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Boy meets Girl  作者: しばち&ゆえ
2/17

02. side TSUGUMI ― 500円玉の行方 ―

 バイトから戻ってきて、自分の部屋への階段を上がる途中、バックの中に入れてる携帯が鳴る。

 取り出して名前を見ると高木くんだった。

 思わず階段の真ん中でちょっと立ち止まってから、小さく深呼吸する。

 だって、なんかまだ少し緊張するんだよね、高木くんと話すのって。


 ピッ。


 受話ボタンを押して携帯を顔の横に持ってくる。

「もしもし」

『あ、もしもし。俺、高木』

「うん、わかるよ」

 私も緊張してるけど、高木くんもちょっと緊張してるかも。少し戸惑ってる声のような気がする。

『どう? バイト。慣れてきた?』

 話しながら私はまたゆっくりと階段を上がり始める。

「うん、ぼちぼちかな? まだトロくさくてあまり戦力になってないかも。あんなんでお給料貰っちゃっていいのかなぁって感じ」


 カチャリ、バタン。


 そして自分の部屋の扉を開けて、閉める音がする。

『あはは。なんか想像つくな』

「やだ、ひどいなー」

 高木くんが携帯越しに笑うから、私も緊張がほぐれてくる。

 そしてベッドの上に座って、その横に無造作にバックを置きながら話してた。

『皆親切に教えてくれてるの?』

「あ、うん。優しいよ、女の人も思ってたより多かったし……ただ」

 ただ。

 あの人はちょっと苦手かも、大野さん。

『ただ、なに?』

 私の言葉が途切れたから、高木くんは少し心配そうな声。

「あ、ただで借りれるんだよ、新作以外の物なら。DVDとか。後CDも」

 心配かけちゃまずいよね、と思わず誤魔化してみたけど、これは本当。

 とは言ってもまだ私借りた事ないんだけど。

 皆いっぱい借りてるのかな? と思ったらそうでもないみたい。

『へえー。いいねぇ。俺見たいのあるんだけど、今度会う時に借りてきてよ。俺んちで一緒に見よう?』


 どきん。


「えーと。今度のデート、とかで?」

『うん』

「でも私、今上映してる映画で観たいのあるんだー。スクリーンの大画面で見れる物は見たいなぁ」

 内心ドキドキしてるんだけど、なるべく平静を装ってそう提案してみる。

『そっかぁ。じゃあその映画にしようか。土日バイトだろ?』

「うん」

『俺もだからさ。来週の月曜日はどう?』

 私は彼の話を聞きながらスケジュール帳を取り出し、確認する。

「あ、大丈夫だよ。じゃあ上映時間調べとくね。またメールする」

『うん、よろしく。じゃあ』

「じゃあね、バイバイ」

 

 パタン。


 思わず溜息をつきながら携帯を閉じて、ベッドにゴロンと横になってみる。


 高木くんは大学進学のために、この春から一人暮らしを始めたって聞いてる。

 だから当然彼の部屋に行くと、個室に二人きりになっちゃう。

 ちょっと前なら、まだ付き合い始めたばかりなんだし、いきなりそんな事まで意識しなくてもと思ったけど、バイト初日の大野さんとのやりとりなんかがふいに頭によぎってしまった。


『別に普通だってば。 倉本さんの同級生も絶対観てるって』


 なんか面と向かって言われたから、変な反論しちゃったけど、よくよく冷静になって考えてみると多分そうなのかもなぁって思う、なんかやだなぁって思うけど。

 でもでもでも。

 よく考えたらバイト初日にあんなとこから教えなくてもよくない?

 デリカシーなくない?

 それにちょっとくらい、言葉濁してくれてもいいのに、あっさりAV観てるとか言わなくてもいいじゃない。

 それに……。

 もしかしたら、私初対面からいい印象もたれてなかったのかも……とか思っちゃう。

 だって、店長から私の指導頼まれた時も、すごく嫌そうな顔してたし。

 あれから気のせいか冷たいような……気もするし。

 ううん、別にあの人は他の人にも特別朗らかって事もないから考えすぎなのかなぁとも思うんだけど……。

 そう、バイト先の人は皆いい人なんだけど、大野さんだけがちょっと苦手。




「月海ちゃん、ゴミ裏に出してくれる?」

「あ、はーい」

 月海ちゃんって呼んでくれるのは、主婦でパートに来てる木村さん。主婦のパートさんが何人かいるんだけど、皆平日の開店から夕方までの時間の人達がほとんどだ。

 そして木村さんはおめでたなんだって。まだお腹目立たないけど。

 ぎりぎりまでは勤めて、生活費の足しにしないとって笑ってる。でも話しやすくて優しくて、頼りになるお姉さんって感じ。

「これかな?」

 業務用の可燃用のゴミ袋が、口を括られてカウンターの隅に置かれていたので、それを持って業務用出入り口の扉から中に進む。従業員控え室の扉を素通りして裏口の扉を開ける。

