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Boy meets Girl  作者: しばち&ゆえ
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03. side KAITO ― 笑顔と困惑 ―

 あのバカ店長。

 言うこと言ったらあとは全く連絡がつかなくなるし。

 だいたい、女の子ひとりをそれなりに広い店に残して行くっていうのはどうなのよ?

 僕は店長からの連絡を受けてすぐに大学から自転車を猛スピードで漕いでバイト先に向かった。



 自動ドア越しに店の様子が見えた。

 幸い今日は普段より客も少なくて、彼女ひとりでもなんとかなっていたみたいだ。

 でもカウンターにいる彼女の顔はいっぱいいっぱいな表情をしている。

 ……一応、客商売なんだからさ。

 でもまだバイトはじめて何回目だっけ? そんなだから、ひとりで残されて余裕ある顔してろって言う方が無理か。

「おはよっす」

 店の中に入ると、その瞬間強張っていた彼女の顔がほっと安心したように緩んだ。

「悪いね、すぐ準備するから」

 と声をかけたけど、同時にカウンターに客が来たから彼女は接客に移り、僕は着替えるために控え室に入った。



「んとにさ。店長あれ絶対デートだぞ。言う事だけ言ったら電話に出やしねー」

 やれやれだ。

 僕だって予定より30分も早く来てやったんだ。

 僕が襟元のボタンを留めながらカウンターに入ると、彼女はいくらか緊張がほぐれた…というか、緊張の糸が切れかけたような顔になった。

「……デート、ですか……」

 と、ぽかんとした表情で呟く。

「働き始めて間もない従業員を一人にして置いてくなんて何考えてるんだか」

 とため息交じりで言いながら、僕はカウンターの後ろに溜まっていた返却済みのソフト類をざっとジャンル分けしながらワゴンに乗せていった。

 我ながら仕事に関しては手が早いと思う。

 3年もやってればだいたいやることは体に染み付いている。

「何も問題とかなかった?」

 ふと彼女を見ると、さっきとはまた打って変わってヘコんだような、俯き加減な顔になっている。

 何かあったんだろうか?と心配になった。

「別に何も問題なんてないですっ……多分。幸い返却ばっかりで役に立たない私でもなんとかなりましたから」

 と、少し慌てたような口調で返事をした。

 それなら何でヘコんだ顔するんだろう?よくわからない女だな。

 僕は小さくため息をつく。

「いや、そうじゃなくて……。まあいいや。もう帰る? それとも店長戻るまで残業する?」

 彼女は僕から目を逸らすようにして、俯き加減のままだ。

「店長さんには、できれば残業して欲しいって言われてたんですけど、私じゃ役に立たなくて大野さんの邪魔になるかもですね」

 ……あ、なんかイラっときた。きたきた。

 でも大人な僕はそんなことはいくらなんでも面と向かっては言わない。……よっぽどだったら言うけど。

「はあ? 何言ってんの? 役に立たない奴なんて雇う訳ないだろう」

 ああ、大人なはずなのにちょっとだけ出してしまった。

 なんかこう、後ろ向きな発言をするヤツって嫌いなんだよな。

 僕の言葉を聞いてぱっと顔を上げる。

「で、どうする? 残業」

 一瞬、泣かれるのかと思った。

 それくらいヘコんだ顔してたから。

 それでも、彼女は案外きっぱりと

「えーと、やっぱり残業します」

 と、返事をした。

「じゃあちょっと休憩行ってきなよ、今日開店から居るんだろ」

 僕はさっき控え室から出てくるときにポケットに入れた500円玉を彼女に渡した。

「あの、えーと……」

 手の上の500円玉を見つめたまま、ぼんやりと立ち尽くしている。

「俺は無糖コーヒー。控え室の冷蔵庫に入れといて、後で飲むから」

 そう言って僕は店内を見渡す。

 とりあえず今すぐにカウンターに来そうな客はいないようだから、少し返却分を棚に戻したい。

 彼女の顔に視線を戻すときょとんとした顔をしているから、少しおかしくなる。

「なんか好きなの買って飲みなよ。今日の最大の被害者だし。あ、おつりいらないから」

「あ、ありがとうございます。で、でもおつりは……」

 カウンターに客が近づいてきたのが視界の端に見えた。

「いらないって言ってるだろ。俺小銭嫌いなんだ」

 と、彼女に言うのとほぼ同時に、客の呼ぶ声が掛かる。

 まだどこかぼんやりとした顔で立っている彼女を置いて、接客に向かった。




「大野お前っ、あれはなんだあれはっ」

 休憩になって控え室に入ると、倉本と交代になる形で出勤してきた村中が詰め寄ってきた。

「あれって何?」

「冷蔵庫の中だよ。あれ月海ちゃんの字だろ」

 なんでそんなことがわかるのかとかなんでちゃん付けで呼ぶのかと問い詰めたいけどとりあえず黙っていた。

「あー…別に、ちょっと買っておいて貰っただけだよ」

 コーヒー買っておいて貰ったことは今ちょっと忘れていたけど、そういえばあるんだった。

 外に出る手間が省けてラッキーって程度に思って冷蔵庫を開けると、僕の名前が書かれた付箋のついた缶コーヒーがなぜか3本も入っている。

 しかもすべて名前に「さん」付けだ。

「ちょっと、っていう数じゃないだろ」

 村中が横から僕と一緒に冷蔵庫を覗き込む。

「……1本のつもりだったんだけどな」

 ここの店の自販機は普通のより10円安くなっている。

 僕のが3本、彼女は1本…おつりって結局60円しかないし。

 まあ、お駄賃が目的だったわけではないからどうでもいいと言えばいいんだけど。

 こんなことなら2本ずつって言えばよかったな……。


「なんか仲良くなってるんじゃねーだろな?」

