雲と城塞
【シュクル】「ルリエ、信号弾」
【ルリエ】「了解です」
ルリエは信号拳銃に弾を込め、立て続けに発砲する。
私は双眼鏡で城塞を眺める。こちら側は比較的綺麗だ。
大型の野砲を設置するには時間がかかる。本格的戦闘まで、まだ数日の時間が必要にみえた。
【シュクル】「少年、教国の野戦司令部へ。ルリエ、司令部に追加。駐留の第二報道小隊に教国野戦司令部方向の撮影待機命令。ワガセンカヲサツエイセヨ」
【ルリエ】「了解」
私はハッチに立ち上がり、眼下を見下ろした。
オートジャイロはクレセント城塞の上を通り過ぎる。城壁内は傷病者、難民が溢れている。
【ルリエ】「対空陣地発見。十一時方向」
【少年】「回避します」
【シュクル】「突っ込め」
青い軍服を着た兵士が蠢くのが見える。一斉に城塞に向いていた細長い砲身が起き上がる。
【少年】「捕まってください」
少年の発言とほぼ同時に対空砲の白熱した弾が地から生えた剣のように振り掛かる。
少年は急浮上急降下に急旋回を繰り返しながら回避する。私はリュックから取り出した砲弾を抱き、腰と胸を抑えつけるベルトにしがみ付いた。
【ルリエ】「見えました。野戦司令部です」
複数の強固なコンクリート製トーチカに囲われた星形陣地が見えてきた。
要塞にとっては脅威の大口径列車砲も見える。重列車砲モンステル。お兄様が自慢していた史上最大のカノン砲だ。
【シュクル】「少年。司令部直上、機体高度三千メートル。全速離脱」
【少年】「了解」
機体が大きく揺れ、旋回する。
砲弾が機体を掠め、甲高い金属音が木霊する。
私は体を座席に抑えるベルトから這い出る。
機体のハッチから身を乗り出し、卵型の砲弾を構えた。
機体が急上昇する。急激な重力上昇に全身が重く、息が苦しくなる。
私は手を離した。
砲弾は機体の速度と重力に従い、一直線に野戦司令部へ落ちる。
機体が急加速する。
私は急激な旋回にハッチから振り落とされそうになり、ルリエに背中の服を掴まれる。
【シュクル】「城塞司令部へ」
機体が大きく旋回する。
人の姿が一瞬で背後に流れる。
不意に背後の地が一点白く輝き、百の雷が頭上に堕ちたかという轟音と共に、暴風が襲う。
【ルリエ】「陛下っ」
機体が押される。
私は前にうつ伏せになるように頭を押さえ、揺れが収まるまで歯を食いしばる。
【ルリエ】「クレセント城塞です」
歯を食いしばり顔を上げると、機内が夕日に染まっていた。
いや、違った。ハッチから機体の背後を振り向くと、赤黒い大きなきのこ雲があがっていた。雲の下は黒く霞んで見えない。
敵の砲撃も無かった。
城塞上空で留まり、垂直着陸する機体。その下ではきのこ雲に照らされた帝国の将兵、臣民が集う。降りる機体を囲み、砲台に立つ者、包帯を巻いた者、杖をつく者、皆剣を掲げ、千切れた帝国旗を振り上げ、地鳴りの歓声を上げている。
【城塞司令】「陛下。大勝利おめでとうございます」
城塞司令のマルチェスが出迎える。教国との開戦から九年。我が父と共に得た、教国への決定的勝利だった。
私はこの戦果を以て教国、連盟双方に停戦を打診、翌月には正式な講和条約が結ばれ、九年に渡り既知大陸全土を巻き込んだ〝大陸戦争〟は終結した。
一年後。
私は白い墓標と若木が整然と続く丘陵にいた。
地平線の彼方まで続くような戦没墓地の中央に、帝国と共に戦った帝室と王族一三名の墓がある。
【シュクル】「エリン・・・・・・」
【ルリエ】「よしてください。お墓参りですか?」
ルリエが言った。
【シュクル】「ええ。ノエルお兄様と、二コラに。貴女も?」
【ルリエ】「はい。リシェルお姉様に挨拶してきました」
ルリエは前に供えた花だろうか、萎びれた、けれどまだ葉の青いバラの花束を持っていた。
一年前、クレセント城塞で開かれた講和会議の結果、すべての国は停戦時の戦線で国境が定められた。帝国は、もはや配下の国々を復活させるだけの人口も領土もなかった。旧帝国と共に戦った全ての国は帝国も含め、新国家、ルナミスト連合帝国に組み換えられることになった。
旧王侯貴族の多くは上院議員とその一族となったが、エルランダ王女エリンはルリエとして、近衛師団に留まることを選んだ。
【ルリエ】「静かですね。去年までの砲声が嘘のようです」
【シュクル】「ええ」
私は耳を澄ませる。
墓碑と共に植えられた木々の騒めきが、海鳴りのように聞こえた。
ふと、暗い甲板の、潮風に吹かれて行った演説が脳裏をよぎる。
【ルリエ】「ところで陛下。この後のご予定は?」
【シュクル】「無いわ。この格好を見ればわかるでしょう」
私は市民に流行るロングスカートをひらつかせて見せた。
【ルリエ】「それなら、喫茶でもどうですか? シフォンケーキの美味しい店、知ってます」
【シュクル】「まあ、いいわね」
風に帽子が飛ばされぬよう押さえながら、私は微笑む。
三千百三十七年 十月七日。
茜色の空の下、鎮魂の鐘の音が響き渡った。