 するとその扉付近に大野さんが立っていて、一瞬ドキリとしてしまう。大野さんて遅番が多いんだけど、今日は珍しく早番で来ていた。

 そして、大野さんは煙草を吸っていて、私の存在に気付くと煙草の煙を吐き出してから口を動かす。

「おつかれ」

「あ、おつかれさまです」

 私もつられて、同じ挨拶をしてから、所定の場所にゴミを置いてきた。

 そして、戻ってきた時に、なんとなく彼に話しかけてみる。

「なにしてるんですか?」

「煙草吸ってる」

 いえ、そうなんですけど……それは私でも見ればわかります。それでも『この人苦手』感を払拭したくて、なんとか会話を続けてみる。

「どうしてこんなとこで吸ってるんですか?」

 今このタイミングで吸ってる理由はなんとなくわかる。

 あとちょっとで開店なんだけど、結構もう準備は整ってるし。ほんの数分だけど、何もする事がない状態になるから。でも今日は新しいソフトが沢山入ってくる日だから、それが来てからはちょっと忙しいよって木村さんが言ってた。

「あ、そういえば控え室で煙草吸ってる人って居ないですね、禁煙でしたっけ?」

 私は先に質問を投げかけたものの、その事にふと気づいて大野さんの返事の前にまた質問をぶつけてしまっていた。

 ちらりと大野さんを見ると、煙草の灰を指でトン、と地面に落としたとこだった。大野さんの指は男の人の割には長くて細めでなんか綺麗かもしれない。

「禁煙じゃないんだけどね、なんとなく。煙草吸わない人もいるだろ。それに今はほら、木村さん、妊娠してるし」

 思わず私はまじまじと大野さんの顔を見つめてしまう。

 言われてみれば私はもちろん未成年だから煙草は吸わないし、うちのお父さんも吸わないしお母さんも吸わない。

 だから実は煙草の匂いって苦手。

 そういえばここの控え室には煙草の匂いがした事がない事に、今更気づいたりした。

 そんな事をぼんやりと考えてる間に、大野さんはおもむろにGパンのポケットから小さくて四角い小銭入れのような物を取り出す。

 なんだろうと見ていると、パカっと蓋を開けて、その中に短くなった煙草を押し付けて火を消すと、また蓋をしてポケットにそれを戻した。

「あの、それって携帯用灰皿、とかですか?」

「ああ、うん。一応社会のマナー? って事で」

 そっかぁ。なんかちょっと大野さんの事見直したりして。こんな事言ったら怒られてしまいそうだろうけど。

「もっとも、倉本さんにしてみれば喫煙する男は苦手かもしれないけど」

「は? なんですか、それ?」

「だってAV見る男もダメなんでしょ?」

 大野さんはちょっとからかうような口調でそんな事を言ってきた。

「ば、馬鹿にしてるんですか?」

 ちょっと見直しかけたのにと、なんだかムッとした表情になってしまう。

「違うの?」

「いくら私でも、男の人がその……AV見る事がある事くらい知ってますっ。あの時はちょっとびっくりしてしまっただけで……」

 思わずもごもごと言いよどんでしまってると、大野さんが笑った。

 や、やっぱり馬鹿にされてる?

 でもそう、大野さんの言うとおり、私が思ってるよりは借りにくる人が多い。それでも女の人がカウンターにいる時は持ってくる人はちょっと減るらしいんだけど。

 でも驚いたのはほんとにたまになんだけど、女の人も借りに来ることがあるって事。

「そろそろ戻らないと。もうすぐ開店時間だ」

 そう言いながら大野さんが扉を開けたので、私も慌ててその後を追った。




「突然で本当に申し訳ないんだけど、なんとかならないかな」

 本当に困ってる、そんな表情で店長さんが私にそうお願いしてくる。

 というのも、これからどうしても外せない用事で出かけないといけないらしくて、最もそれは前から決ってた事で、特に支障もないようにシフトを組んでいた……らしい。

 ところが、今日遅番で来る予定だった鈴木さんが急に休みになってしまい、私が帰ってしまうとなんとこのお店は無人になってしまう状態になるらしい。

 後1時間もしたら大野さんが来てくれるらしいけど、最悪でもその1時間、それでも大野さん一人では大変なので、用事を早めに済ませて店長さんも戻ってくるらしいので、できればそれまで残業をしてほしい、そういう話だった。

