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 木の爆ぜる音。脂の焼ける匂い。

「陛下。お気づかれましたか?」

 空が丸い。視界の縁に見えるのは石造りの壁だろうか。月が美しい。

「ルリエ。ここは?」

「森の中の廃墟です。もう少しお休みください。お食事を、お持ちしましょうか?」

「そうね。食欲は無いけれど、体が欲しているみたい」

「かしこまりました」

 私は半身を起こす。塔だろうか、私たちは円筒形の廃墟の真ん中にいるようだ。

「――っ」

 私は目を見開いた。向かい側の壁に、座り込んだエルフの姿が見えたからだ。

 鎖が垂れ、近くの剥き出しとなった鉄柵に結び付けられている。

「ルリエ、彼は?」

「陛下を撃ったエルフです。捕縛しました。まだ死んではいません」

「そう」

「そろそろ肉が焼けて参りました。どうぞ」

「ありがとう」

 私はルリエから串刺しの肉を手渡された。白い湯気が立ち昇っている。

「陛下。この度陛下が負われた傷は、私の不注意によるもの。この責任は私の命を以ても……」

「構わない。今の私にはルリエ、貴女しか居ないもの。これからも私の身を守ってほしい。でも、次は無いわ」

「はっ。肝に銘じます」

「さて、彼は食事を取ったの?」

「いっいえ、与えておりませんが」

「そう」

 私は鎖で繋がれた少年らしきエルフの元へ歩み寄った。

「食べるか?」

「陛下っ」

「腹が減っているのだろう?」

 私は全身泥にまみれた少年に、串刺し肉を差し出した。

 ルリエも随分と酷いことをする。服の上に残された軍靴の跡が痛々しい。

「あっありがとう……ございます」

「ルリエ。私の分、もう一つ頂けるかしら」

「はい。すぐに……」



「エルフの少年は眠ったようね」

「陛下。なぜ、あのような者に食事を?」

「死なれたら困るからよ。それで、クレセント城塞までの道程は、どのように?」

「はい。あのエルフが言うには、この森を西に抜けた先に、兵站駅があるそうです」

「イストラムダ駅ね。この近辺で軍用に使えるのはあの駅しかない」

「はい。そこで、我々は兵站駅でエルフの補給貨物車に紛れ込み、クレセント城塞に向かいたいと思います」

「ほう。敵の列車に乗ってクレセント城塞へ。失敗すれば真っ先に捕まるわ」

「しかし、クレセント城塞到着まであまり時間をかけすぎますと、兵士の結束が緩みかねません。貴族も軍令部参謀も捕まった今、帝国を率いるのは陛下のみしかおられないのです」

「私はクレセント城塞に集う帝国残兵を組織し、このリソレイユを武力制圧する。それしか、私たちの帝国が生き残る術はない。そうね」

「はい」

 でも、私は迷っていた。エルフは神々の使いとも呼ばれる。帝国がかつてあれほど繁栄を極めたのも、エルフの持つ神代技術に大きく依存していた。

 そのエルフを我々が殺めてしまったら、それら技術が、失われてしまうのではないか。

 つまり、かつてのような帝国の繁栄は望めないのではないだろうか。

「これは戦争です。流血を避けようとすればするほど、多々なる流血を部下に強いることになる。お言葉ながら、陛下はお優しい。どうか、目の前の流血よりも、将来の流血を避けることを、お忘れなきように」

「分かっているわ」

 それに、私はどこかに違和を感じる。

 私を撃った、エルフの少年のことだ。

 彼はおそらく、初期化されて間もないエルフ。初期化間もないエルフは当分、集落から出ることは無い。それが集落から出てきたというのは、エルフ内部での何らかの変化を感じざるを得ない。

