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Boy meets Girl  作者: しばち&ゆえ
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05. side KAITO ― メールアドレス ―

 そんなにニオイするかなあ……洗濯だってちゃんとしてんるんだけど……。

 倉本と別れてから、最初の信号待ちのときにもう一度シャツの胸元を持ち上げて匂いを嗅ぐ。

 ……やっぱり自分じゃよくわからないな。

 自分の吸ってる銘柄の匂いなんて嗅ぎ慣れてるからな。

 そう考えたところで、信号が青に変わる。

 ……減らしたほうがいいだなんて、僕のこと心配してくれてるってことか?

 なんて一瞬思いついた考えを速攻で打ち消して、自転車を漕ぎ出した。

 なんというか、いろんな意味でマジメなんだろうな、あの子は。

 学生でタバコを吸うこと自体、あんまり好きじゃないとかかもしれないし。うん。

 これでも、吸いはじめたのは一応二十歳過ぎてから……だから喫煙歴なんてまだ1年ほどという、実はマジメ青年なんだけど。

 そんなことを主張したところで、面倒くさいだろうからやめておこう、と思った。




 次の日の朝、2講目からの講義に合わせて大学に行く。

 大学の門を通った辺りでタバコに火をつけて歩くのが、なんとなくの日課になっていたけど。

 ……ちょっと控えてみよう。

 ポケットから出しかけたタバコをしまい直して、そのまま歩いた。

「おはよー」

「おはよ。先週のノート見せてもらえる? 先週途中で寝ちゃって、何書いてあるんだかさっぱりなんだ」

「あとでコピーさせてやるよ」

 友人たちと挨拶を交わしながら講義室に入ったところで、携帯のメール着信音が鳴った。

 マナーモードにしないと、と思いながらジーンズのポケットから取り出して見ると、村中からのメールだった。


『昨日、ツグミちゃんと一緒のシフトだっただろ? 合コンの話した?』


 気が早いな。

 しかしあいつも倉本と一緒にシフト入ったことあるだろうに、あの純情さがわからないのか?

 僕にしてみれば、倉本は『合コン』というイベントとは、かなり遠いところにいるようなイメージがあるんだけど。

 はぁ、とため息をつきながら席について、返事のメールを打つ。


『一応、話してみたけど、みんな忙しいってさ』


 昨日言われたとおりのことを書いて返事をすると、すぐにまたメールが来る。

 村中、マジで飢えてるな。


『お前だって彼女欲しいくせに、しっかりアピールしてくれよ』


 汗をかいたような顔の絵文字までつけてきて、必死すぎだぞ。

 そういえば村中の今年の目標って『童貞卒業』って言ってたっけ。

 ……そりゃ必死になるかもな……。


『そんなガツガツしてたら逆に逃げられるぞ』


 と、返事を打ってから、マナーモードに切り替えた。




 その日の夕方は、また倉本と同じ時間帯のシフトだった。

 仕事中は普段と何も変わらない。

 バイトをはじめて2ヶ月近くになった倉本は、今はかなり仕事に慣れてきたようで、だからと言って手抜きするようなこともなく、真面目にテキパキと仕事をこなすようになってきた。

 今日は週に1度のレンタル半額の日だったから、平日ではあるものの夕方から中高生の客なんかが増えてきて、ずっとカウンターに立ちっぱなしだった。

 そんな日でも、接客も落ち着いてるし、ちょっとの隙間を見ながらカウンターの中を整理したりと、要領もよくなっている。

 最初は鈍くさいなと思ったけど、それなりにちゃんとできる子なんだな、と思いながら倉本の仕事ぶりを見ていた。


「倉本さん、休憩の時間だよ」

 と、僕が声をかけたとき、倉本はカウンターの中のビデオの空箱に返却予定日の札をせっせと付けているところだった。

「あ、はい。…大丈夫ですか?」

「うん、休憩は取らなきゃだしさ。なんとかできるよ」

 この時間はふたりだけってわけでもないし、15分の間、ひとり足りないくらいはよっぽどじゃなければ全然平気だ。

「じゃあ、お願いします」

「おつかれっす」

 倉本はカウンターにいた他のパートさんにも「おねがいします」と声をかけて、控え室に向かっていった。


 15分後、倉本と入れ違いに僕が休憩に入る。

 ちょうど客が引けたので、倉本が戻ってくるより早くに控え室に入った。

 こんなふうに忙しい日にはやっぱり一服したいし。

「あ、もう時間ですかっ」

 控え室に入った僕の顔を見て、倉本は少し慌てた顔をした。

「いや、あと3分くらい。ちょうど人少なくなったから上がってきたんだ」

「よかった。びっくりしましたー」

 ほっとしたようにちょっと笑う。

「…ちょっとタバコ控えめにしてみたんだけど、吸いたくなっちゃって」

「え…あ……昨日の話…ですか? す、すみません、なんか……」

「いや、やっぱほら、健康にも財布にも気を使わなきゃなとか思ったし」


 それを聞いて、倉本はくすくすと声を立てて笑った。

「あ、そういえば…昨日言ってた、合コンの話なんですけど……」

 休憩時間の間に弄ってたらしい携帯をロッカーにしまいながら、外に出ようとした僕に声をかけてきた。

「ああ、そんなに気にしないでいいんだけど……」

「あの、昨日あの後、友達が合コン相手いないかなって言ってきて……どうでしょう?」

「どう、って……どう、だろう」

 あんまり期待してなかったもんだから、変な返事になってしまった。

「あの、あとで、また…上がりの時間、一緒ですよね?」

 店の中に向かうドアを開けながら、こっちを振り返る。

「あ、そだね。あとで、また」

 僕の返事を確認するようにちょっと笑顔を見せてから、倉本は部屋を出て行き、僕はそのドアが閉まるのを見届けてからタバコを吸うために外に出た。


 合コンか……。

 タバコに火をつけ、煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 ポケットから小銭を出して、自販機に入れ、缶コーヒーを買った。

