女と、この子たちには傷一つつけるものか。
私たちは走る。
地下へ駆け下りる。
特殊な通路を走り抜ける。
まるで、廃城の地下牢獄のような空間。
まるで、美術館のような不思議な空間。
まるで、まるで、まるで、まるで、
もうすぐ世界が終わりを迎えるなど信じられないくらい美しい空間がそこにはあった。
そこに、無粋な分厚いシェルターの入り口があった。
わたしは子どもを降ろし、彼とともにその入り口を開けた。
そしてわたしは子どものひとりを抱いて、そのシェルターに滑り降りた。
彼女がもう一人の子どもを抱いて滑る。
彼は最後に、扉を閉めた。
狭い、ダクトシュートのような場所をしばらく滑り、わたしがたどり着いたのは一面銀色の世界だった。
美しい、真白な雪の世界。
その色を見たとき、
世界は終わりを迎えたのだろう。
地響きと、轟音が、シェルターにも伝わってきた。
けれど、この幻想的な世界を前に、それは昨日見た悪い夢のようで。
世界が終わりを迎えたのだと実感がわかなくて。
雪を見てはしゃぐ子どもたちの姿を見て、私たちの役目は終わったのだと知った。
私たちは守ったのだ。
この尊い命を。
彼とともに喜び合った。
機械にも、こんな感情があっただなんて不思議。
そう、悪い夢から逃れ、私たちは生き延びた。
シェルターの外では、果てしない数の尊い命が失われたというのに。
星同士がぶつかって、核兵器よりも凄まじいエネルギーを放出して。
歴史も人も、一瞬にして全て無に還っていったというのに。
私たちは、夥しい命を見棄て、彼女と二人の子ども、三人の命を守りきったのだ。
そうして目を覚ませば、世界は終わる前のいつもの姿をしていて。
世界の終わりだなんて怖い夢を見たと身震いしながら、この先も終わる気配のない世界を、私は生きていくのだ。