「エルフの補給貨物車に乗ってクレセントへ向かう案には、異論ないわ。作戦を練りましょう」

「はい」

 ルリエは背嚢から地図を取り出した。

 焚火の明りを頼りに地図を指し、線を引く。

 空には白い月が絶えず、私たちを見守っていた。



 夕月の森はその造成から五百年が経ち、地上は深い大樹海が広がっている。だがその一方で、地下深くには神代の都市や鉄道の跡がそこかしこに広く残されていた。

「こっここに入るんですか?」

「早くしろ」

 私たちはそんな遺構の一つに繋がる古井戸を、ロープを伝って下りていた。

 この井戸はかつてリソレイユの学者が神代遺構を調査した際に発見した侵入口の一つだ。

 そういえば、リソレイユに封じた学者たちはどうなっただろうか。父上は彼らを御せば、帝国の再興は可能だとお考えのようだったようだけど。

「ここは、どこに繋がっているんですか?」

「お前が知る必要はない」

「ここの地下水路はイストラムダ駅の下に通じているわ」

「陛下っ」

 私はひんやりとした地下の空気を感じながら、水路に近付く。

「水量は問題なさそう。上手くいきそうね」

 私は背嚢からゴムボートを取り出し、足踏み式の空気ポンプで膨らます。

「わっ」

 背後で少年の声と共にドスッと重たいものが落ちる音がした。どうやら少年も無事に、地下に降りられたようだ。

 しかし、幾ら足で踏んでもゴムボートは中々膨らまない。額に汗が滲んできた。

 そういえば昔、戦乙女と呼ばれる帝国の一個軍を率いた姫がいたらしい。彼女はその美貌に反して、生涯その名の通り、独身を貫いたという。

 確かに、幾ら美しくても、今の私のように髪を乱し、汗に塗れた娘など、血だけが取り柄の、あの箱入り息子たちは欲したりしないだろう。

 その戦乙女は兵には好かれたというが、私もその戦乙女と同じ運命を辿るのだろうか。いや、そういうわけにもいかないか。望む望まないにかかわらず、私は婿を取らねばならないのだから。

「陛下。代わります」

「ありがとう」

 魔動甲冑(アーマー)のおかげで、多くの血を失った体でも難なく体を動かすことができた。

 だがそれでも、魔動甲冑は体の力を十倍ほどに増強する、ただの補助兵器にすぎない。

 やはり少年に撃たれる前と比べて、大分体力が落ちている。

「陛下はなるべく無理をなさりませんように。まだ傷も完全には癒えたわけでは」

「分かっているわ」

 私は壁を背に座り込む少年を見つけ、その隣に座り込む。

「どうしたの? 少年。何かあるの?」

私は井戸の明かりで浮かび上がる天井を、首を伸ばし見渡す少年に聞いた。

「いえ。ただ、懐かしいと。そう思っただけです」

「そう……」

 老いを知らぬエルフは、その精神の若さを保つため、百年に一度、その記憶を記録に置き換え、自らの記憶を初期化する。

 私の横でこの場を懐かしむ少年は、実際はおそらく私やルリエよりも遥かに年上だ。いや、おそらく帝国の歴史よりも長く生きているだろう。

 エルフは自らが死なないことにより、神代の技術を保っている。

 死はなによりも大きな、技術の喪失でもあるのだ。

「陛下。準備が整いました」

「早いわね」

 私は腰を上げた。

 ルリエもまた、魔動甲冑(アーマー)をその身にまとっている。魔動甲冑は原初の国を通じて神々から与えられた人間を統べる王の証であり、ルリエはエルランダ王室の物を拝借していた。

「ご苦労でした。少年、乗りますよ」

「はっはい」

私は少年の手を引き、ボートへ乗船した。一人用のボートをロープで結び合わせた簡素なものだ。

 ルリエが岸を蹴り、ボートを岸から離すと、見る間にボートは暗闇の水路に飲み込まれる。

「うっうう」

 少年がおびえ、私の袖をつかんだ。

 どうしてだろう。心臓が高鳴る。

 大丈夫だ。

 私は自分に言い聞かせた。

 私たちを乗せたボートは、巨大な暗いトンネルに飲み込まれる。

 冷え切った重い空気がボートを包み込み、私の手は知らぬ間に震えていた。

10/19 小説本文を修正しました。シュクル陛下の言葉使いの大幅修正、その他表現を部分修正


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