 その間ずっと、「合コンか……」と頭の中で呟いていた。

 なんとなく、そういうタイプだとも思わないし。

 ていうか、彼氏いるのにねえ……とか。

 ……でもそういえば、『友達』が合コン相手を探しているのであって、倉本が参加するとは限らないんだよな。

「……そっか……」

 何が「そっか」なんだか、自分でもよくわからないんだけど。

 ふーっと長く煙を吐き出してから、携帯灰皿に吸殻を突っ込んだ。



「お疲れさまでしたー」

「お疲れでしたー」

 深夜勤務の村中たちと交代して、僕と倉本は控え室に入った。

「えーと、さっきの話だけど……」

「あ、はい」

「ホントにいいの?」

「えっと、私は行かないと思うんですけど」

 ああ、やっぱり。

 予想通りとはいえ、ちょっとガッカリ。

「友達が…学校の同級生なんですけど」

「何人くらい?」

「4人くらいかなあ。いつも一緒にお昼食べたりしてるんです」

「4人ならちょうどいいくらいだよな」


 4人から5人くらいが、とりあえず全員と話ができる上に、その中で話が会う子がいることが多い気がする。

 『話が合う』といっても、彼女になるというのとはまた全然違う。

 合コンで会ってから友達になった女子は少しいるけど、合コンで彼女にまで至ったことは今のところないというのが現実だった。


「じゃあ、幹事の子のメルアドかなんか教えてもらえる? …あ、向こうに了解してもらってからでいいんだけど」

「そうですね。今度…大野さんにでいいですか?」

 制服のシャツの下にはみんなTシャツを着ているし、倉本もそうだったから、ふたりとも話をしながらさっさと着替えていく。

「ホントは村中だけど、あいつ深夜勤が多いから、なかなか一緒のシフトにならないだろ?」

「はい、そうですねー」

「だからとりあえず俺でいいよ。今度のシフトのときにでも」

「あ、もしよかったら、大野さんのメルアド教えてもらえれば、近いうちに恵美の……友達のメルアド送りますけど」

 ロッカーの中にしまってあったバッグから携帯を出して画面を確認しながら、倉本が言った。

「あー、じゃあそうしてもらえるかな。……メルアド教えてもらっていい? 俺、受信制限してるから、こっちでアドレス登録しないとならなくて」

 僕もロッカーから携帯を取り出して、アドレス登録画面を呼び出す。

「けっこう今でも迷惑メールって来ますもんね」

 と言いながら、自分のメールアドレスを見せてくれた。

 女の子っぽいビーズのストラップがゆらゆらと揺れている。

「サンキュー。今、こっちのアドレスも送るから」

「はい、お願いします」

 本文欄には「大野」とだけ打って、送信すると、すぐに倉本の携帯からメール着信音らしい短い音が鳴った。

「あ、来た来た。じゃあ、近いうちに送りますね」

「うん、頼むわ。……今日は俺、本屋寄ってくから送れないから」

 と言うと、慌てたようにして

「や、そんなっ、いつも送ってもらおうなんて思ってませんし……大丈夫ですよ」

と、両手を胸の前でぱたぱたと振った。

「高木君になんか言われた?」

 ちょっとからかうように言うと、ぶるぶると首を横に振った。

「ていうか、……言ってませんけど……やっぱり、言うとまずいでしょうか」

 困ったような顔をして、首をかしげた。

「どうなんだろ。人によるんじゃね?」

「……言わないのも、まずいでしょうか……」

「……どうなんだろ」

 現時点で浮気されてるとか思われると、こっちが心外ではあるけど。

「そういう気がなければ、別に平気なんじゃね?」

「そうなんですか……」

 まあ、そういうのはその男によるかなあ。

 嫉妬深い男もやっぱりいるし、一概には言えることではないとは思う。

 僕だったら、男友達やバイト仲間くらいとたまに一緒に帰るくらいなら、なんとも思わないけど。

 ……毎日とかだったらさすがにちょっと嫌というか、心配ではあるだろうけど……。

「……たぶん」

「……はあ……」

 曖昧な僕の言葉に、曖昧に返事をして何か考えているような顔をする。

「ま、いいや。……じゃあ、お疲れっす」

「あ、はい。お疲れ様でした」

 ぺこり、と軽く頭を下げるのを見て、僕は外に出た。

 ポケットからタバコを取り出して、火をつける。

 仕事の後の一服はさすがにやめられない。

 ……思いがけず、メルアド交換なんかしちゃったな。

 自転車に跨りながら、なんとなく携帯を出してみると、開くのと同時にメール着信音が鳴った。

 倉本からだった。


『メルアドありがとうございます。お疲れさまでした。』


 ……マジメだよなあ。

 返事は必要なさそうだな、と判断して、ジーンズのポケットに携帯を突っ込んでタバコをくわえたまま自転車を走らせた。

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