「あの、わかりました。私なんかで逆に申し訳ないんですけど……」

「ありがとうっ、これ、大野の携帯番号ね。もしどうしてもわからない事があれば電話しといて」

 そう言って店長さんは、自分の携帯を見ながらメモ紙にサラサラと大野さんの番号を書き写した。

「え、あの」

 携帯番号なんて、個人情報じゃないの? 本人の了承なしにいいのかなぁなんてのんびりと心配していたら、次の瞬間には店長さんが携帯で電話かけてた。

「うん、そうなんだよ、鈴木の奴が休みになっちゃってさ、今倉本さんしかいないんだよ。わからない事があれば連絡つくようにお前の携帯番号教えとくから、すまんが頼む」

 早口にそう言うと、店長さんは私に「ごめん、よろしくね」とだけ告げると、パタパタと出かけてしまった。

 それにしても、たった1時間でもすごい不安。わからない事があっても誰にも聞けないんだもん。

 そう、頼りは大野さんの携帯だけ。

 彼の番号が載っているメモをしばらくじっと見つめてたけど、ひとつ溜息をついてから二つ折にしてポケットに入れた。




 大野さんが来るまでの間、幸いにもあまりお客様も来なくて、入ったばかりの私でもなんとかなる範囲で事は進んでいた。

 すると予定よりも少し早くに大野さんが店のドアから入ってきた。

 大野さんの顔を見てこんなに嬉しかったのは、多分ここにバイトに来てから初めてだったと思う。

「悪いね、すぐ準備するから」

 急いで来てくれんだろう、少し息を弾ませながらそれだけ言うと、奥の控え室に入っていった。


「んとにさ。店長あれ絶対デートだぞ。言う事だけ言ったら電話に出やしねー」

 カウンターに入ってくるなり、大野さんは見るからに不機嫌そうな表情ででそう呟いた。

「……デート、ですか……」

 私はなんて言っていいのかわからなくて、相槌の代わりにそんな事を口走ってる。そういえば、初めて来た日もデートがあるからって大野さんに私の事押し付けてたっけ。

「働き始めて間もない従業員を一人にして置いてくなんて何考えてるんだか」

 そんな風にぶつぶつ言いながらも、私がトロくさいために返却されたままで棚に戻す準備もできてないCDだとか、DVDだとかを素早くジャンル分けして、棚に戻せる状態へと整えていく。

 うう、やっぱ私って役に立たないなぁ、勤め始めたばかりってのももちろんあるんだろうけど……。

 なんか大野さんと居ると妙に自虐的な気分になるかも……。さっき店に走りこんできてくれた時は嬉しかったのに。

「何も問題とかなかった?」

 そしたら不意にそう聞かれ、ちょっとびっくりしてしまう。

「別に何も問題なんてないですっ……多分。幸い返却ばっかりで役に立たない私でもなんとかなりましたから」

 あれ、大野さんに変な顔されてしまった。そんなに信用ないのかなぁ……。

「いや、そうじゃなくて……。まあいいや。もう帰る? それとも店長戻るまで残業する?」

 なんで溜息つかれてるのかな、私やっぱり嫌われてる……?

「店長さんには、できれば残業して欲しいって言われてたんですけど、私じゃ役に立たなくて大野さんの邪魔になるかもですね」

 なんか落ち込んだままで、俯いたまま、そんな事を口にしてしまってた。

「はあ? 何言ってんの? 役に立たない奴なんて雇う訳ないだろう」

 俯いてた私の頭の上に降るようにそんな言葉が聞こえてきて、思わず顔を上げたら大野さんと目が合う。

「で、どうする? 残業」

 すると間髪いれずにそう聞かれ、反射的に私は返事してた。

「えーと、やっぱり残業します」

「じゃあちょっと休憩行ってきなよ、今日開店から居るんだろ」

 そう言って500円玉を1枚手渡される。

「あの、えーと……」

 手のひらの500円玉を見つめたままで、私は固まってしまう。

「俺は無糖コーヒー。控え室の冷蔵庫に入れといて、後で飲むから」

 えーと、えーと。『俺は』って事は、そのー。

 そのように受け取っていいのか悩んだまま大野さんを見上げると、彼はちょと笑った。

「なんか好きなの買って飲みなよ。今日の最大の被害者だし。あ、おつりいらないから」

「あ、ありがとうございます。で、でもおつりは……」

 だってどう考えてもおつりのが多い。

「いらないって言ってるだろ。俺小銭嫌いなんだ」

 ええー。さっきちょっと笑顔だったのは見間違いだったのかしら。なぜにおつりで怒られるの、私……。

「あの、すいませーん」

 お客様に呼ばれ、大野さんはそのままそちらに向かっていった。

 ちょっと気になったけど、大野さんなら大丈夫だろうな、店内を見てもお客様はそんなに居ないし。

 500円玉を握りしめて、店の表にある自動販売機に向かう。

 110円のドリンクを1本買う。後は大野さんの無糖コーヒー…これだって110円だ。

 お釣りが圧倒的に多いよー。




 ジュースを買って、ビルをぐるりと回って裏から控え室に入った。

 そしてありがたく大野さんおごりの缶ジュースを飲んだ。

 あ、そうそう、冷蔵庫に大野さんのコーヒーをいれとかないと。

 皆で共有の冷蔵庫なので、付箋紙とマジックがすぐ傍に置いてあり、名前を書いて入れておく事になってる。もしそれをしてないで、中の物が取られても文句を言う権利がないらしい。


『大野さんの』


 そう書いた付箋を缶コーヒーにペタっと貼って、冷蔵庫の結構目に付くとこにしまった。

「うん、こんなもんよね」

 どんな顔するかな?

 そう思った時、なんでかさっきの笑顔がちらついた。

 次の瞬間には私はぶんぶんと首を横に振った。

 ありえない、また馬鹿にされるかもなくらいなのに。

 そんな事を考えながら冷蔵庫を閉めた。


 冷蔵庫の中には、『大野さんの』付箋付缶コーヒーが3本並んでる。

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