 じろりと僕を睨んでくるけれど、そんなのは身に覚えがなく。

「……むしろ逆っぽいんですが何か?」

 時々妙におびえたような顔をするように見えるのは、多分誤解じゃないだろう。

「……お前、愛想悪いからな。慣れるまでは『怖い人』って思われること多いもんなあ」

 それはわかってるんだけど。

 村中は大学も同じなだけに、僕に対する評判なんかはいちいち教えてくれて、けっこうヘコまされることも多いものだ。

 自分でもいいと思っているわけではないけど、こういうバイトしてるわりにはけっこう人見知りするタイプで、子どもの時からの性格だった。

 こんなだから、合コン行っても上手くいったためしがない。

 そんな性格をちょっとでも直せたらという期待もあって接客のバイトだったんだけど。

「バイトは特になんか、客に愛想するので精一杯なんだよ」

 肩をすくめてそう言うと、村中は大げさにため息をついた。

「基本的に無愛想だもんな、お前」

「もともとの性格なんだからしょーがねーよ」

「……しかしそれとこれは話が別だ」

「何が」

「俺にも寄こせ」

「俺の金で買ったんだから全部俺のもんだ」

 男に……特に村中に理由なく奢るなんて嫌だ。

 村中はちっと舌打ちして立ち上がった。

「とりあえず、月海ちゃんに合コンの約束取り付けとけよ」

 村中の言葉に、缶コーヒーに伸びた手が一瞬止まる。

「なんで俺が……」

 眉をひそめて村中を見上げると、なぜか向こうも同じように苦い顔をしていた。

「来月お前が一緒のシフト多いんだよ。お前が作ったんだろーが」

 ずっるいよな、と小さく呟いた。

「……そうだっけ?」

 そんなに重なってるかな。

 ……ということは、なんかやり辛いな……。

 もう彼女もあらかた仕事の方は理解しているらしいし、今日だっていっぱいいっぱいな顔しつつも、ひとりでなんとか失敗もせずにやれたんだから、見ててイラつくようなこともないだろうけど。

 なんとなく。

 苦手意識を持たれてることがこっちに伝わってくるからかもしれない。




 自分で缶コーヒーを頼んだものの、1回のバイトで3本も飲めるはずがなく、次のバイトの日の退勤のときに3本目を開けた。

「あ、お疲れさまです」

 缶のプルタブを上げたのと同時に、倉本が控え室に入ってきた。

「お疲れっす。……先あがっちゃってた。……ワゴン、次の人に引き継いじゃってもいいのに」

 返却されたソフトを棚に戻す作業に時間が掛かっていたようだった。

「いいんです、ちょっと中途半端にしておけなくて」

 その気持ちもわからなくないけど。

 あの作業はキリのいいところまでと思っていたらいつになってもキリよくならなくて、いつの間にかすごい時間になってたりするんだ。

 でも、ソフトの裏の作品紹介とかをチラチラ見ながらだったりするから、けっこう楽しかったりもする。

 そんなことしてるから時間が掛かるんだけどな。

 まあ、倉本はマジメに棚に戻しているんだろう、と思う。

「棚に戻す時、パッケージ裏の映画の紹介なんかつい読んじゃって、それで時間掛かっちゃったりするんですけど」

 と苦笑するから、僕が考えてたことがわかったのかと一瞬焦る。

 そんなことあるわけないんだけど。

「ああ、俺もけっこうそうなんだよな。なんかあれだけで観た気分になれない?」

 と言うと、倉本はくすくすと笑う。

「私もそうです、せっかくバイトしててタダで借りられるのに、全然借りてないんですよね」

「ああ、結局話題作の新作が旧作に落ちた頃に借りるくらいだなー」

 やっぱりーと言って笑う顔は、僕にとっては初めて見る楽しそうな笑顔だった。

 仕事中には当然見ない表情だし、そういえばこんな風に雑談するのは初めてだったかもしれない。

 ふと、村中に合コンの約束しとけと言われたことを思い出した。

 ……今だったら言ってもいいかもしれない。

「あー、あのさ、倉本さんは彼氏いるからあれだけど」

「え、はい?」

 彼氏、の言葉にちょっと顔を赤くする。

「同級生で合コンしたいとかって人いるかなあ? 村中が合コンしたいって言ってて」

 と、村中のせいにしてみる。

 実際言い出したのはあいつだからいいんだ。

「合コン、ですか…うーん……」

 困った顔で宙を見つめてから、

「今度、聞いてみます。でもみんなけっこう忙しい子多いから……」

 という返事があったときは十中八九断ってるんだよな、うん。

「無理にとは言わないし、村中の言うことだから、適当でいいよ」

 いや、もしやるとなれば僕ももちろん参加したいけど。

「はい、……適当に」

 と言ってまた笑ったから、ちょっとほっとした。



「ああ、倉本さんって家どのへんなの?」

 ふと、思いついて聞いてみた。

「え、えっと、近くですよ。歩いて10分ちょっとです。……3丁目のローソンの裏のほうです」

「その辺なら俺も近いよ。チャリ乗ってく? もう暗いし」

 僕の言葉にあからさまに困った顔をする。

「えっ、でもいつも歩いてますし、大丈夫ですよ」

 まあそうなんだろうけど。

「別に何もしないってか、実家でしょ?」

 ちょっとからかい半分。男に免疫なさそうだもんな。

 こんなだと『高木君』も苦労しそうだよな。

「そうですけど、……じゃあ、お願いします」

 思ってたよりもすんなりとOKが出たからこっちがちょっと驚いた。

「あ、そう。……じゃあ行こうか」

「……はい」

 逆にこっちが緊張してきた。

 缶に残っていたコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に捨てた。


 ……いいのか、こんな展開。

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